2008-2009年 3人の論客が自動車界を斬る(後編)
2008-2009年 3人の論客が自動車界を斬る(後編)
ハイブリッド、ピュアEV、そして燃料電池──。
100年に一度といわれる世界的な大不況と、深刻化する環境問題──。この激動の時代において、クルマは、そしてクルマをめぐる社会はどこにむかうのか? 自動車界における気鋭の論客3人が2009年を展望する。
語るひと=小川フミオ瀧 昌史渡辺敏史写真=吉澤健太(ポートレート)まとめ=オウプナーズ
CO2とエコの関係
──では、これからは2009年以降を展望していただきたいと思います。まず、世界的な自動車不況と、環境問題をぬきには、現在のクルマをめぐる状況は語れないと思うのですが。
渡辺 まずアメリカのビッグスリー(GM、フォード、クライスラー)が厳しい状態に陥ったのは、燃費の悪い大型車ばかり売っていたからとマスメディアで指摘されていますよね。たしかに、一因としてはあるけれど、それがすべてではないと思うんです。
小川 それは、エコと自動車産業の凋落の複雑な関係ってことですね。
渡辺 ひとつ言えるのは、エコだけがいまの自動車ビジネスのすべてを支配しているわけではないということです。たとえば昨今のビッグスリーの状況は、製造業としてはファイナンス偏重の経営状態にサブプライム問題が発生して、資産が急激に目減りしたことも大きい。
瀧 12月にブリュッセルで開催されたEU首脳会議では、地球温暖化防止のため、2020年までに温室効果ガスを1990年比で20%以上削減することを定めた包括法制案で合意したらしいですね。
小川 その一方で、CO2は温暖化にとって大きな原因ではないという話もありますね。
瀧 エコというのが、はたしてCO2を出さないことなのか。何がエコなのか、という問題にもあらためてむき合う必要がありますね。
渡辺 CO2が新しい通貨みたいになっている感じもありますね。うがった見方すれば、そこに新しい商売とか利権がからんでくると。
──画期的な試みとしては、アウディや日産がカーボンオフセット付きの販売を行っていますね。
瀧 ユーザーにたいしてカーボンオフセットの認知訴求をはかりたいんでしょうね。
渡辺 じっさいヨーロッパの社会では、CO2にかんして社会全体で削減していこうという方向に動いています。イギリスやフランスでは、CO2によって車両の取得価格を変えたらどうか、ということが言われている
小川 繰り返しになりますが、エコというと、なんでみなCO2なんですかね。CO2以外にも多くの要素があるのに。
渡辺 EU圏では、たとえばオランダのようにゼロ海抜の国では、地球温暖化による海面上昇で国土が海に沈んでしまう、という根源的な危機感がある。
瀧 大気汚染でいえば、いちばんわかりやすい例が、ドイツの森が酸性雨でなくなっていったことがありますよね。1980年代のはじめに、リアルに森が減少していきました。
渡辺 国というかエリアとしてオゾンホールが近いし。
フェラーリもアイドリングストップ!?
小川 その一方で、今、エンジンの大型化と高出力化というトレンドがありますが、それについてはどう思いますか?
渡辺 さすがにその流れは基本的には終わった気がしますね。
小川 もうここで終わったというポイントはまだ迎えてないでしょ。たとえばフェラーリ430の派生モデルであるスクーデリアしかり、612psの6リッターV12を搭載したSL65 AMG ブラックシリーズしかり、同じく516psのV10を誇るランボルギーニ・ガヤルド LP560-4しかり。
渡辺 おそらく、フェラーリも今後のニューモデルではこれ以上排気量を上げてくることはないと思います。ポルシェも、911やボクスターに搭載されているあのフラットシックスについては、4リッター以上には拡大できないような設計になっています。噂によると次期ボクスターは4気筒のターボエンジンになるという話もあります。やっぱり、排気量のダウンサイジングと、そのパワーダウンを補う意味で過給器を用いる、というトレンドはあると思います。
瀧 たとえば、アウディは次期型S4で、4.2リッターV8から3リッターV6ツインターボに排気量をさげますね。
小川 フォルクスワーゲンも、1.4リッター並みの高燃費と2リッター並みの高出力をねらった1.4リッター直噴ツインチャージャーユニットを開発してゴルフGT TSI に載せてますね。
瀧 ポルシェ、フォルクスワーゲン、アウディ・グループのエンジニアリング的な方向性なのかもしれませんね、エンジンのダウンサイジングは。
小川 それはあたりまえの流れような気がしますよね。
渡辺 先日、フェラーリ・カリフォルニアとAMGの試乗会があって、エンジニアから話を聞いていたら、AMGは2012年までに車種総合平均の燃費を3割向上させると言ってました。で、フェラーリは2015年までに4割上げると、我々ジャーナリストにエンジニアもプレスも語っていました。それは既存のエンジンをベースに、直噴化したりアイドリングストップ機構を採用したり……。フェラーリがアイドリングストップですよ(笑)。あとは、F1でも使っている回生システムを用いたり。
小川 アイドリングストップといっても、交通環境が日本とはちがうから微妙ですよね。スマートは5秒以上アイドリングストップすれば、エンジン始動時のガソリン消費量よりも経済的だとのことですが。
瀧 エンジン始動時にアイドリング5秒分の燃料を使うということですね。
小川 僕自身はスマートにつけるなら、別のクルマにもつけるのがいいんじゃないかと思いますけど。
瀧 スマートをエコの象徴にさせているんでしょうね。
欧州にもハイブリッドの流れが
──トヨタを筆頭に日本ではハイブリッドがエコカーを先導して、一方ヨーロッパはディーゼルが一般的ですが、最近はフォルクスワーゲン・グループがポルシェもふくめてハイブリッドを手がけたり、メルセデスやBMWもハイブリッドに参入してきました。
渡辺 基本的にヨーロッパがディーゼルにシフトしはじめたのが90年代の半ばで、その一連の流れが、いまのようなディーゼル主導のマーケットを形成する大きな要因になったと思うんです。なかなかトヨタのようなハイブリッド車をつくる発想にもならなかっただろうし、ディーゼルもヨーロッパの交通環境ならばおなじだけ効率が高いという考えだったんでしょう。でも、おそらくさまざまな仕向地の交通環境にクルマを適合させていくという状況になったときに、ハイブリッドという選択肢を無視できなくなったんじゃないですか。それに都市はひどく渋滞していますからね、ヨーロッパでも。
小川 一方エコにかんしては、各メーカーがさまざまなアプローチで開発に取り組んでいます。たとえば、トヨタを筆頭とするハイブリッドカーだったり、ピュアEV(電気自動車)だったり、BMWが手がけている水素カーだったり。ただ、資金的にも厳しいこの状況下で、今後、各メーカーの開発費はどうなっていくんですかね。
渡辺 いま、どのメーカーも開発費は基本的にカットされています。
小川 それはエコカーについても?
渡辺 次世代のパワートレーンの開発についてはまだ被害は少ないのかなと。とくにヨーロッパのメーカーについては。
小川 それこそ欧州の底力ですね。経済状況が厳しいときにも、次の時代をちゃんと見すえている。
──具体的にはどのメーカーが顕著ですか?
渡辺 それはもう、欧州すべてのメーカーですよ。欧州ではEUの取り決めで1912年までに、各メーカーの平均燃費というのかな、つまり全販売台数のCO2の総排出量を販売台数で割った値が130g/kmという規制が確実視されていて、それを視野に入れていますから。
また、その規制にまつわるさまざまな動きがあって、たとえばフェラーリのような年産1万台以下のメーカーは規制の対象からはずれるという噂があったり、達成できないメーカーには、かなりハイレートな自動車取得税が課せられるという噂があったり。つまりエコへの取り組みに遅れたメーカーのクルマが売れなくなるということです。まだ完全に決定したわけではないけれど、おおむねその流れになるだろうと言われています。
──たとえばポルシェは、パナメーラのようにこれからデビューする最新モデルにハイブリッドを載せようとしていますが、ハイブリッドは次世代の動力源としてまだまだ有効だと思いますか?
渡辺 有効だし、意外と長く使うことになりそうだぞという判断があるんじゃないですか。ちなみに、彼らの開発しているシステムは、トヨタのものよりはるかに制御がシンプルなんです。極端なことをいえば、アイドリングストップができて、20~30km/hの速度、つまり駐車場のなかとか走り出しとか、その領域だけでも電気で動けばいいという考え方ですね。
小川 それはさっき話題にのぼった総燃費規制とも関係してくるでしょ。ハイブリッドがあれば、燃費が下がるから。
渡辺 あと、ヨーロッパではディーゼル車が増えすぎたこともあって、ちょっと風向きが変わってきています。そもそも税制的に燃料代が安いというメリットはないし、Nox(窒素化合物)についてもディーゼルのほうが不利ですから。
──規制値はクリアされているんじゃないですか?
渡辺 もちろんヨーロッパの規制はクリアされていますが、Noxについては日本と北米の法規のほうががぜん厳しいですから。2014年に施行されるユーロ6でかなり日米のレベルに近づくだろうと言われているけれど、まだユーロ6はかたちになっていないですから。
──アメリカではなんという規制が施行されているんですか?
渡辺 「TIER2BIN5」といいます。ちなみに、日本は「ポスト新長期規制」。いすれも総合的な規制だけれど、国によってややちがう部分があって、とくに日本とアメリカはNoxに対してきびしいですね。光化学スモックの問題があるので。
──ところで、京都議定書の目標値についてドイツのクリアが確実だという報道が12月になされましたが。
渡辺 ドイツは原子力発電もおこなっていないのに、どうしてそれほどCO2の排出量がおさえられるんですかね。発電について、まず多量のCO2が排出されても不思議ではないですけれど。
──オフセットもかかわっているんですかね。
渡辺 それはカウントされるんでしょうね。でも、クルマ以上に、火力発電で排出されるCO2が多いと思うんです。そういう意味では、電気自動車の社会は原子力発電が前提にないと難しいかもしれない。
小川 ところで、ハイブリッドは技術的に難易度が高いですよね。まあ、燃料電池車よりは簡単でしょうけど。で、ハイブリッドを手がけるのは寄り道だという考え方もありますが。
渡辺 でも、全体的な流れとしては、その寄り道期間が当初の予測よりも長引きそうだという判断があると思うんです。ここ20年は燃料電池車が普及することはないだろうという話もあって。現実的にコストの問題にしても一般ユーザーが買えるような価格になるには、それくらいの時間が必要なのではないかという人もいます。
小川 ちなみに、2008年にホンダは燃料電池専用車のFCXクラリティをアメリカと日本でリース販売しはじめましたね。日本では公官庁や企業対象で一般ユーザーは買えませんが。
渡辺 たとえば、クラリティが200万円くらいで買えるようになるには、まだまだ相当な時間がかかるでしょうね。
瀧 クラリティは乗りましたか?
渡辺 ええ。普通に電気自動車ですね。意外と軽快に走りますし、日常の使用にはまったく問題ないです。
小川 動力源がモーターという意味では、ピュアEV(電気自動車)と変わらないですからね。
──次世代のモビリティとして見ると、クラリティはいかがですか?
渡辺 燃料電池のシステムが、もっとコンパクトで簡潔でローコストになればすごいと思います。そうなると、おそらくクルマの形状自体から大きく変わるようになってしまう。
小川 昔のSFの絵みたいになるんですかね。お椀みたいな形をしてたり(笑)。でも自動車って、黄金比じゃないですが、きれいな形というのがあって、そこがまた微妙なでしょうけれど。
トヨタ・プリウス vs ホンダ・インサイト
──話をもう少し近い将来にもどしたいと思います。2009年にはハイブリッドの元祖ともいえるトヨタ・プリウスとホンダ・インサイトの新型がデビューしますね。
渡辺 風の噂によると、プリウスは旧型も併売されるらしいです。
小川 それはなぜですか?
渡辺 おそらく、新型は排気量も1.8リッターくらいになるでしょうけど、価格も上がるんじゃないかと言われていて、200万円くらいの価格で1月にデビューするインサイトと勝負するのが難しくなるという理由らしいです。噂なので真相はわからないですけれど。
──なぜ高価格になってしまうんですか。
渡辺 プリウスっていろいろなひとが乗っているからさまざまな要求があるだろうし、そうなるとやはり商品性を上げる必要が生じる。結果的に200万円代後半の価格になるんじゃないですか。
小川 今後のレクサスについては?
渡辺 来年は日本にもハイブリッドを投入するという話ですね。
──ハリアーの後継モデルとなるRXのことですね。3.5リッターV6とモーターを組み合わせた。たしか3月ころデビューするという話ですね。
渡辺 ハイブリッドの専用モデルが、この1月に開催されるデトロイトモーターショーでデビューします。トヨタはアメリカの砦にプリウスの次期モデルとレクサスのハイブリッドをならべるということですね。
──ホンダ・インサイトも1月にデビューしますね。
渡辺 やっとホンダからも普及価格帯で、はたからみてもハイブリッド乗っていますよ、とわかるモデルが登場しますね。4ドアで実用的ですしね。
──ところで、日本では5月あたりからハイブリッドが税制で優遇されるらしいですね。
渡辺 たしか自動車取得税を安くするという話ですね。それに2000億円くらい、政府が投入するらしいです。まだ自民党案段階ですが。
──そういう意味では、ハイブリッドは今後も追い風ですね。日産も2010年にハイブリッドを本格的に導入するらしいですし。
渡辺 キューブベースのピュアEVも導入するらしいですね。日産はすでに旧型キューブでEV-02というテスト車をつくっています。
──欧州に目を向けると、ポルシェやアウディはハイブリッド色が強いですけど、たと
えば、BMWはやっぱりエンジンにこだわって水素エンジンを開発したり、その一方でミニのEVをリリースしたり。メルセデスはガソリンを高圧で噴射して点火せずに爆発させるという、ガソリン版ディーゼルのようなエンジンを開発していますね。
渡辺 「ディゾット」ですね。メルセデスはどう考えているかわからないけど、おそらくバイオフューエルを組み合わせて、すごくCO2排出量の低いエンジンを開発しようと計画しているんじゃないですか。
──とはいっても、最終的なゴールはやはり燃料電池なんですか?
渡辺 たとえばEVが飛躍的に進化して、CO2の問題もクリアになって、ガソリンスタンドで5分で充電できるようなものになれば、たぶんEVが主流になるでしょうけど。まだ結論が出てない。
──それはまだ先の話だと。
渡辺 10年20年先の話ですね。だから、フォルクスワーゲンとかメルセデスは可能性のある技術はすべて研究していますね。もちろん、公表しないだけで、トヨタ、日産、ホンダについても研究はしているでしょう。
──BMWは?
渡辺 彼らは水面下でハイブリッドや水素エンジンを研究しているけれど、まだ内燃機関でいけることがあるんじゃないかと模索している印象がありますね。既存の技術を切磋すると、さらに効率のいいパワーユニットが生み出せると。いまBMWは、現状のラインアップでいっても相当に熱効率が高いから、たぶんカタログ上のCO2排出量でいうと、ベンツ、アウディにたいして一段ぬきんでていますから。やはりエンジン屋として、もう一歩できることがあるんじゃないかと考えているんじゃないですか。
──まだまだ次世代の自動車像については不確定要素が多いですね。
渡辺 どんな環境技術に収斂するのかは、まだ誰もわからいんじゃないですか。たぶん自動車業界だけではなくて、政治なり国家なり投資機関なり、自動車業界が立ち入れないくらいのなにかがそれを決めるということもあるだろうし。
小川 クルマが、いろいろと政治にふりまわされていますね。
瀧 環境問題などと表裏一体ゆえに、そうならざるを得ない。
小川 そうなると、クルマに夢が描けなくなってしまいますね、我われは。そんなときこそ、頭でっかちにならず、クルマがいい意味でエモーショナルな存在だということをアピールしていかなけらばならない。面白い生活とか旅とか。そんなキーワードがひびくように、クルマの根幹のおもしろさを伝えていきたいですね。
OGAWA Fumio
自動車雑誌『NAVI』編集部に約20年間勤務。自動車サイト『WebCG』(http://www.webcg.net/WEBCG/)立ちあげにかかわる。現在はフリーランスのジャーナリストとして『DHCおやじclub』(http://www.oyaji-club.jp/)、『日経BPtv』(http://bptv.nikkeibp.co.jp/)などの自動車関連コンテンツに加えて、グルメ(『週刊ポスト』『デパーチャーズ』等)やグッズ(『週刊朝日』)など広範囲にライフスタイルを手がける。
TAKI Masashi
1961年 静岡県生まれ。雑誌編集プロダクション、広告代理店制作部勤務を経て、神奈川県葉山町を拠点とするライターに。『エスクァイア日本版』等にクルマや旅をテーマに寄稿。2003年から4年間、『アウディマガジン日本版編集長』をつとめた。最近の楽しみは’79 KAWASAKI Z650LTDで出かける平日の温泉ツーリング。
WATANABE Toshifumi
1967年福岡県生まれ。企画室ネコ(現在ネコ・パブリッシング)にて二輪・四輪誌編集部在籍の後フリーに。『週刊文春』の連載企画「カーなべ」は自動車を切り口に世相や生活を鮮やかに斬る読み物として女性にも大人気。自動車専門誌のほか、『MEN’S EX』『UOMO』など多くの一般誌でも執筆し、人気を集めている。