特集|A.ランゲ&ゾーネ本社で時計職人を体験|A.LANGE&SÖHNE
WATCH & JEWELRY / FEATURES
2015年1月28日

特集|A.ランゲ&ゾーネ本社で時計職人を体験|A.LANGE&SÖHNE

A.LANGE&SÖHNE|A.ランゲ&ゾーネ

ドイツ・孤高のブランドの“こだわり”
時計愛好家は、なぜランゲに魅了されるのか

A.ランゲ&ゾーネの魅力の真実(1)

数多くの高級時計ブランドの中でも、時計のプロが本当の意味で特別と認める存在は、実はごくわずかしかない。ドイツのA.ランゲ&ゾーネはそのわずかなブランドのうちの1つ。時計作りには、スイスブランドとは、違った“こだわり”がある。そのこだわりとは具体的に何なのか? 業界関係者を対象に行わた特別セミナー「ランゲアカデミー」の体験で、そのこだわりを見た。

Text by SHIBUYA YasuhitoPhotographs by BEN Gierig

特別セミナー「ランゲアカデミー」とは?

A.ランゲ&ゾーネを販売する正規販売店のスタッフやメディアのジャーナリストを対象に、同社の時計作りの真髄を解説する、少人数制の特別なセミナーが「ランゲアカデミー」だ。製品の知識だけでなく、実際の製造工程の一部を体験することがプログラムに組み込まれており、他社とは違う製品の特徴や魅力が体感できる。筆者が参加した2014年9月のランゲアカデミーには、イギリス、イタリア、メキシコ、中国、そして日本と全部で5人のジャーナリスト、編集者が参加した。

A.LANGE&SONE|A.ランゲ&ゾーネ

手作業で行われるテンプ受けへの彫刻。指と比べるとパーツの小ささがよくわかる。

A.LANGE&SONE|A.ランゲ&ゾーネ

彫刻作業は実体顕微鏡を覗きながら。力を入れながら刃先を巧みに動かして彫刻。

「芸術的な職人技」へのこだわり

機械式時計作りの世界で職人技と呼べる部分は、一部の超高級モデルを除けば、年を追うごとに少なくなっている。価格が100万円を超える高級時計でも、熟練の職人技が要求されるのは、ムーブメントの組み立てや仕上げや精度の調整など、全工程のごく一部に限られる。職人のセンスと技にデザインや仕上がりを全面的に託されることは、スケルトンモデルなどを除けばまずない。だがA.ランゲ&ゾーネは、この芸術的な職人技を、誕生から20周年を迎えた「ランゲ1」を筆頭に、スタンダードモデルにも全面的に採り入れている。

たとえば、ランゲのメカニズムにおける特徴、スワンネック式緩急調整装置付きのバランスホイールを地板にしっかりと固定する「テンプ受け」への彫刻加工がそのひとつ。模様の基本パターンはあるが、タガネを手のひらに当て、刃先を固定したテンプ受けの金属表面に当ててフリーハンドで彫刻していくこの加工、模様のディテールは作業を担当する職人に完全に任されている。熟練の作業者でもそれなりの時間がかかるし、同じ職人がやっても模様や仕上がりは微妙に違う。つまり厳密に言えば、同じものはひとつもない。

100万円オーバーとどのモデルも高価とはいえ、スタンダードモデルでこうした手間のかかる要素を採り入れ、20年を経た今も変わらずに維持していることは、ハイエンドモデルを除けばここ最近、効率重視の方向に進む高級時計の世界では異例のことだ。

内部のメカへの装飾を体験

ランゲアカデミーでは実際に、このテンプ受けへの彫刻を熟練の職人の指導の下に体験した。テンプ受けの形に切り抜かれたパーツをホルダーに固定して持ち、もう一方の手に握った電動式のグラインダーでそのフチの角をていねいに落として仕上げた後、その部品を固定して職人と同じように、タガネの刃先を当てながらパターンを彫っていく。通常の真鍮(黄銅)よりも硬い素材(後述)であることも加わって、ひと彫りするだけでもひと苦労。この彫刻がきちんとできるようになるには、最低でも2、3年の訓練が必要だという。

A.LANGE&SONE|A.ランゲ&ゾーネ

のみをしっかりと握って、基盤に固定されたテンプ受けを回しながら、模様を刻む。

A.LANGE&SONE|A.ランゲ&ゾーネ

実際に時計を組み立ててみると、いかに腕時計職人が細かい作業を短時間にしているかがよくわかる。

A.LANGE&SÖHNE|A.ランゲ&ゾーネ

ドイツ・孤高のブランドの“こだわり”
時計愛好家は、なぜランゲに魅了されるのか

A.ランゲ&ゾーネの魅力の真実(2)

「ジャーマンシルバー」へのこだわり

現代の時計界では、ごくごく一部の特別なブランドやモデルを除けば、機械式時計のムーブメントの地板や部品を固定する受け(ブリッジ)の素材といえば、銅と亜鉛の合金である真鍮(黄銅、ブラスとも呼ばれる)が昔からの常識。これは適度な硬さで加工も容易で、しかもゴールドのような輝きもあり錆びにくいという、優れた性質ゆえだ。

A.LANGE&SONE|A.ランゲ&ゾーネ

最終組み立て中のコンプリケーションモデル。このテンプ受けにも繊細な彫刻が。

A.LANGE&SONE|A.ランゲ&ゾーネ

調整しながら最終組み立て中。作業者は常にゴム製の指サックを着けて作業しています。

だがA.ランゲ&ゾーネはムーブメントの地板の素材に、真鍮よりも硬いジャーマンシルバー(洋白、洋銀。ただしシルバーは含まれておらず、銀を彷彿させる輝きからこの名がある)を採用している。これは真鍮よりも硬いので強度に優れ、また銀白色の美しい輝きを持つ。そして真鍮とは違い時間が経つほどにゆっくりと黄金色の酸化膜ができ、なんともいえない味わいが出てくる。

ただその分、素材コストは高くなるし、硬いだけに加工も難しくなる。しかも、真鍮と違い表面が酸化しやすいので、作業中は素手で触れることは避けなければならない。つまり常に指先にゴム製のサックをはめて取り扱うことが必要になる。それでもランゲはジャーマンシルバーの美しい輝き、味わい深さにこだわっているのだ。

美しく仕上げるための職人たちの制約

ランゲアカデミーでの私たちの組立工程の体験も、職人同様すべての指にゴム製のサックを装着することからスタートした。作業時間が長くなると、ゴムには通気性がないので、当然のことだが長く装着を続けていると、指先に違和感を感じる。長時間これで精密作業を行うのがいかに大変か、実感させられた。

A.LANGE&SONE|A.ランゲ&ゾーネ

複雑時計の組み立てを担当する時計師の目からも、時計への熱い情熱を感じた。

A.LANGE&SONE|A.ランゲ&ゾーネ

時計師は10本の指すべてに指サックを装着。これもランゲの工房ならではのやり方。

A.LANGE&SONE|A.ランゲ&ゾーネ

指サックを装着して細かな作業するのは、とても難しい。最高の商品を作るための職人たちの配慮だ。

A.LANGE&SÖHNE|A.ランゲ&ゾーネ

ドイツ・孤高のブランドの“こだわり”
時計愛好家は、なぜランゲに魅了されるのか

A.ランゲ&ゾーネの魅力の真実(3)

「同じパーツを2度組み立てる」ことへのこだわり

機械式ムーブメントの組み立ては、シンプルな構造のものでも十数もの工程が必要で、時間と手間、つまりコストのかかる作業だ。部品点数が数百個におよぶ複雑時計の場合は、数に応じて工程数も増えるし、作業者にも高い技術が要求される。だから、ムーブメントが正常に機能するかどうかを確認するために、主要部品を一度仮組みして作動させてから再び分解し、その部品に装飾や仕上げ加工を施してから改めて組み上げて完成させるいわゆる「2度組み」の手法は、通常は複雑ムーブメントにだけに採用される。スタンダードなムーブメントの場合の機能確認は、組み立て後に行うのが普通だ。

だがA.ランゲ&ゾーネは、スタンダードなムーブメントも含めすべてのムーブメントの製造にこの手間と時間、コストのかかる「2度組み」工程を採用している。これは、機械としての完璧さへのドイツ的なこだわりであり、メカニズムが完全に機能することを何よりも大切と考える、ドイツ的な価値観の反映ともいえる。スイスとは違うこの価値観こそ、A.ランゲ&ゾーネの時計が機械好きの心を虜にする最大の理由なのだ。

A.LANGE&SONE|A.ランゲ&ゾーネ

組み立て作業を指導してくれるのは、一流の時計師でもあるランゲ時計学校の先生。

A.LANGE&SONE|A.ランゲ&ゾーネ

ブルースチール製のねじを装飾加工が終わった地板にセット。これが意外に難しい。

あらためて驚かされる2度組みの現場を見た

今回のランゲアカデミーでのムーブメント組み立て体験は、この2度組みの工程を実際に行ってみることだった。A.ランゲ&ゾーネのムーブメントは、懐中時計時代の伝統を継承して、人工ルビー製の軸受けはゴールド製のシャトンで固定されている。

体験したのは、まだ筋目加工が施されていない地板を使った仮組み状態のムーブメントから、ブルースチール製の小さなネジで留められているシャトンを外し、柔らかな木片にセット。これをガラス板に貼り付けられた粗さの違う4種類のサンドペーパーを使ってピカピカに磨き上げ、筋目加工が施された製品用の地板に取り付ける。

息を吹きかけただけで飛んで見失う、ルーペで見なければ見落としてしまいそうな微小なネジを、その頭や地板を傷つけずに外すだけでもひと苦労。細心の注意を払って磨き上げたシャトンを、磨いた面に傷を付けないようにピンセットでつかみ、地板の正確なボジションにセットするのも難しいし、それを留めるネジをネジ穴にきちんと垂直にセット、そしてネジ留めする際も、シャトンに傷を付けないように細心の注意が要求される。元の地板からネジとシャトンを取り外すだけで、正直疲れてしまった。

A.LANGE&SONE|A.ランゲ&ゾーネ

ゴールド製のシャトンを固定するねじの直径は1mm以下。見つけるのも掴むのも大変。

A.LANGE&SONE|A.ランゲ&ゾーネ

軸受けのルビーを固定するためのゴールド製のシャトン。これもランゲ流のこだわりだ。

A.LANGE&SÖHNE|A.ランゲ&ゾーネ

ドイツ・孤高のブランドの“こだわり”
時計愛好家は、なぜランゲに魅了されるのか

A.ランゲ&ゾーネの魅力の真実(4)

錆びにくいパーツ「ブルースチール製ネジ」

焼入れ加工をして表面にブルーの酸化膜を作ることで錆びにくくし、また視覚的にも美しく、外観上のアクセントにもなるブルースチールねじは、昔から高級時計のムーブメントにはよく使われてきたもの。A.ランゲ&ゾーネもやはり、このプルースチールねじをムーブメントに採用している。しかし、焼入れ温度によりこの色は微妙に変わる。摂氏200度の薄い黄色に始まり、260度で紫に。

A.LANGE&SONE|A.ランゲ&ゾーネ

ブルースチールねじの製作も体験。アルコールランプでねじをこのように焼いて作ります。

さらにブルーを経て、最終的には770度以上でチェリーのような赤色になる。ランゲのブルースチールねじは、焼入れ温度が摂氏300度、コーンフラワー・ブルーと呼ばれる最も魅力的なブルーに発色したもの。

ランゲアカデミーでは、このブルースチールねじの焼入れ加減がいかに微妙なものかを、アルコールランプを使って自分自身で焼入れ加工してみることで体験した。まだかと思うと温度が上がり過ぎてブルーを通り越してしまう。微妙なねじの色にも、ここまでこだわるかと改めて感心させられた。

A.LANGE&SONE|A.ランゲ&ゾーネ

焼いている間、ねじの色は刻一刻と変化するので、目を離すわけにはいきません。

A.LANGE&SONE|A.ランゲ&ゾーネ

焼いたねじの色をチェック中。焼きムラができないように、時々向きを変えてやります。

           
Photo Gallery