涙と疲労と感動と……超ハードな舞台『嵐が丘』奮闘記|戸田恵子

戸田恵子|涙と疲労と感動と……超ハードな舞台『嵐が丘』奮闘記

Happy? Half Century

戸田恵子|涙と疲労と感動と……

超ハードな舞台『嵐が丘』奮闘記(2)

冷や汗ものの“ヘアトン首とれ事件”

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おもい入れといえば、赤ちゃんヘアトン。この人形がもうかわくて、かわくて。抱いていると魂をもっていかれるんです。

そのかわいいヘアトンがある日、2階から落とされてヒースクリフがキャッチする場面で、受けた山本耕史の腕のなかで首がとれた事件がありました。おくるみを着ていたからポトリと外に落ちることはありませんでしたが、確実に首が……。

もちろんお客様にはわからないのですが、耕史と私はアイコンタクト。受け取り、抱きながら子守唄を歌うシーンになるのです。さあ、どーする?

私はもう必死。なんとか首をはめ込もうと、後ろ向きで二度ほどトライしましたがはまりません(汗)。あきらめて、絶対ポロリしないよう左腕で懸命に支えて、そのシーンはがんばりました。舞台上はいろいろなアクシデントはつきものですが、人形=人間の首が取れるのはさすがにね。いけませんよね。

なんかよくわからないけど、休憩中に私はお塩を振ってあげたのでした。「ゴメンね」って。翌日からはかわいそうに首のところ手術。縫われていました。私、泣けちゃって。より一層、愛しくなったのでした。ヘアトンもがんばりました。

しかし、たくさんの人が亡くなる芝居でしたね。アーンショウ、ヒンドリーの妻、ヒンドリー、キャサリン、エドガー、リントン、ヒースクリフ……。そのすべてを見届けるネリー。舞台大詰め、ヒースクリフが果てる前夜に言い放つ長台詞を、ネリーはじーっと聞くのですが、最後はいつも涙しておりました。

「狂おしいまでに会いたい。一目でいいから姿を見せてほしいというおもいで、血の汗が噴き出してもおかしくないほどだった。だが見えなかった。それからずっと、俺はあの耐え難い責め苦に苛まれつづけてきた。地獄だ! 奇妙な殺し方だよ。役立たずの希望に騙されて、少しずつじりじりと18年かけて死んでいくのだから!」

哀しいのにいい台詞だなぁと、いつも私の胸に突き刺さっておりました。聞いていて涙のでない日は、1日たりともありませんでした。

5月26日、無事千秋楽。ハードな舞台、ハードな公演日数、2ステのオンパレード。終わったらおもいきりだらけたーい! そうおもったのでした。

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※「おもいきりだらけたーい」と言った戸田恵子さんが、その後訪れた南国とは? オフの様子を綴ったコラムはこちらから!

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ABOUT
TODA Keiko

愛知県出身、9月12日生まれ。NHK名古屋放送児童劇団に小学5年生から在籍し、『中学生群像』(『中学生日記』の前身) で女優デビュー。1973年に上京し、翌74年「あゆ朱美」の芸名でアイドル演歌歌手としてもデビューする。 …