Cars in the Films Part.2──スリラー篇
CAR / FEATURES
2015年4月15日

Cars in the Films Part.2──スリラー篇

Cars in the Films Part.2──スリラー篇

ジャーナリスト 小川フミオ氏とOPENERS CARカテゴリー担当 山口幸一が、自動車の出演が印象的な映画を紹介する『Cars in the Films』。第2回はスリラー。スリラーというと、日本では怪奇もの? と思われがちだが、英語の表現では“ドキドキ”を意味する、いわゆるミステリー。小川氏曰く、「クルマとものすごく相性がいいジャンル」で、たとえばエスピオネージ(スパイ)ものだったら、諜報部員が目的を達成するのにこのクルマがあったからこそ、とか。

小川フミオ氏推薦『ジャッカルの日』
史実を知りつつも、手に汗にぎるストーリー

小川 フレデリック・フォーサイスの原作を、名画『地上より永遠に』『わが命つきるとも』『ジュリア』などで知られるフレッド・ジンネマンが監督した一級のスパイ映画が『ジャッカルの日』(1971年)です。1960年代、当時のシャルル・ド・ゴール大統領暗殺計画を題材にした作品で、ド・ゴールは暗殺されなかったという史実を知っていても手に汗にぎるストーリー展開です。

山口 デヴィット・ボウイのようなハンサムなエドワード・フォックスが「ジャッカル」というコードネームの暗殺者を演じているのが、かっこいいですね。ジャッカルは、モナコをスタートに、陸路でパリをめざし、そこでド・ゴールを射撃しようとする。そのときクルマを次つぎと乗り換えていくんですね。

小川 最初はアルファロメオ ジュリエッタ スパイダー。途中でボディカラーをブルーに染めた直後に、前方からきたプジョー404を避けようとしてクラッシュしてしまい、そのクルマを盗む。つぎにルノー フロリドといった具合で。ジュリエッタ スパイダーに乗っているさい、走行中に背後からソフトトップを片手で引き出して幌をかける場面があります。はじめてあの映画を観たとき「おもしろい構造だなあ」と感心しましたが、あれ、本当にあんなことできたのかなあ。

映画のなかのクルマたち──スリラー篇|02_01

プジョー 404

映画のなかのクルマたち──スリラー篇|02_02
ルノー フロリド

山口 マニアックな視点ですね(笑)。ジュリエッタのソフトトップは、たしかシートバックをちゃんと前に倒さないと引き出せないのでは。でも演出しているひとは、観客に与える効果をちゃんとわきまえていますね。おおっとなる。

小川 そうですねー。クルマのこと、わかっていますよね。そういえばブライアン・デパーマ監督の『スカーフェイス』というギャング映画では、主人公演じるアル・パチーノがポルシェ 928に乗っていて、夜、クルマに乗り込んでライトを点灯すると、丸い巨大なヘッドランプがむくっと起き上がる。映画館では観客席から「おおっ!」と感心する声が上がりました。喋りだけだと、わかっていただけないでしょうが、ちょっと変わったデザインなんですよね。クルマのメカニズムを小道具としてうまく使っていました。

映画のなかのクルマたち──スリラー篇|03

ポルシェ 928

映画のなかのクルマたち──スリラー篇|04
シトロエン DS19

クルマの速度感に名スパイの判断が負ける

山口 『ジャッカルの日』では、すでに自分の存在がフランス警察にばれてしまっているのを知ったジャッカルが、三叉路で、フランスへ入国するか、イタリアへ行くか、迷う場面があります。彼はあえてフランスを選んだ。死地に赴く覚悟でしょうか。そのときクルマだから判断は一瞬だった。徒歩とか電車だったら、もっと情報を仕入れて、慎重な選択をしただろうに。クルマの速度感に名スパイの判断が負けた瞬間。

小川 当時エリゼ宮で使っていたのはシトロエン DS19だったので、黒塗りがふんだんに登場するのも、フランス車好きには楽しいですね。あのカエルのような顔つきのクルマが大統領府に並んでいるのを観ると、フランスってユニークな国だなあと思います。

映画のなかのクルマたち──スリラー篇|05

ジャッカルの日

キャスト|エドワード・フォックス
マイケル・ロンズデール
デルフィーヌ・セイリグ

DVD発売元|ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
価格|1,500円
発売日|2010年05月12日(発売中)

Cars in the Films Part.2──スリラー篇(2)

山口幸一推薦『ディーバ』

静寂な森にたたずむホワイトのシトロエン 11CV

山口 知日派でもあるジャン=ジャック・ベネックスが監督した、ちょっとふしぎなサスペンス映画が『ディーバ』(1981年)で、はじめて観ていらい、ずっと心に残る作品です。ストーリーは、自分の録音を発表しないオペラのソプラノ歌手(ディーバ)に恋をした男の子が、犯罪組織の秘密を録音したテープを入手してしまい、組織に追われるようになるというものです。

小川 当時から話題になりましたが、ベネックス監督のトリビアリズムが横溢していますよね。主人公の男の子は、ロールス・ロイスの「スピリット・オブ・エクスタシー」と呼ばれる女性像をつけたベスパに乗り、GPAのヘルメットにベルスタッフのライディングコートを着、一流の録音機器メーカー ナグラのテープレコーダーをもち……といったぐあいで。

山口 そして出てくるクルマがホワイトカラーのシトロエン 11CV。オリジナルは1930年代までさかのぼるこのクルマは、当時、ほかにさきがけて前輪駆動方式を採用したことで歴史に残っています。さらに、車体は低く、ボディ側面に足を乗せるステップをもたないデザインとともに、スタイリッシュなんですよね。その11CVが森のなかで美しく撮影されているのも、この映画をとても印象ぶかくしています。森でいうとイブ・モンタンを起用してベネックスが撮ったロードムービー「IP5」(1992年)でも印象的な場面があります。美しい映像とモノ。ベネックスの特徴は処女作『ディーバ』ですでに十分に出ていたんですね。

映画のなかのクルマたち──スリラー篇|07

主人公の男の子、ジュールが乗るべスパには、廃車から取りはずしたロールス・ロイスのアイコン、スピリット・オブ・エクスタシーがつけられている。

小川 東京に取材して『OTAKU』(1993年)というドキュメンタリーを撮っただけのことはある、というわけですね。山口さんはたしか、ベネックスと一緒にクルマに乗って首都高速を走ったことがあるのでは?

山口 はい。ベネックスはカタカナが読めて、ちょうど前を「カーフィルム」と書いた商用バンが走っていたのを発見したので、「なに、なに?」と興奮していました。

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ディーバことシンシア・ホーキンズの歌声をナグラ製のテープレコーダーで録った音を聴きかえすシーン。型番は1972年製の「IV-S」。

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シトロエン 11CV

小川 カーフィルムって当時はクルマの窓に貼る偏光フィルムのことでしたね。

山口 英語だと自動車映画ってことでしょうね。だからクルマ好き映画監督のベネックスは勘ちがいしてものすごく興味を示したのでしょう。

映画のなかのクルマたち──スリラー篇|10

ディーバ(製作30周年記念 HDリマスター・エディション)

キャスト|ウィルヘルメニア・フェルナンデス
フレデリック・アンドレイ
リシェール・ボーランジェ

DVD販売元|ハピネット
価格|3990円
発売日|2010年09月02日(発売中)
(C)1981 StudioCanal. All Rights Reserved.

Cars in the Films Part.2──スリラー篇(3)

山口幸一推薦『溝の中の月』

幻想的に登場するフェラーリ 250GT カリフォルニア

山口 ベネックスが『ディーバ』のあと撮った『溝の中の月』(1983年)にも、名車が絵のように登場します。ストーリーは、妹を死に追いやった犯人を捜す男と、彼をとりまく社会、そして女性関係を扱っています。そこで登場するのが、1960年型フェラーリ 250GT カリフォルニアに乗ったナスターシャ・キンスキ。

小川 若くてきれいですねえ。傷心の主人公を演じるジェラール・ドゥパルデュの前にクルマとともに現れる場面では、その背後にTry Another Worldと書かれた旅行会社のポスターがありますね。夢なのか現実なのかわからない、キンスキが代表する別世界への誘いの言葉になっています。

山口 キンスキの運転で、フェラーリで港湾をドライブしますが、ベネックスはおそらくあえてエンジン音をいっさい入れていない。まさに夢のような場面を強調するためでしょうね。フェラーリでなくてもあの場面は成立したかもしれません。でもフェラーリでなくてはいけないような気もしますね。

上で語られているワンシーン。真っ赤なフェラーリ 250GT カリフォルニアに乗るナスターシャ・キンスキ、背後にTry Another Worldと書かれた旅行会社のポスターが非常に印象的な絵を生み出している。

映画のなかのクルマたち──スリラー篇|12

溝の中の月

キャスト|ジェラール・ドゥパルデュ
ナスターシャ・キンスキ
ビクトリア・アブリル

DVD販売元|エスピーオー
価格|4800円
発売日|2004年06月04日(発売中)

Cars in the Films Part.2──スリラー篇(4)

小川フミオ氏×山口幸一推薦『死刑台のエレベーター』

戦後のコンプレックスを象徴する2台

小川 これはめずらしくふたりとも推薦した映画ですね。名作すぎて、ここに入れるのはどうかなと思わないでもなかったですが。

山口 もし見逃している方がいたら、ぜひこの機会にご覧になるといいと思ったので、ここにいれました。ルイ・マルが1958年に監督したフランス映画です。ふたつの殺人事件が同時進行するスリラー。エレベーターという舞台設定が絶妙です。

小川 そしてもうひとつの小道具がクルマ。まず、モーリス・ロネ扮する主人公が乗っているのが、ハードトップを備えたシボレー スタイルライン デラックスです。つぎに、ドイツ人の夫婦がフランスに乗ってきているメルセデス・ベンツ 300SL クーペ

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スタイルライン デラックスはアメリカ車、300SLはドイツ車。ともに戦後復興期のトンネルをそろそろ出ようかというフランスが、ある種のコンプレックスを抱いていた二国を象徴するようなクルマです。

山口 電動コンバーチブルに、ガルウィングでしょう。当時のフランスの自動車メーカーではなかなか手がつけられなかった、すごいメカニズムが国力の象徴として描かれているわけですね。

小川 フランスだってシトロエンが、油圧とガス圧でサスペンションをコントロールする、画期的なハイドロニューマチックというメカニズムを実用化してはいましたが。

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危機迫るBGMは、マイルス・デイヴィスによる即興

山口 とくに300SLが夜登場するシーンはすごいですよね。ふたつのヘッドランプを煌々と点して国道を疾走してくる。

小川 そのドライバーであるドイツ人を、フランスの不良少年少女があっけなく射殺してしまう。ここでのドイツ人殺しというのが、なんだか象徴的ですね。第二次世界大戦でパリはあっというまにドイツに陥落しましたが、おなじような武器さえあれば、フランス人だってドイツ人に勝てるのだというコンプレックスを持ちつづけたのではないか。300SLをもってきた演出はすごいですよ。

山口 マイルス・デイヴィスがラッシュを観ながら即興で吹いたという曲も、かなりテンション高いですからね。

小川 息詰まるような映画ですよ。

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死刑台のエレベーター(HDニューマスター版)

キャスト|モーリス・ロネ
ジャンヌ・モロー
ジョルジュ・プージュリー

DVD販売元|紀伊國屋書店
DVD発売元|IMAGICA TV
価格|3990円
発売日|2004年06月04日(発売中)
(C)Nouvelles Editions de Films

Cars in the Films Part.2──スリラー篇(5)

山口幸一推薦『007は二度死ぬ』

日本を舞台とし、特別製のコンバーチブルが登場

山口 カームービーっていうと必ず挙がるのが007シリーズ。印象的なクルマが出てきますからね。最近はずっとアストンマーティンです。

小川 でも、「本当にそのクルマでないとストーリーが成立しないの?」というと、まあ、それほどでもないかもしれないですね。

山口 だからあえてここでは、日本を舞台にした『007は二度死ぬ』(1967年)を挙げます。当時の東京が映っていて、興味ぶかいですね。ボンドカーとして使われるトヨタ 2000GT コンバーチブルはいま見てもかっこいいし。若林映子が運転するんです。

小川 ボンドが暗号解読器を受け取りに来日して、ついでに? 暗殺も頼まれて、いっぽうで宇宙ステーションの話しも出てきたり……という妙に複雑なストーリーは、いまとおなじです。この映画のよいところは、背景になっている東京をはじめ日本各地の風景。「ああ、当時はニューオータニそばでも未舗装の道があったんだな」とか、なつかしい風景が次つぎに出てきてジーンときます。おもなロケ地は鹿児島だったようですが。

山口 富士スピードウェイを一瞬ですが走るシーンがありますね。ボンドの背後に30度バンクが映る。こんなふうにあてっこをするのも楽しいです。

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映画のなかのクルマたち──スリラー篇|22

007は二度死ぬ(アルティメット・エディション)

キャスト|ショーン・コネリー
ドナルド・プレザンス
浜美枝
若林映子

DVD販売元|20世紀フォックス ホームエンターテイメント ジャパン
価格|2990円
発売日|2008年12月19日(発売中)

Cars in the Films Part.2──スリラー篇(6)

小川フミオ氏推薦『ブリット』

スタイリッシュなクーペが、主役のキャラクターを際立たせる

小川 スティーブ・マクイーンには、クルマが出てくる映画が多いですね。『ブリット』(1968年)は、サンフランシスコが舞台で、マクイーンはブリットという名の警部補を演じています。マフィアと警察の裏の関係を暴こうというブリット警部補の活躍を描いています。そのブリットがかっこいいんです。ハイネックのセーターにジャケットで、ほとんど笑わない。それでクルマはフォード マスタングGT ファストバック

山口 トヨタ セリカの2代目リフトバックのイメージソースになったクルマですね。ファストバックのスタイリッシュなクーペで、いま見てもかっこいいですね。

小川 トヨタはそうは言っていませんが(笑)。日本に国産車保護のためのいわゆる5ナンバーと3ナンバーがなければ、逆にセリカも大きくなって、マスタングばりにかっこよかったかもしれませんが。昔の日本車はコンパクトな規格のなかで米国車をコピーしようとするから、いびつなかんじに。タイムレスなデザインになりにくい。米国車のキッチュ(まがいもの)。スタイルが確立されていないんです。惜しいですねえ。

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フォード マスタングGT ファストバック

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ダッジ チャージャー

山口 カーチェイスのシーン、いいですよね。サンフランシスコの坂道を使って、悪者の乗るダッジ チャージャーを追いかける。スタントを使っているか、わからないんですが、ダッジがカーブでアンダーステアをすぐ出しているのにマクイーンのマスタングは、操舵のタイミングは絶妙だし、上手にカウンターステアをあてています。

小川 そう。実際にル・マン24時間レースをはじめ、多くのレースに出走した腕前をもつだけのことはありますね。さらに、『栄光のル・マン』(1971年)ではオープニングでのポルシェ911、レースで乗るポルシェ 917、アリ・マグロウと結婚するきっかけになった『ゲッタウェイ』(1972年)ではフォード ギャラクシー、LTDワゴン、フォルクスワーゲン ビートル、それにフォード F100トラックが活躍します。

山口 別のところで喋りましたが『華麗なる賭け』では、デューンバギーで遊ぶ場面が魅力的でした。

映画のなかのクルマたち──スリラー篇|26

ブリット

キャスト|スティーブ・マックイーン
ロバート・ボーン
ジャクリーン・ビセット

DVD販売元|ワーナー・ホーム・ビデオ
ディスク枚数|1枚
価格|1,500円
発売日|2010年04月21日(発売中)

           
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