MARGARET HOWELL|栗野宏文 特別寄稿「マーガレット・ハウエルのブレない魅力」
Fashion
2014年12月22日

MARGARET HOWELL|栗野宏文 特別寄稿「マーガレット・ハウエルのブレない魅力」

MARGARET HOWELL|マーガレット・ハウエル

栗野宏文 特別寄稿

マーガレット・ハウエルのブレない魅力(1)

撮影スタジオにスリーピースであらわれた栗野宏文さんは、あらかじめ希望していた今シーズンのブルーのシャツとワンタックのトラウザーズにさっと着替えて、スムーズに撮影を終えた。そしてあとで知ったのだが、私服のネクタイとリュックはマーガレット・ハウエルのものだった。そういうさり気ない気遣いこそ、栗野さんのブランドに対する愛であり、またブランドから愛されている理由なのだろう。栗野宏文氏が綴る、マーガレット・ハウエルの素材、色、デザイン、そしてスタイル。

Text by KURINO Hirofumi
photos by OHMORI Sunao(TABLEROCK. STUDIO)

シンプルな美と完成度。その見本のような商品との出会い

僕がファッション業界で仕事をするようになって33年くらい経ちました。そのごく初期から、バイイングのようなことをさせていただいてきました。また、みずからそれを店頭で販売することにも携わってきました。

僕はクリエイティブ・ディレクションや経営にも携わってきましたが、やはり、ファッション小売業の醍醐味とは“良い商品をお客様に提供すること”に尽きると思います。そして、バイイングにも販売にも“出会い”があります。

すてきな商品との出会い、それをつくっているすばらしいデザイナーとの出会い。まちがいなく“良い商品をつくっているひとは本人もすてきなひと”です。

“もの”は正直です。絵画や彫刻や、写真にさえもその製作者の姿が感じられるように、ましてやひとが身につける衣料というもの、ファッションに“それ”が出ないわけはない、のではないでしょうか?

2度ほど、生前のイヴ・サンローラン氏と会ったことがあります。会った、というより会釈を交わした程度ですが、やはりサンローラン氏からは品の良さが立ち上っていました。あるいはポール・スミス氏。いつお会いしてもユーモアが感じられます。ポール氏の洋服がそうであるように。あるいはクリス・ヴァン・アッシュ氏。とても優しい男性で、彼のおばあさまや両親を毎回ショーに招き、フロント・ロウで自分の仕事を見せています。

そんな人間味溢れるファッション・デザイナーのなかでも、マーガレット・ハウエルさんにはとくに“ひと”を感じます。80年代初頭、僕が働いていたビームスで重松 理氏(当時はビームスの買い付けの総責任者、現在はユナイテッドアローズの代表)が海外の展示会で買い付けた新進ブランドが、マーガレット・ハウエルでした。日本はもちろんのこと、海外や、地元ロンドンでもまだまだ無名に近い存在でしたが、買い付けられた商品(主にシャツ)を見た僕たちスタッフはひと目でそのすばらしさ、価値を理解しました。

それはけっして派手なデザインではありません。むしろ、地味といってもいいくらいです。しかし、最高の手触りのシャツ生地、細かいギャザーなどの縫製技術、デリケートな襟型……まさしくシンプルな美と完成度の見本のような商品でした。

当時2万8000円くらいがシャツの平均価格でしたが、当時の僕の月給が約10万円、近所のランチが600円くらい、喫茶店のコーヒーが200円ほどでしたから、マーガレット・ハウエルのシャツの価格がいかに高価(!)であったかが、ご理解いただけると思います。

それでもシャツはベストセラーとなりました。前述したように、とても完成度の高いものだったので着心地も良く、また、シンプルなので組み合わせしやすく、デニムのジャケットでもリネンのブレザーでも、なかにマーガレット・ハウエルのシャツをもってくればOK。製品の良さを理解し、共感してくださる多くのお客さまに受け入れられたのです。

MARGARET HOWELL|マーガレット・ハウエル

栗野宏文 特別寄稿

マーガレット・ハウエルのブレない魅力(2)

ではマーガレット・ハウエルの商品に反映されているサムシングとは何なのでしょう? ほかのデザイナーと比してハウエルの商品に特徴的なのは“不変”ということだと思います。しかし、“変らなくて良い/不変の魅力”ということは両刃の剣でもあります。とくにファッション商品においては。やはり、いくら変らないといっても、本当に30年間まったくおなじものを作りつづけ、提供しつづけていたら、さすがにお客さまは飽きてしまうでしょう。

着ることだけでしたら、30年間おなじものを着られます(我が家が実例です)、しかし、店頭で毎シーズンまったくおなじものを見つづけていたら購買意欲は減退するでしょう。ですからハウエルの場合は“変らない”といっても“少しは変化している”のです。しかし、その“少し”の加減が非常に良いので、できあがってきたコレクションには毎回“新鮮さ”があります。襟型は変らなくてもボディーバランスがちがう、おなじウールを使ってもウェイトがちがう、おなじデザインであっても製品洗いをほどこしてある……といった具合に。

そしてハウエルの商品を長年見つづけてきて、一番感じるのは、彼女独特の“色の選び方” です。とくに彼女が選ぶ“ブルー”は最大の特徴です。薄すぎず、濃すぎず、上品で繊細で、合わせやすく、しかも遠くから見てひと目でそれとわかる“ブルー”。

個人的にはマーガレット・ハウエルのブルーとコム デ ギャルソンのブルーはもっとも好きなブルーで、ついつい手にとってしまい、結果として僕の引き出しには2桁のブルーのシャツがならんでいます。

“色を選ぶ”単純な行為ですが、じつはファッションにとっては生命線。毎シーズン、細心の注意をこめ、丁寧に色を選んでいるハウエルさんの姿が僕には想像できます。“あのブルーじゃなく、このブルーでなくてはダメなんです。このベージュはグレイッシュだから来季はもっと黄色味のベージュにしましょう……”そう言っている姿が店頭のシャツ1枚から、ジャケット1着から、あるいは彼女の制作物ではない椅子や画集(それらも売りものです)からでも感じられるのです。

そんな彼女の丁寧な生き方、仕事意識、それを僕は“ブレない魅力”と呼んでいます。頑固かも知れないけれど“頑迷”ではない。理由があって守っているもの……。マーガレット・ハウエルの魅力とはそこにあると思います。

世界的に価値観の大変動期にあるいまだからこそ、そのブレない姿勢にひとは惹かれるのではないでしょうか?

マーガレット・ハウエル|栗野宏文 03

栗野宏文|KURINO Hirofumi
1953年生まれ。70年代よりバイヤー、ディレクターとしてファッション業界にかかわる。スズヤ、ビームスを経て89年にユナイテッドアローズを設立。創業役員のひとりとして、常務取締役、チーフ・クリエイティブオフィサーなどを歴任し、現在は同社の上級顧問兼クリエイティブアドバイザーとなりブランド・ディレクションを手がけている。
フリーランスのジャーナリストとしての執筆や講演もおこない、2004年には英国王立美術学院より名誉研究員を授与される。

           
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