ミシェル・オバマのカーディガンに潜む秘密
日本で紡がれ、フランスで織られ
そしてミシェルのもとへ―
いまや全世界の注目するファッション・アイコンとなったミシェル・オバマ。
まだ記憶にあたらしい米オバマ大統領の就任式で、ミシェル夫人が着用していたイエローのコーディネートの、そのイザベル・トレドのドレスと美しくマッチしていたニナ・リッチのカーディガンには、日本人テキスタイル・デザイナーの糸が使われていた。
Text by Openers
大統領夫人に紡ぐ糸
「ミシェル夫人着用カーディガン」をきっかけに、最近メディアも賑わしている渦中の人、佐藤正樹さんにお話を伺った。
テキスタイル・デザイナー、糸作家である佐藤正樹氏の創る糸は、いまやヨーロッパのビッグメゾンのニットに続々と登場している。
今回オバマ大統領夫人が着用したニナ・リッチのニットにも、佐藤氏の糸が使われていたのだ。
「正直、本当に嬉しい」と、今回のミシェルのニットの件について語る佐藤氏。
取引先に知らせたところ、話題が広がったそうだが、彼の糸がヨーロッパのビッグメゾンのニットに続々と登場するまでに至った過程は、もちろん平坦なものではなかった。
イタリアのピッティフィラーティに憧れて
そもそも海外のブランドとの取引がはじまったのは、イタリアのピッティフィラーティというニット糸の展示会に出品したことがきっかけだという。
ピッティフィラーティといえばニット糸では最高峰、テキスタイルでいうところのプルミエール・ビジョンにあたる。佐藤氏の会社は紡績、つまり糸づくりもするが、ニットを生産する工場でもある。取引先に招待されて、イタリアの糸メーカーを見学したことで、佐藤氏は衝撃を受けた。
「“自分たちがここからトレンドを発信している”という彼らのプライドに強く心を打たれました」
それまでは「ただ普通の面白くもない工業用の糸をつくる工場にすぎなかった」と振り返る佐藤氏。
イタリアの糸メーカーから買っていた糸は、自分たちのところではつくれないものだと痛感したという。また、ピッティフィラーティでの各メーカーの“プレゼンテーション能力の素晴らしさ”を目の当たりにし、「自分たちがつくっている糸って一体何なのだろう?」とショックを受けたそうだ。
「糸やものづくりを真似することよりも、彼らの精神を真似ることが大事だと気づきました」
「佐藤繊維オリジナルの糸で、ピッティフィラーティを目指したい、いつかここに出られたら……」という夢を抱いた佐藤氏は、帰国後さっそくアクションをおこした。
理想の糸をつくるために──技術者との折衝
自分のつくりたい糸をつくるため、古い機械を改造することからはじめた佐藤氏。
それは容易な道のりではなかった。佐藤氏は佐藤繊維株式会社の4代目。この歴史ある工場で、先代から受け継いできた技術に誇りをもっていた技術者たちに、彼のアイディアを納得してもらうのに時間がかかったのだ。
「最新の機械と生産過程を組み合わせることによって、最終的にデザイン性と、品質を兼ね備えた糸ができあがった」そうだが、なんとそれまでの行程に10年近くかかったのだそう。
「最初に国内で発表したオリジナルの糸は、返品の山となりました」
改良を重ね、ついにピッティフィラーティへ出品
最初は地下のいちばん端のブースが割り当てられ、「お客さんが来るのか心配なくらい」だったという。
しかし見にきてくれたひとから着実に噂は広まり、なんと初日の午後からいきなり大混雑となったのだ。メジャーなブランドのニットデザイナーの方々がつぎつぎに来訪、名刺を見ては「え!」と驚く、そんな事態の連続だったそう。
「翌年に出展したときはブースが1階のいい場所になっていて、これにもとても驚きました」と、佐藤氏は当時を振り返る。
現在、佐藤繊維株式会社の代表取締役を務める佐藤正樹氏。
会社を興した曾祖父はみずから羊を飼って事業をはじめたというバイタリティの人。佐藤氏にも脈々とそのDNAが受け継がれている。
アメリカ初の黒人大統領の就任式で、正装の場では着られることのなかったニットが、あたらしいファッション・アイコンであるミシェル夫人に着用されたという進歩的な出来事と、佐藤氏の先進性が結びついたことはけっして偶然ではないだろう。
佐藤繊維株式会社
www.satoseni.com
ノートルエスカリエ
Tel. 03-3770-1175
www.notre-escalier.jp