涙と疲労と感動と……超ハードな舞台『嵐が丘』奮闘記|戸田恵子

戸田恵子|涙と疲労と感動と……超ハードな舞台『嵐が丘』奮闘記

Happy? Half Century

戸田恵子|涙と疲労と感動と……

超ハードな舞台『嵐が丘』奮闘記(1)

大作アレルギーの私が、2015年はチャレンジの年と決めて『嵐が丘』に挑んできました。しかも舞台は“あの”日生劇場。ここはかつて、あこがれの越路吹雪さんのコンサートを観た劇場です。そんな思い出深い場所で、脇目も振らず駆け抜けた約2カ月間。涙と疲労と感動の奮闘記をここに記したいとおもいます。

Text by TODA Keiko

稽古中も本番中も、ひたすら“静かタイム”の日々

舞台『嵐が丘』は久々にハードな芝居でした。もともと文学作品が苦手な私は、いや、苦手というより自分には向いてないというおもいが強くあり、これまで避けてきました。

しかし、なにを血迷ったか(笑)一度はトライしてみようとお受けしました。ドラマでレギュラーをご一緒した経験のある、キャサリン役の堀北真希さんの芯の強さは知っていましたし、ヒースクリフ役の山本耕史くんは昔からの仲良しで、彼の芝居は大好き。演出のG2さんの『嵐が丘』に掛ける熱意。そしてあこがれの日生劇場。長年の“文学苦手意識”はこれらのことで払拭されました。

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私がいただいたネリーという役は、語りも兼ねた使用人でして、出番も多ければ台詞も多い。稽古場にいる時間もどのキャストよりも長くいるわけで、体力が本当に必要でした。そうです、台詞を覚える記憶力も集中力も、すべて体力のなかに含まれているからです。

だれよりも早く稽古場に行き、ウォーミングアップをし、毎日最後まで稽古場に。そして直帰です。飲みに誘われても一度も出かけませんでした。こんなこと生まれてはじめてかもですね(笑)。本当に体力が必要でしたし、とにかくケガのないよう、倒れぬよう、迷惑かけぬよう、毎日“静かタイム”を過ごしました。それほど必死だったようにおもいます。

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本読みは2日程度ですぐに立ち稽古。難解な台詞に慣れるまでにはものすごく時間がかかりました。正直、初日が開いても、なんだかよくわかっていないこともあったような……。難しいし厄介だ(笑)。

ミュージカルではないけれど、劇音楽がかなり厚くついていました。語りが多い私は、音楽を聴きながら喋ることも多く、タイミングも計りながらのアクション。ミュージカル並みです。劇場では何台ものセリ(※)を使用するので、それも大変なことでした。稽古場では当然セリはなく、想像の世界です。実際劇場に入ってからのセリ体験は大変でした。危険ですし、タイミングを完璧に把握するまでに時間がかかりました。

約1カ月ハードな稽古を積んで、5月6日の初日を迎えたわけですが、難しい台詞、重い衣装、危険な舞台機構、公演回数の多さ。結局本番中も“静かタイム”。ただ黙々と挑みました。まあこれが当たり前の姿かもしれませんが、まったく余裕なかったです。自分で言うのもなんですが、がんばりました(笑)。

予想を遥かに超え、知人、友人、お客様が大変喜んでくれたことに驚きでした。この『嵐が丘』という劇画的な別世界、みなさんお嫌いではなかったようです。「面白い!」と言ってくださいました。うれしい限りです。私は語りというポジションでとにかくお客様が「あ、また語りだ」と言って引かないよう、眠くならないよう、神経を使いました。語りにも躍動感をもちたい。そしてグズグズしないで、ネリーという役と語りがスムーズに行き来できるようにと。

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いつもの倍、神経を使う舞台、疲れましたね(笑)。でも毎日感動がありました。キャサリンとヒースクリフの初々しい出会いから、ねじれた関係、悲恋、憎しみ、憐れみ、ずーっと側で見てきたネリーは、みなの友であり、姉であり、母であり、そんなつもりで演じました。厳しく、優しく。キャストにおもいいれ満点です。

※セリ=舞台機構のひとつ。舞台の一部を切り抜き、そこから俳優または大道具を奈落(ならく)からせりだし、また床下へせり下げるもの。

冷や汗ものの“ヘアトン首とれ事件”

ABOUT
TODA Keiko

愛知県出身、9月12日生まれ。NHK名古屋放送児童劇団に小学5年生から在籍し、『中学生群像』(『中学生日記』の前身) で女優デビュー。1973年に上京し、翌74年「あゆ朱美」の芸名でアイドル演歌歌手としてもデビューする。 …