世界最高速の12振動モデル、GSX「富嶽」(前編)
Watch & Jewelry
2015年4月7日

世界最高速の12振動モデル、GSX「富嶽」(前編)

前編 高精度化こそ日本の伝統

2007年春、“メイド・イン・ジャパン”をテーマにユニークなモデルをリリースする「GSX」から、セイコーインスツル(SII)開発による、毎秒12振動の超高振動ムーブメント搭載モデルが「富嶽」と命名されて発売された。
この世界初の市販12振動モデルは、いかに誕生したか? 
開発を指揮した、ベスト販売の代表取締役でありGSX WATCH JAPANのクリエイティブディレクターもつとめる石田憲孝氏に、時計ライター名畑政治が迫った。

文=名畑政治写真=Jamandfix

「富嶽」に込めた思い

名畑 一般には2006年のバーゼル・ワールドが、この12振動モデル(※1)の初お披露目だったわけですが、じつは石田さんはそれ以前から、このモデルの存在を知っていた。
というより、2006年に発表された12振動モデルには、かなり石田さんからのリクエストが反映されていたんですよね?

石田 僕が最初にSIIの12振動モデルの存在を知ったのは4年前。もっとも、12振動の構想自体は10年ぐらい前からあったんです。
ウチはもともとGSXをつくってもらっている関係で、SII側からこの話が出てきたわけです。

名畑 つまり2005年のモデルは、GSXのロゴこそないものの、SIIの開発した12振動ムーブメントを、石田さんの意向を反映した外装に搭載したモデルというわけですね。
でも石田さんのお店では、スイス製を中心とするさまざまな時計が売られているのに、なんでまた国産の超高級機械式時計をGSXでつくろうとかんがえたんですか?

石田 それは、日本国内から生産が、どんどん外に出ていいのかという思いがあるからです。
たしかに中国でつくれば、安い製品が入ってきますが、逆に自分たちの首も絞めている。これを食い止めるには、たとえコストがかかっても国産でどのくらいできるのか、そして、量を売るよりも質のいいものをどうしたらつくれるのか、さらにはオリジナル性をどう求めるのかといったことをかんがえなければなりません。
GSX、そして「富嶽」には、こういう思いが込められているんです。

名畑 たしかに、中国は市場としても伸びていますが、時計の生産国としても実力を蓄えつつある。僕は、このままいったら世界じゅうのベーシック・クラスの腕時計が、中国製に独占される日も近いと思います。
ただ、それらを生み出す技術の大半が、スイスや日本のデッド・コピーだというのが問題です。

前編 高精度化こそ日本の伝統

EXPECTATIONS by GSX "富嶽" -fugaku-
機械式時計はテンプの振動数が上がるほど、
外部から受ける振動や衝撃による影響を
受けにくくなり時間精度が向上する。
だが、一方で振動がはやくなれば
パワーリザーブ(作動保証時間)が短くなり、
部品の摩耗も増大して耐久性に問題が発生する。
そこでSIIは独自の技術で、この問題をクリアし、
市販化にこぎつけたのである。
文字盤には毎秒12振動のテンプを見せる窓がある。
ケースは18Kピンクゴールド。ケース直径は42.2mm、
厚さは13.6mm。価格840万円。日常生活用防水。
問い合わせ GSX WATCH JAPAN(電話03-5360-6705)

日本固有の時計進化

石田 なにしろ日本には最近話題のセイコーの「スプリングドライブ」や、電波時計、あるいは「G-SHOCK」のような頑丈なものなど、いろいろ素晴らしい技術がありますからね。
だからスイスと同じ時計をつくろうとしても無理だし、中国みたいに大量生産をするのも違う。
つまり、こういった日本の生んだ技術を生かすことが必要なんです。

名畑 その結果が「富嶽」ですね。僕もかつてセイコーがスイスの天文台コンクールに挑戦し、結果的にスイスを凌駕したように、高精度の追求こそ、日本の伝統芸だと考えています。

その意味で12振動ムーブメントは、まさしく日本固有の時計進化の方向性です。実際、天文台コンクールでも、日本勢は20振動、30振動という超高振動ムーブメントを開発し、スイスに挑みましたからね。

石田 12振動の時計というのは、スイスの10振動より2振動だけ上であるにもかかわらず、精度はスーパー。しかもメインテナンスの手間は普通の時計並です。

ただし、生産個数は年に3本。なにしろつくれるひとが絶対的に少ない。だから今年3本つくることができても、来年はゼロかもしれない。僕はそういう時計があってもいい、と思うんです。売れる売れないは別としてね。

前編 高精度化こそ日本の伝統

石田憲孝
1966年、東京生まれ。 1992年に株式会社ベスト販売入社。
1995年、オリジナル・ブランド「GSX」をスタートさせ、
1997年に「GSX WATCH JAPAN」を設立。
2002年、専務取締役就任。
2006年3月には「ISHIDA表参道」をオープンさせる。
2007年3月から、代表取締役社長(C.E.O)に就任。

名畑 いや、きっと売れるだろうし、売れて欲しい。とはいえ840万円は凄い金額。これがいずれ、もう少しなんとかなる価格になる可能性はあるんですか?

石田 そりゃもちろん、いつか「富嶽」のような時計が、低コストでつくれる時代がくるかもしれません。でも、そのとき量産品を手にすることより、いま大切なのは1本しかないということ。しかも、わざとそうしているわけじゃなくて、本当にひとりの職人が1年かけてつくって、やっと数本できるかどうか、ですからね。

前編 高精度化こそ日本の伝統
旧知の石田氏と「富嶽」について語りあう
時計ライターの名畑政治氏。

シンプルだが凝った外装

日本の伝統楽器である鼓(つづみ)をイメージしたケースは
側面がくびれており、革の張りを調整する「調緒(しらべお)」
が手彫りされている。
彫金を担当したのはSIIに所属する「現代の名工」照井清氏。

シンプルだが凝った外装

名畑 しかも外装もシンプルなようで凝ってますよね。和楽器の鼓をイメージした中心部がくびれたケースや、そこに施された手による彫刻。こういう部分にも、ものすごい手間がかかってますね。

石田 美しくできる部分はふんだんに取り込もうと、てんこ盛りになってしまいました。たとえばサイドの彫刻や針は音叉をイメージした造形ですし、その原点は"振動"です。
さらに“振動”からの連想で波がひとつのイメージになって、ダイアル側に施したコート・ド・ジュネーブ(波状模様)です。
でも、こういのはコストがかかる。それが日本人には理解されにくいから、もっとシンプルにしてもよかったかもしれません。
その点、外国人は、こういった手間のかかる部分をすごくよく理解しているから評価してくれる。日本人はやっとトゥールビヨン(※2)がわかるようになったけれど、ほかはまだまだわからないんじゃないかな。

ネーミングの由来

名畑 いや、日本人だって細部のつくり込みは理解できると思います。でも、それ以上にインパクトがあるのが、名前ですよね。「富嶽」なんて、古風だけど、逆に新鮮な響きがある。どこからこういう発想が出てきたんですか?

石田 それはすごく単純な話で、男っぽさや潔さを表現したいと考えた結果、最初に浮かんだのは「大和」とか「武蔵」とか「赤城」とか「回転」といった名称でした。もちろん、心の片隅には“そういう名称はふさわしいのか?”という考えもありました。
そこで再度、なにが日本らしいのか、志が高いのか、高度な技術を感じさせるのか、とかんがえたとき、自然に頭に浮かんだのが「富士山」だったんです。

(続く)

(※1)12振動
時計における「振動数」とは、ゼンマイからの動力を受けて歯車の回転を制御するテンプの往復回転運動の回数を指す。この振動数は、通常の機械式時計で毎秒5、6振動だが、8振動、10振動とはやくなるほど外部から加わる振動などの影響を受けにくくなり、 精度が向上する。

(※2)トゥールビヨン
時計の精度をつかさどる脱進機(ガンギ車とアンクル)および調速機 (テンプとヒゲゼンマイ)を回転させることで、重力から受ける影響を分散させ、時間精度を向上させるための機構。

           
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