連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第12回『ムーンライト』

連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第12回『ムーンライト』

牧口じゅんのシネマフル・ライフ

連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ

第12回 人生を照らす月光のような愛

『ムーンライト』

今年、米国アカデミー賞受賞式で起きた珍事のおかげで、例年の作品賞受賞作よりも数倍も強烈なインパクトを持って世界にその名を知らしめた映画『ムーンライト』。ともすれば、華やかな『ラ・ラ・ランド』の陰に隠れてしまいそうだったこの良作にとっては、ある意味で運命的なアクシデントだったと言えるかもしれない。

Text by MAKIGUCHI June

人生を照らす月光のような愛

主人公は、マイアミで母とともに暮らすシャロン少年だ。学校では“リトル”と呼ばれている。内気なため、いじめの標的になっており、“オカマ”とからかわれているが、同級生のケヴィンだけが唯一の理解者だった。そんな彼が出会った父親がわりのような男性ファンとその恋人テレサとの関わり、麻薬に溺れていく母親との関係、静かに募らせていくケヴィンへの特別な思いなどが、少年期、青年期、成人期の3つの時代に分けて描かれていく。

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貧困やネグレクト、麻薬問題、いじめやLGBTQ差別など、社会が直面する問題を盛り込んだ社会的映画はこれまでにいくつもあった。本作でも、シャロンが育っていく過程を描くなかで、生まれ育った環境から抜け出すことの難しさを感じさせるやるせない展開が映し出される。だが、本作が賞賛されているのは、社会的な問題を提起しているからだけではない。

本作の登場人物はほぼ全員がアフリカ系の人々だが、これまでにあったこのジャンルの映画の常とは違って、映像、色彩、音楽のすべてがとても叙情的だ。特に、アフリカ系の人々の肌を、光り輝くブロンズのように美しく映し出していることでも話題を集めている。こういったことからも、本作がいわゆる黒人映画とは一線を画すものであることは明らかだ。何よりそれを明確にしているのがテーマだろう。いくつかの深刻な社会問題をモチーフとして扱ってはいるものの、中核にあるのは、驚くほど純粋なラブストーリーなのだ。

冒頭から、シャロンには過酷な運命が待ち受けていることが予想され、どうか何事もなく育ってほしいと願わずにはいられない。だが、観客の願いはむなしく、シャロンの人生は、彼のような生まれの若者の多くがそうなってしまうように、反社会的な道へとそれて行ってしまう。やはりそれは避けられないものなのかと、観客が絶望的な気持ちになった時、ある種の奇跡が起きる。彼の数少ない理解者だった友人ケヴィンとの再会だ。そこから、観る者の心を大きく揺さぶるエンディングへと展開していく。それはまるで、一度は絶望の淵に沈んだシャロンを、そして私たちをも勇気づける一筋の希望の光、まさに淡く輝く月光がすうっと差し込んできたかのような終幕だった。

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この世界では、悲しいことに、不幸な出来事も毎日のように起きている。それでも人が希望を捨てず、この世界を生きる価値のある場所だと考える理由は、かつて体験してきた幸せな記憶によるものとそこから生まれる希望ゆえなのではないだろうか。本作が訴えるのは、たった一度の美しい思い出が持つ、とてつもない大きな力だ。ならば、私たちは自分の大切な誰かと、ひとつでも多くの幸せな記憶=愛情深い記憶を積み重ねていくことで、あらゆる困難に立ち向かっていけるのではないかと思えてくる。きっと、監督が強調したかったのは、人生のそんな光の部分なのだろう。闇にのまれそうになっても、たとえ飲みこまれてしまっても、ポジティブな記憶が、あなたを暗闇から救い出してくれる、そう伝えているように感じられてならない。

『ムーンライト』のアカデミー賞作品賞受賞については、白すぎるオスカー問題、トランプ政権による多様性への不寛容など、アメリカが抱えるやるせない現実を吹き飛ばそうとする動きが追い風になったとの見方もあるが、それでいいのだと思う。映画は時代を映し出す鏡であり、絶妙のタイミングで今を描き出し、時代の求めに応じることも大きな役割なのだ。本作は、それを見事にやってのけている。この作品が生まれたアメリカは、今や分断の危機にさらされているが、人種、宗教、性別、セクシャリティによる偏見を吹き飛ばす力に、本作がなればいいなと思う。

★★★★☆ 美しく叙情的な映像作品。ピュアすぎる愛にも驚愕。

『ムーンライト』
全国公開中
配給:ファントム・フィルム
© 2016 A24 Distribution, LLC
http://moonlight-movie.jp/

牧口じゅん|MAKIGUCHI June
共同通信社、映画祭事務局、雑誌編集を経て独立。スクリーン中のファッションや食、音楽など、 ライフスタイルにまつわる話題を盛り込んだ映画コラム、インタビュー記事を女性誌、男性誌にて執筆中。

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牧口じゅん

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