『ONE GRAVITY』デザイナー 猪股裕樹 インタビュー第三回
「ONE GRAVITY」デザイナー
猪股裕樹インタビュー 第三回
FASHION DESIGNER'S FILEインタビューシリーズの最終回。
『ONE GRAVITY』のデザイナー猪股裕樹さんのデザイン的に影響を受けたモノや今季08SPRING/SUMMER新作のコンセプト、そして今後の『ONE GRAVITY』についておはなししていただきました。
文=金子英史(本誌)
─デザイン的に影響を受けた人、もしくはモノなどはありますか?
それはすべての制服です。軍服、デニムパンツも広い意味で制服なんだと思うな。アメリカ人の労働者の制服。
あとは古着──いわゆる歴史につちかわれて生産しつづけられているもの。それらが僕にとって制服という意味の3つです。
あとは自分の頭のなかの想像の粋に達したもの──ファッションや建築、プロダクトだったりをつくっているすべてのデザイナーですね。やはり自分が見たり、触れたことがあるものには、当然影響を受けていると思います。
─なるほど。制服という点は、まさに『ONE GRAVITY』だと思いました。それは最初の話の「公の場」と「現場」、動きやすさとフォーマル感の両方をそなえているのが制服かなと思ったからです。
たしかにそれは要素としてデザインに出ているのかなと思いますね。でも、それがストレートだったら心地よくないんです。だからレプリカをつくるとか、どこかの名のあるファクトリーの商品を別注するとかではないんですよね。けっきょく、それはうちじゃなくても出来るはなしだから──。オリジナルがあって、それをもっとこうしようという部分が『ONE GRAVITY』なんですよ。
─さて、こんかいの08'SPRING/SUMMERコレクションのお話ですが、コンセプトを教えてください。
シーズン・コンセプトというのは、じつは毎シーズン存在しないんです。
ただ街の空気というのはつねに変わっているので、それだけはやはり吸うようにしていますよね。その部分でこんかいの春夏ものに関していえば、根底は『アメカジ』と『プレッピー』です。そこを感じさせながら、『アメカジ』ほどダラダラはいやだし、『プレッピー』ほどキレイすぎるのは恥ずかしい──みたいな部分のバランスをくずしながら、とりながらというのが今シーズンです。
─毎シーズン、面白い加工、そして素材を使っていますよね。今回でいえばデニムジャケットに柿渋を塗っていたり。ねじってあってり、デニム生地に光沢素材を塗っていたり──。それらはどこからインスピレーションを得ているのでしょうか?
それはですね、自分がいちばんないものねだりの消費者なんです。少なくとも自分は見たことがないものでそういうことが出来ないのかなとか、そういった投げかけがいつも現場サイドに対してあるんですね。もちろんそれらのすべてが出来ることはあり得ないのですが、逆に生産側からこれだったら出来るかもしれないという糸口をくれるときがあるんです。
そのあとは、その糸口をどうやってたぐり寄せていくかだけなんで、まあそういう意味でいうと、ただの出会いなのかなって思っていますね。べつにどこからインスピレーションを受けてというよりも、つねにひたすらないものねだりをしているということです。
それと、人にはそれぞれ服の種類に対してイメージというのがあると思うんですよ。例えば、デニムパンツだったら、床にすわっても、膝が出ても気にならない、汚れて洗濯機で洗ってもいとわないけれど、ウールのパンツなら、膝がでたり、床に座るのはイヤというイメージですね。個人的には、それらのイメージをくつがえす必要はないと思っているんです。なぜなら、それはいい意味での着るひとのイメージだと思うので、そこはこわさずにべつの表現ができない考えるんですよ。
─なるほど、今シーズンはいつも通りのフォーマル感はあるのですが、ややストリート寄りに感じました。それは街の空気である『プレッピー』という部分が大きいのでしょうか?
『プレッピー』という部分はかなり大きいですね。だけど、そのなかで自分が気にしていたのは、従来よりはどこかにピュアな感じの部分をのこしたいというところです。それは決してクリーンではなくピュアかなと。
─このコートは黒に黒の迷彩柄で、しかもナイロンという素材感ですよね。
なかなかこういうコートを観たことがないのですが、これはいわゆるレインコートですよね?
そうです。
この素材のイメージは、『ONE GRAVITY』としての解釈のウインドブレーカをつくりたかったんです。アイビーのアイテムの中に“ウインドブレーカ”という便利な服が存在するんですが、もともとはナイロンに撥水加工がしてあって、それぞれの学校のプリントがはいっているだけのなんのへんてつもないものだったと思うんですよ。だけど、『ONE GRAVITY』のにおいを感じさせるウインドブレーカーをつくろうと思って出来あがったのがこの生地だったのです。
─これは、なんという生地なのですか?
ベースはポリエステルなんですが、迷彩の部分に表に薄い皮膜を貼ってあるんですよ。これは機能素材として生地の裏側に貼付けて、暴風効果とか防水、撥水効果を持たせるためのラミネートという材料なんです。
通常、そういうものはデザイン柄には使用しないんですが、それを表側で、さらにデザインを施したかったのです。「機能性がある皮膜に対しての迷彩柄」という遊びの要素なんですよね。さらにこれはプリントしているわけではなく、型押してあるんですよ。
─それが触ったときに、浮き出ているような感触になっているのですね?
そうです。このコートは、見た目はギラギラした迷彩の無地という感覚の見え方じゃないですか?
だけど、意外と機能的で、生い立ちがピュアなのかなと、そういうところから生まれたモノなんです。
─そしてこのゴールドのハーフパンツですが、これも素材、感触がおもしろいですよね。
コレは、ゴールドをコーティングしてあるんです。
─いやらしくないキレイなゴールドというか、それがうまく表現出来ていますよね。
ストリートの定番アイテムとしてのカーゴパンツなんですが、それにかなりキレイ目な素材感でもってきているので、そのギャップがステキかなと思ってつくってみました。
─個人的にはゴールドは好きではないのですが、これであればはいてもいいかなとか思える"色み"ですよ。
つづいて、このショートパンツとのセットアップは、やはり『プレッピー』な部分なのでしょうか?
はい。ボトムに関して言えば、『プレッピー』を”らしく”感じさせてくれるのは、“とっちゃんボーヤ”というコトバに代表されような部分だと思ったんですね(笑)。だからこんかいは、あえてショートパンツにしてみたんです。
─毎シーズン、素材もそうなんですが、デニムパンツにこだわりを感じるのですがいかがでしょうか?
とくに力を入れていたり、こだわっているわけではないのですが、カジュアルというカテゴリーのなかのひとつのベースとしてつねにあるのが、やはりデニムなんですよ。それにデニムパンツはラクですよね、作業者にとっては。汚れが目立たないし、膝がでてもいい。上に合わせるものによっては、高級ホテルまでもいけますからね。
コンセプトにもちかい、カジュアルな部分とフォーマルな部分の両方を持ち合わせているアイテムということで、結果的に毎シーズンつくっています。
─いわゆるベーシックなデザインアイテムというものが他のアパレルブランドさんにはあると思うのですが、『ONE GRAVITY』にはそれほど感じられないですよね。
そうですね。「コレが定番ですよ」みたいなものは、しいていうならばシワシワのデニムジャケットぐらいですかね。
─このワークパンツにはかなり大きめのリングが付いているのですが、どのようなインスピレーションからこのカタチになったのでしょうか?
リング自体は、かなり大きい、そして存在感があるものです。
これはデニム素材じゃないペインターパンツをつくりたかったというところから始まったんです。デニム素材であれば、加工してその顔をつくる方法があるんですが、デニムじゃないものをつくりたかったんです。ペインター・パンツじたいは、元々あるカタチのものなので、そのままストレートにおなじものをつくっても面白くないのでいろいろ考えたんですね。
わたしにとってペインター・パンツは、丈をロープアップして、はだしでローファーを履いて、の様なこぎれいなイメージがあるのです。だけど、元来はワークパンツなので、そのこぎれいなイメージとは正反対のものなんですよね。ただ、イメージとしてはカワイイというイメージがあるから、表はそのままのイメージをたもつようにして、後ろ側でイメージをこわそうと思ったんです。そのポイントがたまたまこんかいはその場所だったという感じですよ。
「品がいいだけじゃないよ!」という主張なんです。
─このセンター部分が立つシャツ、これはスゴいデザインですよね。ボタンが両側にあって、立たせてとめても、寝かせてとめてもいいという。どちらでも使えるシャツなんですが、これは何からこの形を思いついたのでしょうか?
個人的にフォーマルな要素の強いシャツを、くずして着ることが好きなんです。フォーマル・シャツというと、やはりイカ胸に代表されるようなフリルのついたシャツなんですが、それをストレートにつくったとしても一般の男の人には着ることに対してテレがあるんじゃないだろうか、と。
だから、そのテイストの部分をつよくのこしながら、テレなく着れるシャツをつくりたいと思い、ボタンの部分だけにフリルを残したんです。
─さいごに、今後のブランドとしての目標をおしえてください。
ブランドを継続していかないと意味がないのですが、いつまでもマイナーなまま存続していきたいです。それは、矛盾していると思うんですけれどね。どんどん大きいところに淘汰されて、マイナーなものがどんどん無くなっているわけですけれど、そういう意味でいうと無駄が排除されているというわけですよ。
そのなかでマイナーでいるということは経済的じゃないのかもしれないけれど、そこにいて、そして存続しつづけられればうれしいかな。
それが最終地点、目標という言い方がいいのかわかりませんが、そういう存在でいつづけられればいいなと思います。もちろん、一筋縄ではいかないんでしょうけれどね。
─ありがとうございました。