MOVIE|『ラビット・ホール』ニコール・キッドマン インタビュー
ピュリツァー賞に輝く傑作戯曲を映画化『ラビット・ホール』
ニコール・キッドマン インタビュー(1)
郊外に暮らすベッカ(ニコール・キッドマン)とハウィー(アーロン・エッカート)夫妻は、愛する息子を交通事故で失った悲しみから立ちなおれず、夫婦の関係もぎこちなくなっていた。そんなある日、ベッカは息子の命を奪ったティーンエイジャーの少年と遭遇し、たびたび会うようになる──ピューリッツァー賞受賞の戯曲をもとに劇作家のデヴィッド・リンゼイ=アベアー自身が脚本を手がけ、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』のジョン・キャメロン・ミッチェル監督が映画化した『ラビット・ホール』が、11月5日(土)よりTOHOシネマズシャンテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで全国公開される。
Text by OPENERS
ニコール自ら映画化に動き、はじめてプロデューサーと主演を兼任
わが子の命を奪った少年との交流をとおして、絶望のなかでも前向きに生きようとする女性を体現したニコール・キッドマン。『ラビット・ホール』は、彼女にとって『めぐりあう時間たち』以来8年ぶりのアカデミー主演女優賞ノミネート作となった。
──まず、あなたが映画をプロデュースしようと思ったのはどのような理由からですか?
私はいつも、極限の題材を扱った映画に興味を抱くんです。基本的に私がつくるほとんどの映画のテーマは、さまざまなかたちであらわれる愛です。だから私は人びとが愛を渇望するとき、人びとが愛を失うときに、その人びとに興味を覚えるんです、そして子どもを失うということは、自分が行きつくなかでもっとも恐ろしい場所です。そして自分をクリエイティブに向かわせる場所とは、自分が恐れを抱く場所でもあるんです。
──でも今回は、映画化が決して容易ではないデヴィッド・リンゼー=アベアーの舞台劇「Rabbit Hole」を映画化することを、どのように決断したのでしょうか?
まず、この作品のテーマを信じていました。それに私は、つくるのが難しい作品を支援するのが好きなんです。考えられないような重い悲劇にさらされながら、とても異なるリアクションをするこの夫婦に、本当に心をわしづかみにされました。ベッカとハウィーの夫婦は、それぞれのやり方で悲しみに暮れながらも、一緒に生活している。それがとてもおもしろいと感じましたし、私自身がベッカを演じてみたいと思いました。ブロードウェイの舞台では、シンシア・ニクソンが鮮やかにベッカに命を吹き込んでいましたが、そこで私は、このキャラクターを映画ファンに紹介することができればという考えに夢中になったのです。
動機が純粋ならば、ひとは「この話をつくりたい」と自然に集まってくる
──あなたを惹きつけたこの原作の具体的な魅力はどんなところですか?
主人公の夫婦が自分たちの子どもである6歳の少年を亡くしてから、8ヵ月。そしてそれに向き合いながら、どうやってひとは生きていくのだろう? 生きたいという欲求を奪い去ってしまうような、このような大きなショックを受けたとき、どうやってひとは生きつづけられるのか? そしてそれは結婚にかんすることであり、家族にかんすることであり、そして究極的に、生きつづけることと希望にかんする問題でもあるのです。
それが私がこの物語についてとてもすばらしいと思う点で、その繊細さであり、とても鋭い台詞(せりふ)を包括したその手法であり、でも同時に驚くほど皆の痛みが感じられ、まるで地雷原のようなものであるということ。人びとは地雷原のなかを歩いている、でもそのなかをつうじて、未来の瞬間が、私たちがともにいる理由が、そしてひととして、痛みをつうじて私たちがひとつになる多くの時間が、この物語をつうじて照らし出されるのだと考えました。
──映画化においては、原作者のデヴィッド・リンゼー=アベアーみずからが、脚本を書き上げましたね。そして監督にジョン・キャメロン・ミッチェルを選んだのはなぜでしょうか? 理由を教えてください。
デヴィッドには天性の才能があると思います。映画的なセリフがどのようなものかを本当にわかっていたし、キャラクターたちのこと、彼らが何を体験してきたかを完全に理解していました。彼と仕事をするのは本当にすばらしい経験でした。(監督選びにかんしては)私たちがジョンを監督に「選んだ」と言えるのかどうか……。私が思うに、ジョンは自身でこの作品を見出し、私たちはそんな彼を見つけたのです。そう表現するほうがずっとしっくりきます。
ジョンは粋なひとで、とてもオープンであり、役者にとって非常にオープンな監督と仕事をすることはすばらしいことなのよ。彼は同時に俳優でもある、だから演技をする上で欠かせないものを理解している。また彼がオープンであるのとおなじくらい、それが理にかなったことならば、抑制も持ち合わせていた。というのもこの映画の題材自体がとても円熟した、生々しいものだったから、この映画は登場人物の感情の多くを抑える必要があったの。そしてよくないものをコントロールし得る監督が必要だった。ジョンは芝居がかった映画にならないよう、とても抑制を働かせていたました。結局のところ、動機が純粋ならば、ひとは「この話をつくりたい」と自然に集まってきますから。そこで知り合った者同士で企画を一緒に進める。それだけの話です。
ピュリツァー賞に輝く傑作戯曲を映画化『ラビット・ホール』
ニコール・キッドマン インタビュー(2)
キャスティングについて、そして、名演技の要素とは
──あなたが演じるベッカの夫役ハウィーにアーロン・エッカートを起用した理由を教えてください。
アーロン・エッカートは、つねに夫ハウィーを演じる候補でした。というより、私たちにとって彼が一番の選択肢でした。彼が脚本を読んで、そして脚本を気に入ったと聞いて、私たちは「やった! もしかするとアーロンはイエスと言うかもしれない」と思い、そして私が彼に電話をしたのです。かけるまでは、私は電話で話すのが得意ではなくて、じつは人間的にとてもシャイなので、誰かに何かを売れるような人物ではなくて……、だから私は「……彼に電話をするのは得策だろうか?」と考えてしまったほどでした。でも彼にはいままでも何度か会っていたし、彼をとても高く評価していること、そして私が相手役を演じるのに、またスクリーンですてきな夫を演じるのにすばらしい男性だと感じていることを、ただ彼に伝えたくて電話をしたの。そんな経緯があってのち、アーロンは「イエス」と言ってくれました(笑)。
──ベッカをあたたかく見守る母親役にダイアン・ウィーストを選んだ理由を教えてください。
ダイアンとは以前仕事をしたことがありました。彼女はこの世界ですばらしい女優のひとりです。ダイアンのすばらしい点は、映画のなかで、彼女が恐らく最高級のスピーチ(=言葉のもつ力)を獲得していることだと思います。深い悲しみ、喪失感とともにどうやって生きていくかについての独白、どうやって? 実際にどうやってそんなことができる? それが私が演じたベッカが母親に尋ねる場面なんです。いまよりよくなることなどあるのだろうか? と。私はダイアンがそれに答えるのを描くことができました。
──ジェイソンを演じたマイルズ・テラーについてはいかがでしたか?
彼こそはまさに才能の発見でした。マイルズのすてきな特徴のひとつは、顔が赤くなることなの。スクリーンで見てわかるのよ。すばらしい! 俳優が顔色を変えられるというのは、名演技の要素です。そういう奇跡的なシーンができると、感情がとてもリアルになるんです。
自分の内面の奥深くにある、触ってほしくないような恐ろしい場所
──アン・ロスが担当した今回の衣装について教えてください。
どの衣装にも、どの服の部分にも観ているひとの関心が向かないよう、登場人物たちに服を着せなければならないの、最終的にすべてが目を引かないものになるようにしなければなりませんでした。これはとても難しいことだったと思います。それに私のような人間に、彼女はいつも「あなたは178センチね、そしてあなたを郊外居住者のように見せなくちゃならないのね」と言うんです。それで私が彼女に「でも私はそう見えるわ、そう見える!」と言うと、彼女は「いいえ、見えないわ」と(笑)。そんなふうにして役の衣装をつくっていきました。
──主人公のベッカが子どもを失って以降の困難な状況をどのようにとらえましたか?
ベッカの禁欲主義的なところに身を置くことにしました。ベッカはひどい苦痛のなかにいて、もし触れればすべてが壊れてしまうかのようです。そう思いながら、ずっと演じていました。子どもを失くした女性なら誰でもそういう感情をもつと思います。息子を失ったことですっかり弱って駄目になってしまったなかで、毎朝目を覚まさなければならない。ベッカにとって唯一できるのは、ただ前に向かって進みつづけること。彼女は必死になって人生を選ぼうとしている。だから絵画を取り外したり、家を片づけたりしながらこう言うの……「ただ悲しみに押しつぶされて死ぬなんて、私にはできない。なら、どうやって生きていけばいい? その方法を見つけなきゃ」ってね。
──実際の役づくりについて教えてください。
自分の内面の奥深くにある、触ってほしくないような恐ろしい場所に触れてしまったわ。精神的には決してたどり着きたくなかったけど、なぜかたどり着いてしまった。これが私の役づくりなんだと思います。そこに行き着くまでは大変だけれど、いったんそこに行ってしまうと、完全にそのキャラクターを吸収してしまうの。それに私はベッカとその家族に対しては、とても深い思いがあります。
──あなたの演技は、この痛切な物語にユーモアもあたえていますね。
人生のなかで、どんなにひどい苦痛に見舞われてもユーモアを失わない。それこそが人間の魅力だと思います。それがまた、このような物語をわかりやすくしているんだと思うんです。だって、もし誰かが苦しんでいたとしても、そのひとを笑わすことができれば、多少なりとも心を開かせることができるわけだから……。ユーモアはいつだって存在するの。たとえ、それがダークなかたちをとっていたとしても……。
──アーロン・エッカートとの夫婦役での共演はいかがでしたか?
アーロンはこの映画に、もっているものすべてを注いでいました。ユーモアと知性によって、すばらしい夫ハウィーのキャラクターをつくりあげたのね。彼がくわわって、作品が輝いたと思います。本当にすばらしくて、彼がたどるプロセス、あらゆる手段を試みるようすを見るのは最高でした。それに彼は俳優としてはとてもオープンで、一緒に仕事をするには理想のひとよ。
──では最後に、この映画は観客に何をもたらすと思いますか?
この映画の登場人物に対して、私たちは心を開くことができると思います。それは彼らが皆、正直で本物だからです。家族とはそういうものだし、映画を見たひとたちは登場人物たちと一緒に、彼らの体験を分かち合えると思っています。
ラビット・ホール
http://www.rabbit-hole.jp/