特集|森の神に会う旅~岐阜県の“ウェルネス・ツーリズム”~Chapter 3
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2015年4月23日

特集|森の神に会う旅~岐阜県の“ウェルネス・ツーリズム”~Chapter 3

特集|森の神に会う旅~岐阜・東濃地域~

Chapter 3:文化の継承と森への回帰

輪廻する生命(1)

素人が演じる地芝居を岐阜では「地歌舞伎」と呼び、全国最多となる29の保存会が活動している。とくにここ東濃エリアには約半分の15団体があり、芝居小屋も新旧合わせて7つが現存。いまも定期的に上演され、現役の劇場として役目を果たしている。地歌舞伎をやるには時間も金もかかる。それでも地元の人びとは協力しあい、支え合いながら活動をつづけているのだ。

Photographs by JAMANDFIXText by KASE Tomoshige(OPENERS)

地歌舞伎の発生

岐阜・東濃地域の自然と文化をレポートするこの短期連載。最終回となる第3回は、「地歌舞伎」からスタートする。平成19年より岐阜県が進めている、あらたな地域資源を発信するための「飛騨・美濃じまん運動~岐阜の宝もの認定プロジェクト」。このなかで平成21年度に最上位の「岐阜の宝もの」に認定されたのが、「東濃地方の地歌舞伎と芝居小屋」だ。

地歌舞伎の発生は江戸時代の元禄年間(1688~1703)と言われている。近松門左衛門、初代市川団十郎らが活躍していた頃で、江戸や大坂(当時)で盛んであったものが、旅興業によって地方に広まったという。

ここ東濃地域は、中山道をはじめとした主要な街道の交差点であり、都市からの人、もの、文化が流れ込みやすい地域である。こうした土地の来歴が、歌舞伎が根付いた一因であろう。またこの地域は古くから林業が盛んである(本特集の第1回参照)。芝居小屋を建てるための木材もそれを扱うことのできる人材も豊富だったため、神社の境内を中心に農村舞台が建造されていった。やがて観るだけでは飽き足らなくなった地元の人々が、一座の役者たちから芸を教わり自ら舞台に立つようになった、というわけだ。

森の神に会う旅 Chapter3 09

森の神に会う旅 Chapter3 11

中津川市、恵那市、瑞浪市にある芝居小屋のなかでもその規模は東濃随一、中津川市加子母(かしも)の「明治座」に向かう。三方に下屋をもつ切妻造りで、岐阜県指定の重要有形民俗文化財。一歩なかに足を踏み入れれば、タイムスリップしたような感覚に襲われる建物であるが、もちろん現役の芝居小屋である。

役者が自腹を切る文化

明治座は、回り舞台、本・仮両花道、スッポンと呼ばれる役者の登場する切り穴を備えた木造の小屋で、明治27年(1894年)に完成した。1階は座敷で舞台に向かって低く傾斜しており、後ろからでも見やすいよう設計されている。2階は桟敷である。

まず目に入るのは、引幕のうちのひとつである個性的なデザインの「娘引き幕」と、どっしりと重量感のある、太い梁である。「娘引き幕」は明治座建築当時、村の娘たちから贈られたもの。青い生地に短冊やカエデの模様、名前や屋号などが染め抜かれた粋なデザインである。そして梁は、樹齢400年といわれるモミだ。江戸時代は「檜一本、首一つ」といわれていたように、ここ東濃ではヒノキは非常に大切にされていた。その名残であろうか、市民の娯楽施設である明治座の建築には、ヒノキはいっさい使われていないのである。

楽屋、すなわち役者の控室に入ると、板壁一面にさまざまな時代、さまざまな役者の落書きが残されていて少々驚く。いわゆる地歌舞伎ならではの慣習なのだそう。今年3月にここ明治座を訪れた、坂本龍一氏のサインもあった。その後、奈落と呼ばれる回り舞台の真下に入り込んでみた。舞台を回す装置は巨大で、いまでも人力で動かしているという。

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一般的に歌舞伎の化粧は役者自身がするもの、と知られているが、ここ東濃の地歌舞伎では、「顔師」と呼ばれる専門職がいる。多いときは一日50人以上の化粧を施す職人である。今回はその化粧と衣装の着付けを見学することができた。東濃歌舞伎保存会の事務局長であり、振付師として四代目・中村津多七の名をもつ吉田茂美さんが実演してくれた。

「隈取りというのは、顔の筋(すじ)をなぞるものなんです。力強さを表現するためですが、顔の筋も人それぞれなので、その人に合うように引いていくわけです」と吉田さん。下塗りは一気におこなうが、隈取りには意外なほど時間をかけているように感じる。役者の見栄えを左右するからなのであろう、じっくりと引かれていく。

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化粧の次は着付け。今回は梅王丸という荒事(あらごと/若々しく正義感に溢れた役柄)の着付けである。「着付けもなかなか難しくて、演目のストーリーを把握していなければなりません。たとえば舞台で肩を脱ぐシーンがある場合は、脱ぎやすいように着付ける、というわけです」と、着せながら吉田さんが説明してくれる。ちなみに衣装やかつらは古いものだと明治時代から使われているものもあるそうだ。直したり繕ったりしながら、大事に使い続けているという。

およそ30分で梅王丸が「完成」した。モデルは素人であるが、さすがの化粧、さすがの着付け。吉田さんの指導のもとポーズをとると、なかなかさまになっていた。吉田さんいわく東濃の地歌舞伎は「役者が自腹を切ってお客さんに観ていただくもの」だという。師匠に叱られ、身銭を切り、舞台で恥をかいても、それらを上回る魅力が地歌舞伎にはあるのだとか。それは役になりきって拍手喝采を浴びる快感であり、振り付け、三味線、衣装、顔師、大道具小道具など大勢の人たちと力を合わせて一つの舞台を作り上げていく喜びである。地歌舞伎に魅せられた者たちが、支え合いながら活動を続け、文化を継承しているのだ。

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明治座では毎年9月に「加子母歌舞伎公演」をおこなう。今年は9月2日に開催。今回はこの公演の40周年記念という、節目の興業になる。興味のある向きはぜひその目と耳で、地歌舞伎を味わっていただきたい。

特集|森の神に会う旅~岐阜・東濃地域~

Chapter 3:文化の継承と森への回帰

輪廻する生命(2)

明治座を後にして、車で加子母地区内を移動する。ちなみに「長多喜」の弁当(第2回参照)のように芝居見物の時に食べる物を、ここ東濃地域では「かべす」と称する。菓子、弁当、鮨の頭文字をとったもので、江戸時代から使われている古い言葉である。そのなかの“鮨”を味わった。この地方独特の「朴葉寿司」で、今回は予約しておいた地元の仕出し店、「かね半」のもの。魚のそぼろ、きゃらぶき、魚の切身が酢飯の上に乗り、朴の葉で包んである。1人前3個入って630円。食べやすく、味わいは素朴である。

加子母で必ず訪れたい場所のひとつが、「大杉延命地蔵尊」である。神亀2年(725年)創建という歴史もさることながら、その名にある通りの、巨大なスギは圧巻だ。加子母大杉と呼ばれ、樹高37メートル、根回り16メートル余、推定樹齢1500年以上。天然記念物に指定されている。延命長寿、安産の守本尊として地元はもとより、広くへ県外にも知られている地蔵尊である。またここから加子母の山守の本家、内木(ないき)家も遠くない。江戸時代に尾張藩から山守を命じられた名家の門前には、大きなカヤの木がそびえている。古く立派な屋敷だが、人が住んでいるので立ち入りは禁止。眺めるにとどめていただきたい。

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車で移動すること15分、岐阜県と社団法人モア・トゥリーズによってプロジェクトが進められている森に到着する。ヒノキの森である。神宮備林(第1回のレポート参照)を案内してくれた加子母森林組合の組合長、内木篤志さんによる解説を聞く。「以前は1ヘクタール1億円などと言って、太く育った分はどんどん伐採していきました。が、それだと息子の代は切る木がなくなってしまうんです。そこで、この森は“二段林”として管理することにしました」

森の神に会う旅 Chapter3 21

森の神に会う旅 Chapter3 22

30年間隔でヒノキが育つようにすれば、「どの世代でも順番に金になる」森が完成するという。「そうやってどの世代にも関心を持ってもらえば、維持もしやすくなるはず。この森が加子母の山づくりのモデルになってくれば、と思っているんです」と、内木さんは希望のこもった口調で説明してくれた。
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思い返せばここ東濃地域での取材対象は、すべて森につながっていた。伊勢神宮遷宮のための神宮備林、建築用材や木工品の生産、ヒノキオイルから作るプロダクト、山野草やキノコ、美しい川とアユ、その食材使ってもてなしの料理を供する宿、地歌舞伎……すべては森から生じて、この地で育まれて息づいた文化である。そしていま、この伝統を守り続ける人たちは、同時にあらたな森づくりへの第一歩を確実に踏み出している。自然をつうじて心身ともに癒されて健康になってもらおうという、岐阜県が提唱する「ウェルネス・ツーリズム」。東濃地域はその思想を具現する場所として、さまざまな希望と可能性に満ちている。一度訪れれば、その魅力を理解してもらえるに違いない。

明治座
岐阜県中津川市加子母4793-2
Tel. 0573-79-3611
開館時間|10:00~16:00
定休日|月曜
http://meijiza.jp/

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岐阜県観光課
Tel. 058-272-8393
http://www.kankou-gifu.jp/(岐阜県観光連盟公式サイト)

           
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