連載|気仙沼便り|11月「漁師を支える気仙沼のシンボル」

連載|気仙沼便り|11月「漁師を支える気仙沼のシンボル」

気仙沼の「人」が繋ぐ未来へのタスキ

連載|気仙沼便り

11月「漁師を支える気仙沼のシンボル」

2014年4月、トラベルジャーナリストの寺田直子さんは、宮城県・気仙沼市へ向かった。目的は20年ぶりに造られたという、あたらしい漁船の「乗船体験ツアー」に参加すること。震災で大きな被害を受けたこの地も、3年の月日を経て、少しずつ確実に未来へ向かって歩きはじめている。そんな気仙沼の、ひいては東北の“希望の光”といえるのが、この船なのだと寺田さんは言う。漁船に導かれるまま、寺田さんが見つめた気仙沼のいま、そしてこれからとは? 民宿ツナカンで心温まるもてなしを受けたあと、一行は唐桑半島にある津波体験館と御崎(おさき)神社へ向かった。

Text & Photographs by TERADA Naoko

漁船で一番偉いのは船頭(漁労長)

津波体験館は昔からある施設だ。調べてみたら1984年に開設されている。20年以上前にわたしも訪れたことがある。今、思うと当時ここに津波を知るための施設があることの意味さえも気づかなかった。記憶は風化するものだということを痛感する。

御崎神社は漁師たちが大漁を祈願する大切な場所だ。

遠洋に出る際、漁師たちは必ず神社のある岬の沖合いをまわってから航海へと出る。そして船が海に出ている間は漁師の妻たちが安全航海を願って日々、祈る。そうやって千年以上を経てきた海と生きる気仙沼にとっては欠かせないシンボル。静けさの中に堂々とした風格が漂っていた。遅い午後の光の中、静かに手をあわせて気仙沼の平穏を祈った。

そしてこの日のハイライトとなるのが、代々、船頭を務めてきた由緒ある古舘(こだて)家への訪問だった。みごとな造りの唐桑御殿は明治時代に建てられたとのこと。この地の名士にふさわしい威風堂々とした存在感で圧倒する。

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囲炉裏を囲み船頭だった当主、奥様たちの話しに聞き入る

「漁船で一番偉いのは船長ではなく、船頭(漁労長)なんです。漁場を選び、すべての決定権と責務をになう海の男の中の男が船頭。胆力があり、そして人徳がないと務まらない。そして、海に男たちが出ている間の家と地域を守るのが船頭の奥様たち。だから、と~っても偉い人たちなんですよ」

そう語る和枝さんが緊張している。聞けば、古舘家は別格中の別格の格式ある家柄。和枝さんも御殿の中に入ったことはないという。

出迎えたのは船頭を務めあげ、今はリタイアされている現当主。そして、船頭の奥様たち。囲炉裏を囲みながら話しを聞くが、決して饒舌に語らないのが海の男たち。寡黙な中にそれまでの船頭としての人生観がにじみでる。女性陣からは、海に出ている夫たちに漁以外の気苦労をさせないために家での問題はずっと胸に秘めて自分たちで解決したこと。その中で唯一、一刻も早く伝えたかったことが子供の誕生であったこと。それぞれの立場で相手を思いやり、船頭として、さらに船頭の妻としての矜持を感じさせる語りに時間はあっという間に過ぎていった。

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弱くきらめく残照を反射した唐桑の海はどこまでも静かでおだやかだった

古舘家を後にして気仙沼市内へ戻る途中。すでに気温は下がり冷え込んできていた。凪(な)いだ海が残照にきらめいている。

やがて、空が色を変えて夕暮れに向かうころ、バスは気仙沼の港へ到着。参加者はみな、いそいそと部屋に荷物を置いてジャケットやダウンを持ち出して支度をしはじめた。そう、これから今晩のもうひとつの楽しみが待っているのだ。

ツアーの夜はフリータイムだが、実はこの晩は「気仙沼バル2014春」が開催される日だった。

防寒対策をして、いざ「気仙沼バル」へ

「気仙沼バル」は気仙沼に4カ所ある復興市場・屋台をまわりながらいろいろな郷土料理、B級グルメなどを味わい、みやげなどを購入して復興を応援するというもの。「気仙沼復興商店街 南町紫市場」「復興屋台村 気仙沼横丁」「気仙沼鹿折 復興マルシェ」「南町エリア 周辺店舗」の4つのスポットが対象。3枚つづりのチケットを購入し、約40店舗から好みの店を選んで各店舗に1チケットを渡すとお得なバルメニューが味わえる。

4月の気仙沼はまだ寒い。ダウンを着込み、バルチケットとリストを片手にまずは冷え込んだ体を温めるべきと、1軒目に選んだのは「復興マルシェ」内の「ホルモン 利平」。1チケットで「生ビール、オリジナルピリ辛味噌だれの気仙沼ホルモン、キャベツ付き」が楽しめる。テーブルに座りホルモンを焼きながら生ビールをくいっ。くーっ、たまらない。ひとり感極まっていると、今回のツアーで同じく一人参加していた東京からの女性が入ってきたので一緒に食べることに。こういう出会いもツアーならではの一期一会だ。

ホルモンと生ビールでまず落ち着いたところで、店を退出。せっかくなので、ということで目の前にあった「小野寺商店」へ。ここで気仙沼名物の海苔や海産物などをあれこれと選び、自宅まで宅配を依頼。「どちらからですか?」などと店番をされていた女性と話していたら偶然にも東京生まれでこちらにお嫁にいらしたとのこと。さらに実家同士が近いことが判明。

「わぁ~、ここでまさか実家の話しができるなんて」。そう、笑顔で驚く彼女。

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「ホルモン 利平」のバルメニュー。これでチケット1枚分だからお得感たっぷり!

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あさひ鮨」のバルメニュー。気仙沼らしくマグロの巻き物だった

さて、2軒目。ここはもう決めてある。タクシーをつかまえて「南町紫市場」へ。ここに気仙沼を代表する「あさひ鮨」があるのだ。

「あさひ鮨」は気仙沼の港に面した老舗の鮨屋。気仙沼名産のフカヒレを使った軍艦巻きで一躍、人気になった名店だ。しかし津波によって本店は甚大な被害を受けて休業。現在、仮店舗として「南町紫市場」で営業を再開している。

ここでは1チケットでお酒、小鉢と巻き物が。小鉢は自家製のイカの塩辛。そして、すかさず追加でここに来たら味わうべきフカヒレ寿司も注文。しかし、さすがに人気の店だけに店内は混み、後から客がのれんをくぐって入ってくる。儲けの出ないバルメニューで長居は禁物。くいっと杯を空けて、冷え込んできた外へ出る。

「南町紫市場」から「復興屋台村 気仙沼横丁」までは港沿いの市街地を通り抜けていくことができる。お酒でほてった顔を冷たい潮風に吹かれながら、去年の気仙沼のこと。今日、出会った気仙沼の人たちのことを思いながら屋台村の方へと歩いた。

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2015年春にも開催される予定という気仙沼バル。定着して気仙沼に観光客を呼ぶきっかけになってほしい

市街といってもそこにあった住宅や商業施設の大半は津波でなくなってしまった。残された建物も傾き、かつての面影をひそめている。

前の年、やはり春に気仙沼を訪れてから一年が経ってはいるけれど、街の復興はまだまだこれからだ。見上げれば北の夜空に輝く星。天空はなにも変わらず美しい。今日、出会った人たちの笑顔を思いだしながら、彼らの背負っているものの大きさをかみしめる。それは決してわたしには計り知れないものだ。

数日後、自宅に届いた宅配便の中には注文した商品と一緒にこんな自筆の手紙が入っていた。

「本日はどうもありがとうございました。
気仙沼を楽しんでいただけましたでしょうか?
偶然にもなつかしい駅名を聞けまして、うれしいです。
では又お会いできる日まで」
小野寺商店

気仙沼はこんな心優しい人たちによって、前へ進もうとしている。

※「気仙沼バル」は次回、2015年春の開催を予定。詳細のアップデートは公式フェイスブックで。
https://www.facebook.com/kesennumabar

寺田直子|TERADA Naoko
トラベルジャーナリスト。年間150日は海外ホテル暮らし。オーストラリア、アジアリゾート、ヨーロッパなど訪れた国は60カ国ほど。主に雑誌、週刊誌、新聞などに寄稿している。著書に『ホテルブランド物語』(角川書店)、『ロンドン美食ガイド』(日経BP社 共著)、『イギリス庭園紀行』(日経BP企画社、共著)、プロデュースに『わがまま歩きバリ』(実業之日本社)などがある。

ABOUT
TERADA Naoko

トラベルジャーナリスト 東京生まれ。日本とオーストラリア・シドニーの旅行会社勤務後、編集プロダクションを経てフリーランスとして独立。いままでに60ヶ国を訪れ、年間150日は国内外のホテルに宿泊。世界の極上ホテル&リゾートに精通。女性誌、旅行サイト、新聞、週刊誌などで、独自の視点とトレンドを考えた斬新な切り口の紀行文、旅情報などを執筆。近年は豊富な海外ツーリズム経験を活かし、日本の観光立国化に尽力、関連セミナーなどに多数出席するほか、山口県観光審議委員も務める。現在、幅広い海外ジャーナリスト、アーティストとの交流をベースに、メディアの視点に立った日本へのプレスツアーの発起人として活動中。 ブログ ハッピー・トラベルデイズ http://blog.excite.co.jp/naoterada 著書 『ホテルブランド物語』角川書店 共著 『ロンドンのホテル』日経BP企画社 『タイのスパ』日経BP企画社など