伊藤嶺花 × 坂口恭平|スピリチュアル対談(後編)
Lounge
2015年3月4日

伊藤嶺花 × 坂口恭平|スピリチュアル対談(後編)

スピリチュアル対談 Vol.14|坂口恭平
伊藤嶺花が“視た”ゲストの肖像

「慈愛にあふれる社会の実現を使命とする、ピースメーカー」(後編)

さまざまなステージで活躍するクリエイターをゲストに迎え、スピリチュアル ヒーラーの伊藤嶺花さんが、ひとが発するエネルギーを読み解くリーディングと複数の占星術を組み合わせ、クリエイターの創造力の源を鑑定。現世に直結する過去生や、秘められた可能性を解き明かし、普段は作品の陰に隠れがちでなかなか表に出ることのない、クリエイター“自身”の魅力に迫ります。

Photographs by KADOI Tomo
Text by TANAKA Junko (OPENERS)

14回目のゲストは坂口恭平さん。前編では、建築家をこころざすきっかけになったお話から、カナダでスタートしたというアーティスト活動までたっぷりと語っていただきました。後編では、わたしたちを魅了しつづける坂口さんの過去生、そして使命が解き明かされます。

――坂口恭平さんと“0円ハウス”との出会いとは?
スピリチュアル対談(前編)を先に読む

隅田川で会った“鈴木さん”と“佐々木さん”

伊藤 昨年の5月に“新政府”を立ち上げられたということですが、なにかきっかけはあったのでしょうか?

坂口 隅田川で会った“鈴木さん”というおっちゃんがいまして、彼に会ったことが大きかったですね。多摩川のおっちゃんとの出会いのあとに隅田川があるんですよ。隅田川のおっちゃんの家は、多摩川のおっちゃんのよりさらにすごくて、釘1本打ってなかったんですよ。ゴミを拾ってきれいにまとめて、本物の0円ハウスをつくってた。どこから拾ってきたとか、彼は全部わかってるので、その家にはストーリーがあるんです。

伊藤 その出会いはすごい。“鈴木さん”めちゃくちゃクリエイティブじゃないですか!

坂口 そう、彼の三畳間が、ぼくの四畳半より広く感じたっておかしいでしょう? でも、ぼくはすぐに納得できたんです。

伊藤 どうやって納得できたんですか?

坂口 「つまり、これは巣」ってことです。巣っていうのはその人にフィットしているから、2人はいったら2倍に増えるし、3人はいったら3倍に増える。4人はいったら4倍に空間が増えるんです。巣ですから、みんながはいれるんです。

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伊藤 なるほど。ようやく探し求めていた巣を発見されたわけですね!

坂口 そうです。巣っていうのはそういうふうにできてるっていうのを、鈴木さんから教わったんです。そこから、ぼくは空間論に向かっていくんですよ。つまり、空間っていうのはなんなのかと。みんな見てる角度がちがうでしょう? そういうものが空間。「みんながおなじひとつの空間にいる」とおもうからおかしなことになる。たとえば、「4つちがう空間がある」とおもうと、結構いろいろと楽に考えられるようになるんです。

伊藤 たしかに、それぞれが見ている景色というのは、それぞれの、別べつの空間ですよね。

都市という自然は、コンビニ弁当という名の果実を落とす

坂口 だから路上生活者の人たちの地図を見ていくと、ぼくたちが知ってる地図とは全然ちがう地図ができるんです。「これは浅草が2つあるってことですか?」って聞くと、今度は「いや、3つある」って言う“佐々木さん”が出てきて……。彼は浅草にあるゴミを拾って生活しています。みんな貴金属を捨てるので、それを鉱物として拾い上げてるんです。「ゴールドラッシュ!」って(笑)。

伊藤 ゴールドラッシュ(笑)。すごい、天才ですね。

坂口 ほんと天才ですよ。一緒にいるとビックリすることばかりなんです。彼が「ここらへんに鉱物がある」って言うところには絶対にありますからね。その鉱物を売ったお金でホテル暮らしをしてるんです。でも、人は彼をホームレスと言う。

伊藤 おもしろい! その生き方は究極の贅たくかもしれないですね。

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坂口 佐々木さんの持ってる浅草の地図は、本来の浅草とは全然ちがうんです。「住んでる人の数だけ浅草はある。観光客もいれたらもっとあるぞ」って言うんです。「浅草ってなんですか?」って聞くと、「浅草は無限大だ。でも人間はこうやって壁を作る。壁を作ると、その空間にはいろんな人が入ってこれなくなる。つまり、建築というのは“空間を減らしている”行為なんだよ」って。「それなら、寝床の広さしかないようにみえる佐々木さんの家も、ほんとうは壁がないとんでもなくでかい家みたいなものなんですか?」って聞くと、「そうじゃない。でも、近くの台東区中央図書館のどこになにがはいってるかは全部わかっていて、そこを本棚って呼んでもだれも怒らない。これは思考でやってるだけのことだから」って答えが返ってきたんです。

伊藤 おっしゃるとおりですよね。既成概念にとらわれて、「ここからここまでが家」っていうことも、自分で制限しているだけのことになりますもんね。

坂口 そういうことをどんどん教えてくれる。彼はぼくにとって、“じいちゃん”なんです。彼から言われたミッションは、「お前は本を書け。これを全部伝えるんだ。でも、そのときのお金はお前の懐に入れるなよ。そのお金をちがう人に回せ。才能がある人に会いに行って、その才能がわかる人に会わせたりとか。とにかく動くんだ。絶対に動かなきゃちがうものに会えない。そうするとferment(発酵)しはじめるんだよ」ってことなんです。

伊藤 すてき! “教え”というか“お告げ”というか……。お互いがエネルギーを高めあうような出会いですね。

坂口 そう、路上生活者の人たちはそういう感覚がわかっている。ぼくも、だんだん「なににお金使うんだっけな」ってなってきました。なんでもかんでも捨ててあるので、「これこそが都市という“自然”だ」っておもいはじめました。「都市という自然は、コンビニ弁当という名の果実を落とす」って。そうすると、いよいよこれまで見えてた空間とはちがう、別の視点から空間が見えるようになってきたんです。

スピリチュアル対談 Vol.14|坂口恭平
伊藤嶺花が“視た”ゲストの肖像

「慈愛にあふれる社会の実現を使命とする、ピースメーカー」(後編)

人を見ると、この時代のこの旧友だっていうのがわかる

伊藤 事前に鑑定させていただいてもいるんですが、ほとんどご自分でわかってらっしゃって、お話されていたとおり、まんまです。いろんな視点を、つねにいくつも持ってらっしゃる。坂口さんが「空間で見える」っておっしゃられてたのとおなじように、私にはパラレルワールド(※)の状態で視えてくるんですね。時間軸っていうものを飛び越えて、全部がオーバーラップして、グワーッと同時に視えてくるんです。

(※)パラレルワールド=観察者がいる世界から、過去のある時点で分岐して併存するとされる世界。並行宇宙。(出典:デジタル大辞泉)

坂口 へぇぇ。

伊藤 3次元の、物質だらけの社会に生きているわたしたち人間は、肉体という物質をまとって生きています。ですが、「思考(頭で考える)=潜在意識(有意識)」「感情・感触・感覚(心で感じる)=潜在意識(無意識)」とも言われる“意識”は、もともと物質化しない、時間軸を超えて存続している4次元以上のエネルギーなので、お会いした人のそのときの意識が発するエネルギーの波動として、もっとも影響を受けている過去の場面や、もっとも可能性のある未来の場面など、“意識”がつながっている場面の一瞬一瞬が、“ビジョン”としてパンパンパンと、まるで映画の早送りを観るみたいに視えてくるんです。

坂口 なるほど。ぼくの波動からはどんなことが視えてきますか?

伊藤 世界各国それぞれの時代背景を全部経験されていて、どの人生でも1ヵ所に定住していないんです。あっちこっちに行かれているというのが共通してあります。あるときは戦う戦士だったとか。

坂口 戦士ですか!

伊藤 日本も70年前まで戦争していましたし、世界ではいまでも戦争をしていて、その歴史もある。そんななかで、なんどもなんども戦士をやられてるんです。ようするに、“国のため、世のため、人のため”。「なんで、おれたちはこんな風に戦わなきゃいけないんだ」とか良心の呵責(かしゃく)を感じながらも、とにかく行くしかない。「生きて帰るのは御国(おくに)のためじゃない」って自分に言い聞かせながら。でも、生き別れた家族とか、友達とか、恩師のことを考えたら、「もう一度会いたい」という想いもあって。そうしたいろんな想いの葛藤を繰り返しながら、各地を転々としてる姿が視えてきます。

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坂口 確かに、人を見ると、この時代のこの旧友(きゅうゆう)だっていうのがわかるんです。

伊藤 やっぱり。だから、記憶が合えば、全部がよみがえってくるとおもいますし、そういった勘の的中率も、ものすごく高いとおもいますよ。

宇宙から地球に降り立ったピースメーカー(平和の使者)

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坂口 そういえば、この前おもしろいことがあったんですよ。奥さんのこと、ぼくのなかでは古代ギリシャの革命を一緒に起こした人だとおもっていて、その仲間のひとりと一緒になってしまったという感覚なんです。それで、ある日、奥さんと一緒に公園で寝ころんでたときに、「ぼくは傷ついた戦士という設定で、いまからパフォームします」って立ち上がって、原っぱに倒れこんだんです(笑)。

伊藤 (笑)楽しいですね。

坂口 そこは真夜中の代々木公園だったんですけど、上を見たら、木星と月と金星が一直線になっているんです。「なんで一直線になってるの?」って声にだしたら、涙が出てきて……。それでウィキペディアで調べたんです。そしたら、その日はパリ・コミューン(※)が5月革命で崩壊して、革命政府が誕生した日だったんです。だから、きっと過去の記憶がよみがえってきて、涙が止まらなくなったんですね。

(※)パリ・コミューン=1871年3月18日から5月28日までの72日間、普仏戦争(1870年~71年、ドイツ統一を目指すプロイセンと、これを阻もうとするフランスとの間でおこなわれた戦争)敗北後のパリで、労働者階級を主とする民衆によって樹立された世界最初の社会主義政権。パリ各区から選出された代議員によってコミューン(自治政府)を組織したが、プロイセン軍の支援を受けた政府軍と「血の一週間」といわれる大激戦ののち崩壊。(出典:デジタル大辞泉)

伊藤 すごいー! 記憶がよみがえったんですね。

坂口 そしたら奥さんが「あなたはそれを受け継いで、このあと革命を起こすんじゃないの?」って。

伊藤 まさにそうです。

坂口 そういうのをオーバーラップしながら、こっちの現実社会でやろうとしてるっていう感じなんですけど。全部あわせてこっちで練習してるんですよ。あっちで体験したことをこっちで練習するっていう具合に。(今年5月に発売した)あたらしい本のタイトルが『独立国家のつくりかた』なんですが、英名だと『Practice for Revolution(=革命の練習)』なんですよ。つまり、ぼくはいままで革命の練習をやってきたっていう話を書いてるんです。

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伊藤 ほんとに、それをずっとやってこられたんです。なんども戦士をやられてるし、革命家みたいなこともやられています。それぞれちがうアプローチですけど、魂のミッションというかね、やろうとしてること、表現したいこと、世の中に訴えたいことが、いつの時代もどこの国に生まれたときも通貫してるんですね。ようするに、宇宙から地球にいらっしゃって、ピースメーカー(平和の使者)として降り立った状態なんです。ありとあらゆる地球上のことを1回経験してみて、いろんな視点でその街、その時代、“いま”という時代に生きている人たちに対して、自分がなにができるのかっていうのを自問自答しながらチャレンジしつづけている。そういうのがすごく強いのかなとおもいます。

坂口 そうですね。たとえば人が喧嘩しているのを見たら、わざとそのなかに入って「すみません!」っていって、バタンって倒れたり(笑)。

伊藤 (笑)。

坂口 希望を持てない人にはまず、“つながってる”ってことを確認させてあげないといけないとおもってるので。逆に心配してくれる人もいます。奥さんからすると、愛がこぼれすぎてしまっているみたいです(笑)。ゼリーみたいにこぼれはじめていて、拾い集めてるんですけど「捨てるのもなんなんで、もらってもらってもいいですか?」って人に配ってるんです。まじめな話。だからぼく、そういう意味で人生に困ったことはないです。

スピリチュアル対談 Vol.14|坂口恭平
伊藤嶺花が“視た”ゲストの肖像

「慈愛にあふれる社会の実現を使命とする、ピースメーカー」(後編)

使命を持って、行くとこまで行ければいいなっておもってます

伊藤 出会いにはほんと恵まれてますよね。

坂口 もう出会いだけです。この前も、被災地の子どもたちを絶対に守りたいというおもいがあって、熊本にある日本で一番大きなハンセン病の療養所を見に行っていたんです。すごくピースフルな場所だったので、そこに子どものための学校をつくるアイデアが浮かんだんです。「学びの考え方を変える。文化省じゃなくて、ぼくが学校をつくる。そこに2000人いれる。被災地の子どもも地域の子どももみんな呼んで、その場所から変えるんだ」って話をしてました。「そんな夢を持ってる」って話をしてたら、横から「ちょっと兄ちゃん。わたしはその療養所の顧問弁護士で、ちょうど被災地の子どもたちを呼びたいって話をしてたんだ」って言う人があらわれたんです。「でも、ここは国立の施設だから、実現させるには国を説得しないといけない。君は国民の心を揺さぶる力を持ってる。君の言葉でみんなにおもいを伝えてくれ」って言われました。だからその人と一緒に戦います。

伊藤 すごくすてきな話! まさに革命家ですね!

坂口 あと、これは3.11後に聞いたことなんですけど、実はぼくの実家が1792年に津波で流されていたんですよ。それで、そのときの先祖たちが方ぼうに旅に出ていて、そのうちの1人が元ペルー大統領のアルベルト・フジモリさんなんです。で、曾祖父が山口宇部炭鉱の過酷な環境にいた労働組合の委員長。そういう人たちだったんです。つねに過酷な環境にいる人たちと手を取り合って、「ぼくはとりあえず前に出るから、みんなはテンションが上がったときに手伝ってくれ」っていう。

伊藤嶺花 × 坂口恭平|スピリチュアル対談(後編) 10

伊藤 先祖代々みんなが、おなじ使命のもとに、平和な国をつくろうとしていらっしゃるんですね。

坂口 そう、だからぼくは使命を持って、行くとこまで行ければいいなっておもってます。仲間と結託しながら。『独立国家のつくりかた』は、「これから本気でやりますよ」ってことを宣言した本です。「だから、みなさん立ち上がってもらっていいですか?」っていうのを問いかけて。

伊藤 プレゼンテーションされるときに、ひとつずつテーマを細分化するといいとおもいます。それを世界各国でやられるといいですよ。書く、話す、音楽をつくる――ようするに、『0円ハウス』みたいに、なにかを発信することをとおして、いろんな人たちの価値や可能性を高めるような。枝分かれしてるので労力はいりますけど、マルチな才能をお持ちだから大丈夫です。次はやっぱりお話をつづけられること。前世ではそれをやられてますからね。そのプロセスを経て、最終的には政治家になられます。すでに政治家になる夢をお持ちだとうかがって、さっきびっくりしちゃったんですけど(笑)。

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坂口 びっくりしたのはぼくですよ(笑)。15歳のときにそれを言われたんです。30歳のときに作家になって、45歳で内閣総理大臣になるっていう。それを今日、再確認させてもらったような感じで。自分のなかでは「なんで、そんな偶然をぼくにくれるんですか?」っていう感謝の気持ちしかないです。

伊藤 なにより周りが放っとかないですよ。活動をつづけてるあいだに大衆の支持を得ちゃうから。「やってくれ」って言われちゃう。

坂口 へぇぇ。

伊藤 あとなんていうかな……。夢と現実というのを、しっかりと一番いいかたちで融合させてつなごうとしているから、それでいろんな人の支持を得やすいんだとおもいます。「どっち?」っていう二元論じゃなく、とっくに超越してますもんね。

精神的なパートナーがいるっていうことで救われてる部分が多いとおもいます

坂口 あと、気をつけるところってなんですか?

伊藤 気をつけるところとしてアドバイスさせていただくなら、人と人のなかでこそ活きてくる方であって、ピースメーカーであるっていうのは、ご自分でもご承知だとおもうんですけど、どうしても興味があることや好きなことのアンテナがピピッときたらグワーッとひとりで走って行っちゃうところですかね。「大丈夫だよね? みんなわかってるよね?」ってまわりに声をかけながら走る姿勢を心がければ大丈夫です。

坂口 なるほどね。

伊藤 だから、精神的なパートナーがいるっていうことで、ご自身が救われてる部分が多いとおもいますよ。現実的なことも、非現実的なこともなんでも言える相手っていうのがいないと、エネルギーを消耗しすぎちゃってくたびれちゃいますので。だから奥さんがいらっしゃるっていうお話を聞いて、よかったとおもいました。

坂口 確かにすごく救われてます。だけど、奥さんにはわからないことを、わかってくれる人もいるんですよ。

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伊藤 そう、ビジネスの部分とかね。それこそ細分化して、いろんな活動されるときには、それぞれに長けてるパートナーがそばにいるといいですね。

坂口 なるほど。最近だと、カナダではコンテンポラリーアーティストで、東京では、どちらかと言えばメディアと作家。熊本では政治をやってるんで、行政ですね。それこそ政策サイドの県知事とかと一緒にやってるので。ヨーロッパでは、パフォーマンスアーティストって呼ばれてます。大学からは、“ブラザー”って呼ばれてるので、ただの家族ですよ。とりあえず、世界各国で全然ちがう顔を持ってる。

伊藤 もう、100個ぐらいの肩書きを持てばいいとおもいます。それぐらいできちゃうから。

坂口 東京でも、落語やって音楽やって。このあいだも、柳家(三三)さんの前座をやったりして。でも、たしかに全部できるんですよ。

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伊藤 うん、全部できるとおもいますよ。宇宙人とかは?(笑)

坂口 それは練習したことがないですね(笑)。

伊藤 練習しなくても大丈夫ですよ。潜在意識に経験があるから。だって、魔法使いみたいですもん。

坂口 確かに、その意識はありますね。

坂口恭平|SAKAGUCHI Kyohei
1978年熊本県生まれ。早稲田大学理工学部建築家学科卒業。2004年路上生活者の住居を収めた写真集『0円ハウス』(リトル・モア)を出版し話題に。2006年カナダ・バンクーバー美術館で初の個展を開催。2008年、隅田川に住む路上生活の達人、鈴木さんの生活を記録した『TOKYO 0円ハウス 0円生活』(河出書房新社)を出版し、翌2009年には自身も多摩川で路上生活をおくる。2011年3月、故郷の熊本市に移住し「ゼロセンター」を開設。新政府樹立を宣言し初代内閣総理大臣を名乗る。2012年5月に新著『独立国家のつくりかた』(講談社現代新書)を出版。6月30日から、初のドキュメンタリー『モバイルハウスのつくりかた』が渋谷・ユーロスペース他で公開。

           
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