連載|気仙沼便り|3月「桜を待ち、次の再会を心に別れを告げる」
LOUNGE / TRAVEL
2015年3月10日

連載|気仙沼便り|3月「桜を待ち、次の再会を心に別れを告げる」

連載|気仙沼便り

3月「桜を待ち、次の再会を心に別れを告げる」

2014年4月、トラベルジャーナリストの寺田直子さんは、宮城県・気仙沼市へ向かった。目的は20年ぶりに造られたという、あたらしい漁船の「乗船体験ツアー」に参加すること。震災で大きな被害を受けたこの地も、3年の月日を経て、少しずつ確実に未来へ向かって歩きはじめている。そんな気仙沼の、ひいては東北の“希望の光”といえるのが、この船なのだと寺田さんは言う。漁船に導かれるまま、寺田さんが見つめた気仙沼のいま、そしてこれからとは? 全8回にわたってお届けしてきた本連載も、ついにフィナーレのときがやってきた。充実したスケジュールを消化した一行は、いまの気仙沼を象徴する特別な一品を求めて「さかなの駅」へと向かった。

Text & Photographs by TERADA Naoko

一歩ずつ、あたらしい未来へ

1泊2日の「気仙沼 うんめぇもんツアー」の日程がすべて終わった。民宿「つなかん」での若い漁師たちとの出会い唐桑御殿での船頭とその家を守る奥さまたちの話、気仙沼バルでの食い倒れ、そして遠洋まぐろはえ縄漁船の新造船「第18昭福丸」乗船大船頭・前川渡さんと俳優・渡辺謙さんの男前な対談。快晴の天気と多くの気仙沼の関係者の方々の尽力ですべてのスケジュールを消化、私たちを乗せたバスは出発した一ノ関へと戻る時間になった。

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気仙沼庶民の台所「さかなの駅」

対談の前、やはり旅の記念の土産は欠かせない、ということで気仙沼にある「さかなの駅」へ向かっていた。ここは震災で被災した気仙沼水産物流通センターの5店舗を中心に再開を望む4店舗をくわえた9店舗の鮮魚、生鮮品店、食品店などが集合したスーパーマーケットのような存在で2011年12月10日に開業。大型駐車場があるのでバスで乗り付けた団体観光客も頻繁に訪れているが、庶民のスーパーといったところで地元の方々の姿が多く、ローカルな雰囲気が楽しい。

しばしの自由時間、参加者はそれぞれ散らばってお買い得な商品を物色。美味しいもの、珍しいものを手に入れたいという気持ちはもちろんだが、少しでも買い物をして地元にお金を落としていこうという思いが見て取れる。私もまず、日本酒をたしなむ父親のために気仙沼を代表する銘酒「男山」を購入・宅配。遅い時間帯だったのでマグロなど鮮魚は売れてしまって数は少ないものの、さすが気仙沼。サクで売られている種類、クオリティ、さらに値段の安さに驚く。「とってもおいしいよ!」とお店のおじさんが教えてくれた手作りの塩辛を購入する。

そして気になったのが真っ赤なラベルの「気仙沼ツナ缶」。気仙沼の遠洋はえ縄漁によって獲ってきたビンナガマグロを使っているということで、一般的なツナ缶の倍以上の値段だけれどこれはもうパケ買いするしかないと三缶購入。東京に戻りさっそく開けてみたところ、これがあまりの美味しさでビックリ!

連載|気仙沼便り

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これがパケ買いした気仙沼ツナ缶。米油に浸けてあり、そのオイルもまた美味い。ツナパスタにすると絶品!

マグロの美味しさそのものが一般的なものと劇的に異なり、思わずうならされた。ツナサラダ、ツナサンドイッチなどあっという間に完食。マグロを浸けたオイルにも味がしみ込み、それを使ったツナパスタは悶絶するほど絶品。その後も美味しさが忘れられなくて東京から再注文をして送ってもらったほど。気仙沼に行ったらぜひ、手にいれてほしい逸品だ。

「気仙沼名物、クリームサンドもぜひ!」。今回、添乗してくれたJTBの影山葉子さんがそう教えてくれた。彼女はJTBコーポレートセールス内「東北ふるさと課(化)」で「気仙沼 うんめぇもんツアー」を中心に復興支援ツアーを企画する中心人物。柔らかくほがらかな人柄と旅行者の立場を常に考えるプロフェッショナルさはツアー中、ずっと見ていて感心した。

実はこの「気仙沼 うんめぇもんツアー」は国土交通省、国土交通省観光庁、一般社団法人日本旅行業協会、一般社団法人日本旅行作家協会の後援による「ツアーグランプリ2014」で国内旅行部門「観光庁長官賞」を受賞した。継続した復興支援につながる旅行商品として高く評価されたのが理由で、彼女たち企画担当者の誠意と熱意の結果だと思っている。これからも随時ツアー企画がつづき、参加者と気仙沼の人との交流が深くなることを願っている。

その彼女のおすすめのクリームサンドは、気仙沼市民ならみな知っているという隠れた地元の人気商品。コッペパンにたっぷりのクリームをはさんだシンプルなもので、昔懐かしい味。売り切れることもあるということだけれどこの日は手に入りラッキー。バスが出るまでの時間、外のベンチで味わってみた。辛党の私にはかなり甘すぎたけれど、学校の給食に出てくるような懐かしい風味と気仙沼でしか味わえないという思いだけで十分、満足。「さかなの駅」周辺には桜並木が広がりやっとつぼみがほころびはじめたのが見える。あと少しすれば満開になるだろう。

連載|気仙沼便り

気仙沼名物のクリームサンド。中にはこっくりしたクリームがたっぷり

夕方、バスに乗り込みいよいよ気仙沼を離れる。なんとなく後ろ髪をひかれる思いはきっと参加者全員が持っていたことだろう。私もそうだった。

ドアが閉まり、港近くに停めていたバスがゆっくりと発車しカーブを切る。ずっと私たちの世話をしてくれた和枝さん、紀子さんたちが大きく手を振っている。それにバスの中から応えるツアー参加者。道路の向こうには今回のツアーをサポートしてくれた「チーム気仙沼」のスタッフたち。何人かは気仙沼名物の出船送りのように大漁旗を大きく振っている。

全員と話す機会はなかったけれど、彼らが裏方となって事務連絡、スケジュール確認などをやってくれたおかげで、事故もなくすべての日程がスムーズにおこなわれたことに感謝の思いがこみ上げる。チームの手には「ありがとうございました またのお越しをお待ちしております」の垂れ幕がしっかりとにぎられている。気仙沼のゆるキャラ「ホヤぼーや」のイラストに思わず笑みがこぼれる。そして、それと同時に涙があふれてきた。

連載|気仙沼便り

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ツアーのバスを見送る「チーム気仙沼」のスタッフたちに心から「ありがとう」

「ありがとう」と伝えるべきは実は私たちのほうだ。短い滞在期間だったけれど、何回地元の人の明るい笑顔と優しい言葉をもらったことだろう。人を受け入れ、もてなすことを当たり前のようにおこなう気仙沼の人たちの大らかさと強さは計り知れない。

気仙沼には人を惹きつける磁場がある。カツオやサンマの水揚げ量がトップクラスなのは、全国の漁船がここに水揚げをするからだし、俳優の渡辺謙さんがカフェ、K-portを作りひんぱんに気仙沼を訪れるのもなにかしら引きつけるものがあったからだろう。今回の私たちのツアーもそうだ。JTBの影山さんたちをはじめ、リピーターとして参加する人たちもいる。もちろん他の場所でも心からのもてなしと優しい人たちとの出会いはある。でも、気仙沼にはそれ以上にさまざまな場所から人を呼び寄せる強いパワーがあると感じた。

震災から今年で4年。いまだ課題は多い。それでも春がめぐり、桜が満開になるように一歩ずつ、あたらしい未来がめぐってくると信じたい。そのために私たちができることは、何度でも何回でも気仙沼を含め、東北を訪れることだ。宿泊し、美味しい郷土料理や地酒を味わい、土産を買うこと。それが地元の暮らしにつながっていく。そして多くの人たちと触れあってほしいと強く願う。

私も今年、また気仙沼に行くだろう。気仙沼以外の東北へもできる限り、訪れたいと思っている。きっとさらにたくさんの出会いが待っているはずだ。だから、そのときはこう告げようと思っている。

「桜を見に、また来ましたよ」と。

さかなの駅
http://sakananoeki.com/

寺田直子|TERADA Naoko
トラベルジャーナリスト。年間150日は海外ホテル暮らし。オーストラリア、アジアリゾート、ヨーロッパなど訪れた国は60カ国ほど。主に雑誌、週刊誌、新聞などに寄稿している。著書に『ホテルブランド物語』(角川書店)、『ロンドン美食ガイド』(日経BP社 共著)、『イギリス庭園紀行』(日経BP企画社、共著)、プロデュースに『わがまま歩きバリ』(実業之日本社)などがある。

           
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