MIKIMOTO|ジュエリー完成までの全工程に密着! 匠の技術が未来を拓く
「A World of Creativity」コレクション完成までに密着
匠の技術が未来を拓く(1)
1893年に世界ではじめて真珠の養殖に成功し、“パール・キング”の名で賞賛された創始者、御木本幸吉。前人未到の大発明を遂げ、「世界中の女性をパールで飾りたい」と語った彼の意思を受け継ぐミキモトは、その歴史のはじまりともいえる真珠養殖の成功から今年で120周年を迎える。この記念すべき年に、日本が世界に誇るミキモト・クオリティの真髄に迫るべく、オウプナーズではその舞台裏に密着。手書きのデザイン画からひとつのジュエリーが完成するまでを追った。
Photographs by JAMANDFIXText by FUJITA Mayu(OPENERS)
ミキモト・クオリティを支える匠の技
パールをはじめとした素材品質へのこだわりにおけるミキモトの姿勢は、創始者 御木本幸吉がそうであったように、あくなき追求のなかにある。妥協を許さぬ厳しさと最上級であることの誇りこそ、世界から寄せられる信頼の所以である。その姿勢は技術面においても同様だ。日本初となる本格的な装身具加工工場「御木本金細工工場」を創設した1907年から今日に至るまで、第二次世界大戦や関東大震災など、幾多の困難に見舞われるも絶やすことなく受け継がれてきた職人の技もまた、ミキモトを支える重要なファクターである。
それは贅沢な1点もののハイジュエリーに限らず、ブライダルジュエリーやデイリーづかいのジュエリーでも見ることができる。世界が認めるミキモト・クオリティを支えるのは、商品レンジに限らず妥協を許さない、まさに“職人気質”といえる製品作りの姿勢にある。オウプナーズでは、そんなミキモトの製品づくりの現場に潜入。手書きのデザイン画からひとつの製品が完成するまでに密着した。
今回密着したのは、コレクションのひとつ「A World of Creativity」より、日本人デザイナーの安西真澄さんが手がけたペンダント。この「A World of Creativity」はミキモトのなかでもじつにユニークなコレクションで、毎回「命を育む水をたたえた惑星−地球」というテーマのもと、世界のミキモトの各拠点に在籍するデザイナーのなかからコンペティション形式でデザインが決められるというのだ。他のコレクションとは一線を画す、自由で刺激的なデザインにはそういった背景があるというわけだ。
ダイヤモンドの輝きが流線を描きながらしなやかに連なり、大粒のパ―ルが誘うように揺れる魅惑的なデザインのテーマは「炎」。心奪われたように思わず見つめてしまう、ゆらゆらと揺れる炎をイメージしたと語る安西さん。自然の神秘性と生命力をゴールデンパールとダイヤモンドで表現したという。特徴は動くたびになめらかに揺れる構造にある。
「燃え盛る炎というよりは、ろうそくの火のようにゆらゆらと揺れる炎をモチーフにしています。揺れる動きあってこそのデザインなので、スケッチを描いているときはよくデザイン室にあるアルコールランプの炎を見つめながら、揺れ方についてイメージを膨らませていました。この『 World of Creativity』はミキモトのなかでも個性的なコレクションですが、私自身もミキモトらしさは損なわずに、いかにチャレンジングなデザインを描けるかをいつも意識しています。お客さまがミキモトに抱く伝統的で敷居の高そうなイメージから飛び出して、新鮮な驚きを表現できたらと思っています」
完成品を見るだけではデザイン性にばかり気を取られてしまうものだが、動きに合わせて自然に揺れる構造、しなやかに曲がりながら連なる地金に対し、常に正面を向くようセッティングされたダイヤモンドの設置角度など、この繊細なジュエリー、やはり精密な設計のもとに構築されていた。
設計図を描くのは、12年前から導入されたというCADシステム。ミキモトでは金属板の状態からすべて手作業で仕上げる「逸品細工」と呼ばれるものもあれば、製品の特徴に合わせて手法を使い分けているが、CADはこうした複雑な構造のジュエリーや、左右対称に作られるピアスなど、精緻な設計が要求されるものに適している。
「デザイン画をひと目見て、これは一筋縄ではいかないなと思いました(笑)」と語るのは、CADのスペシャリスト、朝田夏樹さん。「こうした動きのあるものは難しいので、今回はCADにおこすのに長丁場を覚悟していました(笑)。手書きのデザイン画をもとにダイヤモンドの大きさや置く位置、爪の大きさ、カーブやねじれの角度など、実現可能な数値を計算します。工程を経るたびどうしてもズレは生じるもの。ズレをどこまで見越せるかが肝心です。ここでの計算が甘いと後の工程に響きますからね。全工程が完成まで滞りなくスムーズに流れたときが、もっともうれしい瞬間です」
「A World of Creativity」コレクション完成までに密着
匠の技術が未来を拓く(2)
無理難題を提示されてこそ、職人冥利につきる
製品づくりはデザイン画を介して、デザイナーと各工程を手がける職人たちとの綿密な打ち合わせからはじまる。デザイナーにとっては“最初の関門”ともいえる瞬間である。かくいう安西さんも、最初は熟練の職人たちの手厳しい追求に四苦八苦だったと振り返る。
5分で終わってしまいました(笑)。じつは当初のデザインではひねりの部分がもっと直線的で、パーツの間隔ももっとつまっていたんです。でも、それだと現実的には作れない形だと瞬時に判断されて(笑)。もう一度模型で動きをシミュレーションしながら書き直したのです」
最近では華奢な作りのジュエリーがトレンドであるが、デザイン性ばかりを追求しては満足な耐久性が保証できない場合がある。もちろんミキモトのクラフツマンシップはそれを許さないのだ。かくしてデザイナーと熱い議論となるわけだが、無理難題を提示されてこそ、職人冥利につきると児林政幸さんは言う。
「このペンダントでは石の配列や無駄のないフォルムなど、いかに精緻に見えるかという部分を意識しました。いまは0.1ミリ単位でダイヤモンドのサイズを指定できるので、グラデーションも美しいですよね。最初は誰もがこれを組み立てるのは無理だと言っていたのですが、そう言われるほど無理ではないと設計の力でどう納得させようか、逆に燃えるものがあります(笑)。デザインと機能面での折り合いをつけるために、これまでにないアイデアを思いついたときはやりがいを感じますね」
デザイナーと、携わるすべての職人の納得を得てはじめて完成する設計図をもとに、ジュエリーのパーツが作られる。今回の製品は型(石膏型)に地金となる金属を溶かして流し込み、形作る「ロストワックス鋳造(ちゅうぞう)」という製法で作られている。できあがった地金は各制作工程を経て、「石定(いしきめ)」といって、文字通り使用される石(ダイヤモンド)をセッティングしていくのだが、これが目眩がするほど緻密な作業なのだ。
職人の腕が試される、石定技法「スリダシ爪」
とくにこのペンダントは地金自体が細身なうえ、ダイヤモンドで描いたラインに見えるよう、地金幅とほぼ同サイズの石が使われるため、「スリダシ爪」という技法により石が留められている。通常、石の四方を「爪」で固定するのが一般的だが、この「スリダシ爪」は地金自体を爪として細工し、埋め込むように石を固定するので表面はフラットになり、金属部の露出を最小限に抑えることで石の輝きを最大限に引き立たせることのできる技法である。
地金を「ヤニ台」と呼ばれるマツヤニ座に固定し、顕微鏡を使って手元を確認しながら、あらかじめ地金に空けた小さな穴を石のサイズに合わせて削り、丹念に一粒、一粒ダイヤモンドを埋め込んでゆく。見ているだけで手が震えてくる作業、顕微鏡を覗いてみると、レンズ越しに見るミクロの世界はわずかな狂いも許さない緊張感に満ちていた。職人の黒沢日乃嗣さんは、石定には絶妙な力加減による繊細な微調整が必要だと語る。
「石のカットの向きや天面の高さが揃うように穴の深さを調整したり、地金のアウトラインにきっちり沿ってはみ出さないよう爪を仕上げたりと、全体を見ながら微調整の繰り返しです。この場合、ねじれ部分がもっとも難しいですね。石を留めたら、仕上げに爪の角をなめらかに削り、石と石の間の地金部分を軽く削って光沢を出します。細かすぎてわからないですよね(笑)。でもそのひと手間で全体の輝きが格段にちがってくるのです」
「A World of Creativity」コレクション完成までに密着
匠の技術が未来を拓く(3)
伝統とともに広がりつづけるクリエイション
いよいよ完成したパーツを組み立て、ひとつのジュエリーとしてカタチにする瞬間。揺れる動きのなめらかさを左右する工程だ。今回は地金とおなじ金属を溶かしてパーツを接合する「ロウ付け」という手法で組み上げていく。このほうが見た目に美しいだけでなく、強度も増すのだという。
純銀は960度、純金は1070度、純プラチナは1800度と、「ロウ付け」は金属の溶解温度と非常に近いため作業に危険が伴う。また、地金を溶かさぬよう慎重に熱を加減する繊細さも要求される。緊張のなか、作業は動きのなめらかさ、静止したときに正面を向いているかなど、全体を揺らして細やかにチェックしながら進められていく。
晴れてジュエリーとしてカタチになったところで、高速回転の研磨機で勢いよく磨き上げる。気を抜けば一瞬でケガにつながる集中力を要する作業。仕上げに肉眼だけでなくルーペを使って、細部までくまなく傷や磨き残しをチェックする。ミキモトの厳格な製品基準をクリアする品質とは、隙のない、360度完璧になめらかで美しい仕上がりでなければならないのだ。
この磨きは手に受ける感触だけが頼りのきわめて感覚的な技術のため、言葉で教えることはできないという。ひたすら修行あるのみ。それゆえ熟練者と若手では、磨き上りの表情のちがいは歴然だという。時間の経過を重ねることで生まれる無二の技術力こそ、ミキモトのジュエリーの品質の高さを物語る大きな柱である。
最後に「珠定(たまきめ)」といわれるパールのセッティングをもって完成となる。デザインの主役である大ぶりのゴールデンパールの中心に、3分の2の深さまで穴をあけて芯を挿入。パールのもっとも美しい面が正面にくるようにセットする。パールと金属という異なる素材を完璧に接着できる接着剤はないので、芯の先にわざと小さな凸凹をほどこし、よく“噛ませる”のだそうだ。丹念な仕事が求められる作業である。
ひとつのジュエリーが完成するまでにはじつに多くの人々が関わっており、互いに厳しさをもって取り組む姿勢が印象的であった。この大量生産の時代にあって、ひとの手のぬくもりと情熱を最大限に尊重する。デザインや素材品質だけでは計りきれない、ミキモト・クオリティの真価に触れたように思う。また驚いたのは、デザイナーの安西さんも若いが、職人のなかにも若いひとが多いことだ。今回話を聞いたのも多くは30代で、なかには26歳という若者も。皆キャリアは8年から15年ほどで、ひと通りの工程を習得した「一人前」である。熟練の技は次の世代へしっかりと継承されているのだ。
安西さんのような若手デザイナーのフレッシュな感性にこたえるために、職人たちはあらたな技術の探求をつづける。こうしてミキモトのクリエイションは、伝統を前に留まるのではなく、時間の経過とともに広がりをみせてきたのである。今年、養殖真珠の発明から120年を迎えるブランドの歴史は、“革新”という一歩を積み重ね、未来へとつづいてゆく。
ミキモト カスタマーズ・サービスセンター
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