“まじめに遊ぶ”をキーワードに、古典とサブカルチャーを華麗に融合

Photo:ニコラ・ダティシュ

DESIGN / FEATURES
2020年7月22日

“まじめに遊ぶ”をキーワードに、古典とサブカルチャーを華麗に融合

ニコラ・ビュフ インタビュー

幼いころから日本のアニメや特撮番組に親しみ、ヨーロッパの伝統的美意識と日本やアメリカのポップカルチャーを融合させた作風で注目を集める現代美術家ニコラ・ビュフ。2012年にパリ、シャトレ座で上演されたオペラ『オルランド』のアートディレクションで高い評価を得て以来、日本でも原美術館での個展『ポリフィーロの夢』(2014)、GINZA SIXの巨大な吹き抜け空間を使った「『冬の王国』と『夏の王国』の物語」(2018)などで話題をさらってきた。
このたび彼の代表作の数々がアートトイとなってメディコム・トイよりリリースされることが決定。ここではイントロデュースとして、ニコラ氏が影響を受けてきた作品や制作コンセプトについてうかがった。

Text by SHINNO Kunihiko

21世紀の現代美術界では、マンガやアニメの持つダイナミズムに着目し、独自の解釈で新たな次元に昇華しようとする意欲的なアーティストが次々と登場している。今回紹介するニコラ・ビュフも幼い頃からポップカルチャー全般に親しみ、アニメ、特撮、漫画、ビデオゲームから多大な影響を受けてきた。
「僕が幼少期を過ごした1980~90年代、フランスでは日本のテレビアニメや特撮がたくさん放送されていて、少年もの、少女もの、スポーツ、SF、スーパーロボットなど多彩なジャンルの作品をほぼ毎日観ることができました。当時お気に入りだった作品の一部を挙げると、スペクトルマン、宇宙海賊キャプテン・ハーロック、科学忍者隊ガッチャマン、カリメロ、UFOロボ グレンダイザー、鉄腕アトム、超時空要塞マクロス、太陽の子エステバン、名探偵ホームズ、キャンディ♥キャンディ、キャプテン・フューチャー、コブラ、めぞん一刻、聖闘士星矢、ドクタースランプ、ドラゴンボール、ベルサイユのばら、キャッツ♥アイ、北斗の拳、らんま1/2……キリがないですね(笑)」
数あるタイトルの中でも、特にニコラ氏が影響を受けた作品が『宇宙刑事ギャバン』(註1)だったという。
(註1)1982年3月~1983年2月、テレビ朝日系にて放送された東映制作の特撮テレビドラマ。金属製の装甲スーツ姿に変身して戦うアクションシーンが人気を博し、続編『宇宙刑事シャリバン』(83〜84年)、『宇宙刑事シャイダー』(84~85年)も制作。のちに続くメタルヒーローシリーズの原点となった。
「『ギャバン』がフランスで初めて放送されたのは1983年のことでした。その格好良くも少々怖い番組を当時幼稚園~小学生だった僕はすぐ気に入り、ギャバンのコンバットスーツをダンボールで自作して友達とギャバンごっこで遊んでいました。
『ギャバン』は『シャリバン』や『シャイダー』と共に何度も再放送されたので、いつの間にか映っている街の様子や風景、人々にも興味を持つようになりました。それが“リアル”な日本との関わりの最初かもしれません」
Photo:ニコラ・ビュフ
やがて彼はフランスの美術大学で最も権威があるパリ国立高等美術学校(エコール・デ・ボザール)に進学し、中世、ルネサンス、バロック期の古典作品を研究。“西洋と東洋”、“伝統と現代”を融合した作品の制作を志し、卒業後は東京に拠点を移して、2014年に東京藝術大学博士課程を取得。彼の目に日本はどのように写ったのだろう。
「ボザールに入学する以前から、パリの国立デザイン学校で建築環境デザインや美術を勉強していました。でも、僕にとって最も親和性の高い文化は、やはり日本のアニメ・特撮・漫画・ビデオゲーム、アメリカのカートゥーン、フランスのバンド・デシネ(註2)といったポップカルチャーだったんです」
(註2)フランスやベルギーを中心としたフランス語圏でのコミックのこと。略してBD(ベデ)とも呼ばれる。実験的・芸術的な作品が多く、代表的な作家であるエンキ・ビラルやメビウスの作風は、大友克洋、宮崎駿、谷口ジローなど日本の漫画界にも多大な影響を与えている。
「パリの中心にあるボザールには約400年の伝統があり、その文化的に重要な建物に入った瞬間、歴史の重みを感じました。それでも、現代美術家になるためには、自分のバックグラウンド(日本のアニメ、特撮、漫画、ビデオゲーム、アメリカのカートゥーン、フランスのバンド・デシネなどのポップカルチャー)を軽視してはいけないと思いました。つまり、歴史や文化のミックスをおこなうプロセスに興味を持ち始めたんです。
というのも、ポップカルチャーの中でも好き嫌いがあるように、歴史や文化においても好きな作品、ジャンル、時代、アーティストがあります。歴史上の作品もゼロから生まれたわけではなく、いつの時代の作品も何かに影響を受けているわけです。そのうえで、僕は当時のグロテスク装飾(註3)に興味を持ち始めました。人間、動物、建築物、ミネラルなど、様々なジャンルをミックスできる装飾としてとても面白く感じたんです」
(註3)古代ローマを起源とする、半身半獣の怪物や非実在的な植物文様を多様に組み合わせた装飾文様の様式。ルネサンス期に再発見された。
「それ以来、僕は個人的な歴史と偉大なる歴史をミックスすることを考えるようになりました。しかも、まじめなことだけでなく、遊び心を持ってミックスする──“Serio ludere”(まじめに遊ぶ)というルネサンス期の概念も使い始めました。
東京藝大ではその思いをさらに深め、自分の作品を“時空トラベル”のように考えるようになりました。“時間(歴史)”と“スペース(世界の文化)”の間のネットワークとして“作品”が存在するというアイデア。フランスの哲学者エドゥアール・グリッサン(註4)の“クレオール化”という概念を念頭におきました」
(註4)カリブ海のフランス領マルティニーク出身の作家、詩人、文芸評論家(1928-2011)。彼が打ち出した「クレオール化」とは、複数の異なった文化の要素を世界のある場所で接触させ、まったく予測できなかったような新しい与件を産出すること。
「二つの要素をミックスするために、それぞれの重要性が同じレベルであることを認めなければならない。つまり、“ポップ+クラシック文化”をうまく混合するためには双方同じように尊重し、差をつけないということです。ボザールにはアートに関する図書館があり、珍しい本もたくさん保管されています。僕が多大な影響を受けた『ヒュプネロートマキア・ポリフィリ』(註5)、そしてそのフランス語版『ポリフィーロの夢』にもここで出会いました」
(註5)『Hypnerotomachia Poliphili』(ポリフィルス狂恋夢)は、1499年にヴェネツィアで初版となったイタリア・ルネサンスを代表する木版画の挿絵入りの本。主人公のポリフィルスが夢の中で恋人ポーリアを探し求め、結ばれるも最後に夢が覚めて結末を迎える。1546年にフランス版『ポリフィーロの夢』(Le Songe de Poliphile)が出版。
「また、オタク魂を持つ僕は来日してすぐ秋葉原に通うようになり、フィギュアのみならず、アニメに関する本(絵コンテ、設定資料集など)をたくさん手に入れました。日本に来てから知った東京の下町(谷根千)や、上野のアメ横もとても気に入りました」
日本で彼の名を広く知らしめたのが、2014年に原美術館で開催された『ニコラ ビュフ展:ポリフィーロの夢』だろう。壁画と立体作品、さらにAR(拡張現実)の技術を用いて古典文学をロールプレイングゲームのごとく再構築したインスタレーションは、まるでゲームの中に入り込んだかのような感覚をもたらしてくれた。
「ボサールの図書館で見つけた『ポリフィーロの夢』を読んだとき、気づいたことがあったんです。物語の構造はロールプレイングゲームに似ていて、主人公のポリフィーロは夢の中で徐々にレベルを上げながら冒険を進めていくのです。彼はポーリアという女性を愛していますが、彼女はポリフィーロを最初無視します。その状況に悲しんだ彼は、夢の中でポーリアを探す冒険に出ます。イニシエーション(通過儀礼)ともいえる道を歩みながら、古代ローマの建築物、ファンタジーの建物やモンスターに出会い、様々なチャレンジをたくさんこなしていきます。
しかし、オリジナルのポリフィーロはあまり戦わず、甲冑も身につけていません。そこで、『ゼルダの伝説』など冒険ビデオゲームとミックスして、自分のオリジナル・ポリフィーロのバージョンと、オリジナルのストーリーを作りました。原美術館では建物全体が冒険の環境となっていたのです」

Nicolas Buffe: the dream of Polifilo -- ニコラ ビュフ:ポリフィーロの夢 -- prologue

今回、メディコム・トイとのコラボレーションにより、同展覧会で発表された『ヒーローの甲冑/スーパーポリフィーロ』(2014)、『オオカミの口』(2014)、そして初期の代表作である『プルチーノ』(2009)がアートトイとなって順次リリースされることが決定。それぞれの作品にはどのような思いが込められていたのだろうか。メディコム・トイとの出会いもあわせてうかがった。
「『ヒーローの甲冑/スーパーポリフィーロ』は、ビデオゲームに登場するようなポリフィーロのスーパーバージョンを作るというアイデアがきっかけでした。
僕が影響を受けた『ポリフィーロの夢』が生まれたルネサンス期の美術はもちろん、日本の特撮作品『宇宙刑事ギャバン』、1555年の金細工師エティエンヌ・ドローヌ(Etienne Delaune)によるフランス王アンリ二世の甲冑の影響もあります。異なる時代や文化のミックスだからこそ新しい意味が生まれます」
Photo:木奥惠三
「ヒーローの甲冑/スーパーポリフィーロ」(The Hero’s Armor / Super Polifilo 2014年)
FRP、発光装置、塗料
制作協力/レインボー造形企画
「ポリフィーロは夢の始まりの際、古代ローマの廃墟内でオオカミに追いかけられます。その後、巨大なピラミッドの門に乗っかったメデューサ(ミネルヴァ)の恐ろしい頭部に入り、ピラミッドの中で冒険を続けます。
『オオカミの口』はアメリカのカートゥーンの影響が強いです。『ルーニー・テューンズ』を手がけたアニメーターのテックス・エイブリーやチャック・ジョーンズ、『トムとジェリー』のハンナ=バーベラといった方々ですね。他にもイタリア・ボマルツォの怪物公園(註6)にある『地獄の口』からも大きな影響を受けています」
(註6)正式名称は「ボマルツォの聖なる森」(Bosco Sacro di Bomarzo)。1552年、イタリア中部に位置するボマルツォの領主だったオルシーニ家のピエール・フランチェスコ・オルシーニ公が造った庭園で、森の中に神や怪物たちの巨大な石像が点在することで観光名所として世界的に知られている。
Photo:木奥惠三
「オオカミの口」(Mouth of a Wolf 2014年)
発泡スチロール、FRP、シート、塗料、他
制作協力/株式会社十指作
「『プルチーノ』も『ポリフィーロの夢』がモチーフになっています。物語の中では、ピラミッドの前の広場に巨大な古代エジプトのオベリスク(記念碑)を背負った象の彫刻が出てきます。
これが意味するものは、“文明の知識”を象徴しているオベリスク(記念碑)を後世に残すためには、象が象徴する“強い精神”が必要だということです。このテーマは、物語が生まれた160年後、彫刻家ジャン・ロレンツォ・ベルニーニによって既に具現化されています(註7)。少し太めに作られた象は当時のローマ人に“porcino”(子豚)、または“pulcino”(小鳥)というニックネームをつけられていたという話もあるそうです」
(註7)1667年に製作。ローマのミネルヴァ広場に所蔵されていることから「ミネルバ・オベリスク」(Obelisco della Minerva)と呼ばれている。
「2009年、僕はこのテーマにも興味を持った時、自分が大事にしている概念である“Serio ludere”(まじめに遊ぶ)を踏まえ、自分なりのプルチーノを作ってみることにしたんです。象はアメリカのカートゥーンやディズニーのアニメの影響からシーソーに載せることにしました。上の部分(象+オベリスク)がまじめで、下の部分(シーソー)は遊び、という構造になっています」
Photo:ニコラ・ビュフ
「プルチーノ」(Pulcino 2009年)
2,95 x 0,6 x 2 m、FRP、塗装、他、2009年
制作協力/Atelier Prométhée
協力/SAM Art Projetcs, Galerie Schirman & de Beaucé
「僕は日本に住み始めてすぐ、メディコム・トイの商品に興味を持ちました。アーティストとコラボしたプロダクトも、クオリティやディテールに徹底的にこだわっていて、とても面白いと思いました。今回このプロジェクトが実現したのは、2年前に知り合いのディレクターの石井等氏に紹介されたことがきっかけです。
僕は様々な分野とのプロジェクトに興味を持っています。異なる分野とのコラボレーションのおかげで素晴らしい技術や世界観を持っている方と出会え、彼らと共に新しいクリエーションを経験することができる。美術、デザイン、トイ、といったジャンルを超えてコラボすることが大切です。
今回のメディコム・トイとのプロジェクトも、美術館、ギャラリー、専門家、美術品コレクターだけではなく、より幅広い方々に向けて自分の作品を公開できる良い機会になればいいですね。アーティストに対して深い敬意と愛情がある方々と、こうして高いクオリティでアート・エディションを制作できたことを嬉しく思っています。
新型コロナウィルス感染症の影響で延期になってしまったプロジェクトもありますが、進行中の案件の多くは継続しています。自宅での作業にも慣れてきたので、制作にはあまり影響はありません。いまはただ、一日も早くこのコロナ問題が解決できることを心から願っています」
Armor of SUPER POLIFILO STATUE WHITE Ver. (ポリフィーロの鎧)

ニコラ・ビュフの代表作がアートトイになって登場。第1弾は2014年に開催された個展『ポリフィーロの夢』で発表した「Armor of SUPER POLIFILO」のスタチュー(WHITE Ver.)。

サイズ|全高約380mm
価格|8万8000円(税別)
発売日|2020年8月発売予定
取扱店舗|MEDICOM TOY PLUS , 2G
(C) 2020 - Nicolas Buffe - All rights reserved.
※数に限りがございます。品切れの際はご容赦ください。
※監修中のサンプルを撮影しております。発売商品とは一部異なる場合がございます。
問い合わせ先

メディコム・トイ ユーザーサポート
Tel.03-3460-7555

 
ニコラ・ビュフ/Nicolas Buffe
1978年フランス・パリ生まれ。パリ国立高等美術学校卒業。2007年以降東京に拠点を移す。2014年東京藝術大学博士課程取得。「狂えるオルランド」「ポリフィルス狂恋夢」などのヨーロッパの古典文学から「宇宙刑事ギャバン」「ゼルダの伝説」といったポップカルチャーまで、学識と大衆文化を混在させた多面的な作風で注目を集める気鋭の現代美術家。
                      
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