19世紀イギリス帝国の光と影

英国王室御用達ブランド「ペンハリガン」から2015年の新作「トレードルート」コレクションが発表されました。19世紀末ロンドンの船着場にインスピレーションを得た3種の濃厚で芸術的な香りは、当時、「帝国に日の沈むところなし」と表現されるまでに植民地を広げたイギリス帝国の、光と影に連想を誘います。

トレードルートとは、ロンドンと植民地とを結ぶ貿易ルートのことです。世界中から届く贅たく品やレアもの、エキゾチックな装飾品にスパイス、珍しい飲食物やあやしげな薬など、植民地貿易がもたらす冒険的で華美、デカダンでラグジュリーな世界が、今回の新作のイメージの源泉になっています。新作は「Lothair（ロタール）」「Empressa（エンプレッサ）」「Levantium（ラヴァンティウム）」の3種です。

TRADE ROUTE COLLECTION「Lothair（ロタール）」
ロタールとは、お茶を運ぶ快速帆船、ティー・クリッパーの名前です。1869年に造られ、翌70年に処女航海、横浜にも寄港しています。ペンハリガン創業の年とおなじ年に造られた船です。
グレープフルーツとジュニパーベリーが潮風のように吹き抜けたかと思うと、スモーキーな紅茶がマグノリアやフィグと混ざり合って大胆に華やかに香りたち、アンバーグリスやシダーがエキゾチックな余韻を残します。脳内は一瞬にして、ここではないどこか、めくるめく冒険の旅に連れていかれます。軽さがもてはやされる時流に逆行する優雅な気概さえ備わっていれば、つけるひとの性別を問いません。

TRADE ROUTE COLLECTION「Empressa（エンプレッサ）」
エンプレスとは女帝という意味。権力と影響力をもつ女性に捧げられたシルクや上質な織物、パールといった贅たく品がイメージの源になっています。３つのなかではもっともフェミニンな印象。連想した「女帝」は、白いウェディングドレスで結婚し、愛する夫君のアルバート公に先立たれてからは黒い喪服で後半生を過ごし、「インド女帝」ともなったヴィクトリア女王。白と黒のドレスは、生涯ただ一人の男性を愛することが女の幸せというロマンティック・ラブ幻想の象徴でもあったのではないでしょうか。

TRADE ROUTE COLLECTION「Levantium（ラヴァンティウム）」
トップからアブサン、ラムやサフランといったスリリングな香りが訪れます。その後、ローズやジャスミン、イランイランといったフローラルなハートノートがつづき、ウード、ミルラ、ヴァニラ、ムスクといったあたたかみのあるベースノートの余韻が長く残ります。鮮烈な印象がない分、ミステリアスで、もっとも好奇心をそそられる香りかもしれません。ヴィクトリア朝のイギリスは、繁栄を謳歌し、リスペクタビリティ（敬意にふさわしい品のよさ）が重んじられた分、切り裂きジャック事件が象徴する闇の部分も秘めていました。二重人格紳士『ジキル博士とハイド氏』が書かれるような土壌があったのです。危なさも優しさも清濁あわせのんでやわらかに包みこむ、セクシーな寛容を感じる香りです。

端正なだけではない、一筋縄ではいかない深い豊かな残り香がひとを虜にするトレードルート コレクション。19世紀ヴィクトリア朝のロマンティックな冒険者たちに思いを馳せながら、21世紀を悠々と旅する気概をもってつけこなしてみたい香りです。

ペンハリガン　トレードルート コレクション
「Lothair（ロタール）」
「Empressa（エンプレッサ）」
「Levantium（ラヴァンティウム）」
価格・容量｜各2万3760円（100ml）

ペンハリガン ジャパン
Tel. 03-5216-4930
www.penhaligons.jp

中野香織｜NAKANO Kaori
エッセイスト・服飾史家。明治大学国際日本学部特任教授。東京大学大学院修了、英国ケンブリッジ大学客員研究員を経て、文筆業。フリーランスの服飾史家として活躍中の2008年、明治大学が国際日本学部を創設するにあたり、特任教授に就任。ファッション史から最新モードまで幅広い視野から研究・執筆・レクチャーをおこなう。
主な著書は、『モードとエロスと資本』（集英社新書）、『ダンディズムの系譜　男が憧れた男たち』（新潮選書）、『愛されるモード』（中央公論新社）、『スーツの文化史』（『スーツの神話』＜文春新書＞Kindle版）ほか多数
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