MUSIC|~原作とオペラの日英連続公演~ 能「隅田川」+オペラ「カーリュー・リヴァー」公演
ブリテン生誕百年を前に ~原作とオペラの日英連続公演~
能「隅田川」+オペラ「カーリュー・リヴァー」公演
今夏、ロンドンオリンピックに沸いたイギリスだが、2013年はイギリスを代表する20世紀の作曲家、ベンジャミン・ブリテン(1913-1976)生誕100年の記念イヤー。
なかでも教会上演用のオペラ「カーリュー・リヴァー」は、ブリテンが日本を訪れた際に観劇した能「隅田川」にインスパイアされた作品で、1964年6月、イングランド・サフォーク州オーフォードのセント・バーソロミュー教会で初演され、50代にさしかかったブリテンの新境地を感じさせる傑作。東京藝術大学では、9月に英国公演(ロンドンおよびオーフォード)として「カーリュー・リヴァー」と「隅田川」の同時上演をおこない現地でも大きな話題となった。とりわけオーフォードの教会は、まさにこの作品が初演された場所であったから、出演者の感慨もひとしおだったようだ。
この秋、英国公演の成功につづき、10月28日(日)に東京藝術大学(大学構内)奏楽堂で東京公演がおこなわれる。日本ではまだCDなども手に入りにくい神秘とカタルシスを感じさせる歌劇「カーリュー・リヴァー」。この見事に完成された色彩感豊かな傑作を、伝統的な観世流の舞台による能「隅田川」を、各分野での最高の出演者を揃え、休憩をはさんで能とオペラ(日本語字幕付き)あわせて同時上演。それぞれのコントラストを楽しめる珍しくも贅たくな機会だ。
Text by DAIMON Chizuko
能「隅田川」とオペラ(教会寓意劇)「カーリュー・リヴァー」
能「隅田川」は、幼い息子・梅若丸を人買いにさらわれた母が狂女となって、京都から武蔵国の隅田川まで流浪し、愛児の死を知った母親の悲嘆を描く悲しい物語。
一方、ブリテンのオペラはキリスト教的な世界観に置き換えられている。舞台は器楽奏者もふくめた出演者全員によるラテン語のグレゴリオ聖歌「Te lucis ante terminum」(光の消える前に)の荘厳な音楽に包まれてはじまり、つづく修道士長の会衆に対する呼びかけの言葉から英語で物語が進められる。
物語の終盤で人びとが賛美歌を歌い、その祈りが頂点に達した瞬間、精霊となった子どもの声(初演ではボーイソプラノ)が響き渡り、神秘的なカタルシスがもたらされる。9月の英国公演では英国人のボーイソプラノ、10月の藝大公演では邦人カウンターテナー。また9月の英国公演は、ソリストは藝大から、コーラスは英国人歌手でおこなわれた。
イングランド東部架空の川、カーリュー川を舞台に歌手と演奏者と観客が三位一体となる独特の空間使用、オルガンやハープ、ホルンなども効果的な厳かな器楽伴奏もさることながら、能と同様、歌手はソリストや8人の巡礼者として登場するコーラスもふくめ、男声だけの出演。神聖ですばらしい恩寵を感じさせる音楽をぜひ堪能したい。
狂女役 鈴木 准からのメッセージ
狂女を演じるのは、透明感溢れる美声でブリテンの魅力をあますことなく伝える鈴木 准。東京藝術大学大学院博士課程でもベンジャミン・ブリテンの声楽作品に取り組み、この役を歌うに最適な逸材であり、日本公演に先駆けての英国公演でも絶賛された。
「来る2013年、ベンジャミン・ブリテン生誕から100年を迎えます。記念すべきその年を前にこの9月、彼が能『隅田川』に感銘を受けて作曲した『カーリュー・リヴァー』狂女役を、ロンドンとオーフォードの教会で演じさせていただく機会に恵まれました。オーフォードの教会はこの作品の初演の場所です。そこは潮と、胃袋を刺激する燻製の香りの混じった風の吹く、海辺の穏やかな小村で、教会も想像より小さな空間でした。そこに集った聴衆たちは一つひとつの言葉、音楽に反応します。
狂女を演じて気づいたのは、互いの息を交換できるくらいの親密なその空間は、そこにいるすべての人間が、奇跡の物語を“経験”するために選ばれたにちがいないということでした。ブリテンは『隅田川』に最大の敬意を払ってこの作品を紡ぎ出しました。キリスト教における死生観は、この作品に『隅田川』とは異なる結末をあたえています。ふたつの舞台作品を同時に体験することで、狂女の嘆きのなかにある感情の核心を感じていただけるのではないでしょうか」──鈴木 准
英国公演記録(http://sumidagawa-curlewriver.com/)
鈴木 准ブログblue diary(http://jsblog.typepad.jp/blue/)
多田羅迪夫ブログ(http://green.ap.teacup.com/musik/)
奏楽堂シリーズ特別演奏会
能「隅田川」+教会オペラ「カーリュー・リヴァー」(日本語字幕付)
in東京藝術大学(大学構内)奏楽堂
2012年10月28日(日)16時開演
問い合わせ|東京藝術大学演奏藝術センター Tel. 050-5525-2300
公式HP|http://www.geidai.ac.jp/facilities/sogakudou/info/2012-1028-14-01.html
<出演>
【能「隅田川」】※重要無形文化財総合指定保持者
シテ(狂女):関根知孝(※東京藝術大学音楽学部邦楽科教授)
ワキ(渡守):宝生 閑(下掛宝生流十二世宗家・人間国宝)
ワキツレ(旅人):野口能弘
子方(梅若丸):藤波重光ほか
【ブリテン:教会オペラ「カーリュー・リヴァー」】
狂女(T.):鈴木 准(東京藝術大学音楽博士)
渡守(Br.):福島明也(声楽科教授)
旅人(Br.):多田羅迪夫(声楽科教授)
修道院長(Bs.):伊藤 純(声楽科非常勤講師)
霊の声:東京少年少女合唱隊員
合唱・演奏:東京藝術大学《カーリュー・リヴァー》アンサンブル
オルガン:ドミニク・ウィーラー(Dominic Wheeler)
ケンブリッジ大学クレア・カレッジ、ロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージック、リスト・アカデミーで学ぶ。アウディコンダクター奨学生ののち、ダーティントン・インターナショナル・サマースクールのゲスト指揮者をつとめる。イングリッシュ・ナショナル・オペラをはじめとして、オペラ・ノース、スコティッシュ・オペラ、ホランド・パーク・オペラ、チェルシー・オペラ・グループなどを指揮し、イギリスを中心にして各国で活躍している。
演出:デイヴィッド・エドワーズ(David Edwards)
ケンブリッジ大学で古典文学を学ぶ。卒業後、英国ロイヤル・オペラに演出スタッフとして在籍し、ゲッツ・フリードリヒ、エライジャ・モシンスキー、ジョナサン・ミラーなど著名な演出家とのコラボレーションで腕を磨き国際的に活躍。ブリテン「アルバート・ヘリング」なども演出し、今回も斬新な手法が話題を呼んでいる。
美術・衣裳:コリン・メイズ(Colin Mayes)