A. LANGE & SÖHNE|A.ランゲ&ゾーネの故郷を訪ねて
Watch & Jewelry
2015年2月9日

A. LANGE & SÖHNE|A.ランゲ&ゾーネの故郷を訪ねて

A. LANGE & SOHNE|A.ランゲ&ゾーネ

ドイツ・ドレスデンで再興する世界屈指のオート・オルロジュリー

A.ランゲ&ゾーネの故郷を訪ねて

ドイツ東端の都市、ザクセン州ドレスデンからクルマで約1時間。スイスと並ぶ時計の一大生産拠点、グラスヒュッテに「A.ランゲ&ゾーネ」の工房はある。1845年にフェルディナンド・アドルフ・ランゲが創業し、徹底した手仕事と類い希なる開発精神をもって、数少ない真のマニュファクチュールとなった名門の、その時計作りのルーツに迫った。

Text by AKIZUKI Shinichiro(OPENERS)Photographs by courtesy of A. LANGE & SOHNE / IKUO YAMASHITA

時の君主たちの収蔵品

今年5月、「A.ランゲ&ゾーネ」創業の地、ドレスデンを訪ねた。市内中心部は、右岸を旧市街、左岸を新市街と分けるようにエルベ川が走り、その側にはツヴィンガー宮殿やセンパーオペラ座など、ドレスデンを代表するバロック建築の傑作が立ち並ぶ。かつての暗く冷たい旧東ドイツ時代の街並みは影を潜め、目映い日差しが建物を強く照らしている。

第2次大戦中、連合国軍によって空爆された聖母教会(フラウエン教会)は、瓦礫と化した建材を可能な限り元の位置に戻す作業を繰り返し2005年に復建。ふたたびドレスデンのシンボルとして街を見守っている。

2005年に立て直された聖母教会(フラウエン教会)

ドレスデンの夜景。奥が旧市街で手前を流れるのがエルベ川

この町の基礎を築いたのは、かつてこの地で栄華を極めたザクセン王国だが、「A.ランゲ&ゾーネ」の歴史は、1845年、その宮廷御用達の時計師であった、フリードリッヒ・グートケスのもとで修業を重ねたフェルディナンド・アドルフ・ランゲがドレスデン郊外グラスヒュッテに時計工房を開設したところからはじまる。

しかし、そのヒストリーを紐解く前に、ザクセン王国についてもう少し知る必要がある。

遡ること500年前、16世紀に活躍したザクセン選帝侯アウグスト(1526-1586)は、この時代の君主らしく、収集の趣味を持っていた。アウグストは絵画、武器、宝飾品、工芸品、奇品、実用品など、自身で集めた品々を収蔵する蒐集室を設け、アウグストの死後も、将来の君主たちが集めた品物をそこに収蔵するように指示。

注目すべきは、その収蔵品のなかに、地球儀や天球儀、天文や測地の装置、そして測量機器なども含まれていたことだ。1729年にはツヴィンガー宮殿の2階に、この芸術品を集めた「数学計器室」を設置。

収蔵品を集めた「数学計器室」を設置したツヴィンガー宮殿

そしてここは、後に同室長に任命された天文気象学者、ヨハン・ゴットフリート・ケーラーによる高精度時計の重要な開発拠点としてだけでなく、同時に時間計測の分野に決定的な進歩をもたらし、衰退を続ける銀鉱山に代わるドレスデンのあらたな産業の幕開けを予感させる切っ掛けとなった。この基盤こそが、後のA.ランゲ&ゾーネ誕生の礎となったことは言うまでもない。

A. LANGE & SOHNE|A.ランゲ&ゾーネ

ドイツ・ドレスデンで再興する世界屈指のオート・オルロジュリー

A.ランゲ&ゾーネの故郷を訪ねて(2)

ザクセン王国の発展と数学・物理サロンの関係

いくつもの戦争を乗り越えたいまに蘇った数学計器室は、現在、A.ランゲ&ゾーネのサポートとともに「数学・物理サロン」として、当時と変わらぬツヴィンガー宮殿内にある。ザクセン選帝侯アウグストが生きた16世紀から19世紀にかけて収集された逸品が並び、ルネサンス期以降の自動機器や時計の歴史を知ることができる、世界最古の科学史コレクションルームだ。

数学・物理サロンが保有する収蔵品のなかでも、エバーハルト・バルデヴァイン(1525-1593)の天文時計は最も貴重なのもの。1563年から1568年にかけて製作され、ケースは真鍮製で表面に金メッキと銀メッキの処理が施されている。世界の中心を地球とする、つまり天動説に由来する作品だが、当時すでに知られていた7つの惑星が地球の周りを回る。

エバーハルト・バルデヴァイン(1525-1593)の天文時計

1/10スケールの「ゼンパーオペラの5分時計」

「ゼンパーオーパー歌劇場の5分時計」は、A.ランゲ&ゾーネの歴史を語る上で外すことのできない重要な作品のひとつ。これはフェルディナンド・アドルフ・ランゲと、その師であるフリードリッヒ・グートケスによって考案されたもので、数学・物理サロンには、1896年に制作された1/10スケールが展示されている。かつてセンパーオーパー歌劇場にあったオリジナルは、遙か昔に消失したが、かつての設計図をもとにリビルドされた時計が現在も稼働している。

取材日当日は、残念ながらオペラのリハーサル中で劇場の中へ入ることは出来なかったが、これからドレスデンへ足を運ぶ予定の方はぜひ訪ねて欲しい。

A. LANGE & SOHNE|A.ランゲ&ゾーネ

ドイツ・ドレスデンで再興する世界屈指のオート・オルロジュリー

A.ランゲ&ゾーネの故郷を訪ねて(3)

時計界最高峰と呼ばれる所以

それでは、話をA.ランゲ&ゾーネのヒストリーへと戻そう。

創業する7年前の1837年、アドルフ・ランゲは、恩師グートケスのもとで時計作りを学んだ後、一流時計師たちの元で時計師の腕を磨くことを最大の目標とし、スイスとフランスへ修行の旅に出掛けている。ランゲが持ち帰ったノート「旅の記録」には、設計図、メカニズム、計算式など、各地で学んだ最先端の時計技術が克明に記録されており、それを規範に独自の開発を進めたA.ランゲ&ゾーネ、そしてグラスヒュッテの町は、19世紀の終わりにはスイスにひけをとらない時計の都として急成長を遂げた。

しかし、その躍進は不運にも第2次世界大戦によって一時中断してしまうことに。暗い時代は終戦後も続き、旧東ドイツ圏の国営企業として接収されたまま、栄えあるA.ランゲ&ゾーネの名は、事実上、歴史から消え去ってしまった。

A.ランゲ&ゾーネの創業者、アドルフ・ランゲ

ランゲが持ち帰ったノート「旅の記録」

冷戦を終え、そして歴史はふたたび動く

だが1990年、東西ドイツが再統合されたその年、歴史が再び動く。創業者のひ孫にあたるウォルター・ランゲが、かつての時計製造の技術を故郷の地に再興。現代でもなお伝統的な技法として名高い4分の3プレートなど、ザクセン王国時代から重ね続けてきた技術力と装飾技法を腕時計の分野に惜しみなく注ぎ込み、「ランゲ1」「ダトグラフ」のような、至極のマスターピースを次々と発表する。

今年の高級時計見本市「SIHH」でも、天文機構を搭載した新作「リヒャルト・ランゲ・パーペチュアルカレンダー“テラ・ルーナ”」を発表するなど、旺盛な開発精神をあますことなく発揮し、徹底したメカニズムへの拘りと、1本1本を時計師の手でじっくりと丁寧に組み上げるマニュファクチュールの精神に一切の迷いはない。

今年のSIHHで発表した新作「リヒャルト・ランゲ・パーペチュアルカレンダー“テラ・ルーナ”」

2015年に完成予定のあたらしいファクトリーの予想図

A.ランゲ&ゾーネの時計づくりに関して特筆すべきは、すべてのモデルにおいて、2度組みと呼ばれる生産方法が標準化されていることだ。つまり、一度、時計師よって組み上げられた時計は、いつくもの品質チェックを受けた後、再調整され分解、仕上げ処理が施され、再び組み上げられ完成となるというのだから、その手間と労力には恐れ入る。この徹底した製造方法、品質管理こそが、時計界最高峰と呼ばれる所以でもある。

現在、A.ランゲ&ゾーネのファクトリーは2015年の完成を目指し、大幅な拡張工事が進められている。その詳細は本誌でも今後レポートをお届けする予定だ。次のあたらしい時代へ向けてドイツの名門はどう進化していくのか、非常に楽しみである。

A.ランゲ&ゾーネ
Tel. 03-3288-6639

           
Photo Gallery