帝国ホテル 京都が選んだ、“変えない”という判断

Photo by GO TANABE 祇園の夜に溶け込む帝国ホテル 京都。

LOUNGE / TRAVEL
2026年3月31日

帝国ホテル 京都が選んだ、“変えない”という判断

 

TRAVEL|帝国ホテル 京都

 
都市は更新されるたびに、少しずつ個性を薄めていく。どこに行っても似たような風景に出会うことは、もはや珍しくない。その変化を受け入れながらも、どこかに違和感が残る――。そうした感覚を呼び起こす出来事が、2026年3月に祇園で起こった。帝国ホテル 京都の開業である。今年のホテルシーンにおいて大きな節目となるこのプロジェクトは、歴史ある弥栄会館の面影を残し、町の景観を変えないことを前提としている。実現にあたり選ばれたのは、解体や新築といった選択肢とは異なるアプローチだった。残すべきものを見極め、再構成し、継承するという判断。それは、過去をそのまま保存するのでもなく、すべてを新しくするのでもない。いま、ラグジュアリーとは何を指すのかを示唆している。
 

Text by MIO AMARI

祇園の風景と記憶を継ぐ設計

 
祇園の町を歩いていても、そこに新しいホテルがあるとは、すぐには気づかないかもしれない。花見小路に面して立つその建物は、国の登録有形文化財である弥栄会館の外観を引き継ぎ、町の風景に溶け込んでいる。
 
Photo by GO TANABE
 
2026年3月に開業した帝国ホテル 京都は、この歴史的建築を継承して生まれた。だが一歩足を踏み入れると、印象が変わる。内部には外観からは想像できない奥行きが広がり、全55室の客室はいずれも50㎡以上。窓の向こうには、瓦屋根が連なる祇園の町並み。その先に、東山の稜線が重なる。町の気配を残したまま、そこだけ空気が澄んだような静けさがある。
 
Photo by GO TANABE
瓦屋根の向こうに東山を望む客室。祇園の気配をそのまま室内へ引き込む。
 
館内でまず感じるのは、素材の密度だ。エントランスには、帝国ホテル二代目本館でフランク・ロイド・ライトが用いた大谷石。歩みを進めると、イタリア産の赤色大理石や、田皆石、北木石といった石材に加えて、ケヤキやスギ、トチノキ、クリ、山桜などの銘木が、壁や建具、家具の随所に配されている。異なる時間と土地を背負った素材が同居することで、触れたときの感触や光の当たり方が変わり、その場に表情が宿る。
 
Photo by GO TANABE
坪庭に面した宿泊者ラウンジ。奥に見えるコンシェルジュデスクの背面には、杉本博司氏がデザインした松竹図襖絵が配されている。
 
内装を手がけたのは、現代美術作家・杉本博司氏と建築家・榊田倫之氏()が率いる新素材研究所だ。「古いものが、新しい」という思想のもと、日本の素材や工法を現代に継承してきた同研究所は、帝国ホテル 京都においても、装飾に頼らず、光や陰影、手触りといった身体感覚から空間をかたちづくっている。
※木へんに神
 
Photo by GO TANABE
北棟にある帝国ホテル初の畳敷の客室。
 
弥栄会館は、劇場建築の名手・木村得三郎(大林組)によって設計され、かつては興行の場として賑わいを見せていた建物だ。祇園甲部という花街に根ざし、芸妓や舞妓たちが自らの花代を持ち寄って建てられた背景を持つ。祇園のお茶屋「京屋」の女将は、「舞妓や芸妓による磨き抜かれたおもてなしの対価から生まれた弥栄会館は、いわば彼女たちの分身のような存在」と語る。
 
提供 八坂女紅場学園
1936年竣工の弥栄会館。和の意匠を取り入れた塔屋状の正面部と重層的な屋根が特徴的だ。
 
しかし、国の登録有形文化財にも指定されているこの建物には耐震性の課題があった。保存か、建て替えか。いくつもの選択肢が検討されるなかで、帝国ホテルが選んだのは「残す解体」という方法だった。設計・施工を担った大林組は、花見小路に面する南面と西面の外壁、そして建物の骨組みを残しながら内部を解体し、新たな空間を増築するという前例のない手法を採用した。もともとの高さである31.5mを維持するための選択である。一度更地にしてしまえば、京都市の条例により建物の高さは12mに制限され、祇園の風景そのものが変わってしまう。
 
祇園の風景を変えない。それは単なる景観の問題ではない。この土地で積み重ねられてきた時間や、人々の営みへの敬意でもある。帝国ホテル 京都が選んだのは、建物を残すことではなく、そこに宿る意味を継承するという判断だった。その決断は、「伝統は常に革新とともにある」という理念を掲げてきた帝国ホテルの姿勢を、あらためて示している。
 
Photo by GO TANABE
竣工当時のテラコッタ(写真)やタイルは丁寧に取り外されて、状態の良いものはそのまま活用されている。
 
そうした思想は、館内での体験にも貫かれている。カウンター越しに料理人の所作を間近に感じる、帝国ホテルとしては初のカウンタースタイルのフレンチは、食事を“提供されるもの”から“その場で味わうもの”へと変えていく。その感覚は、かつて弥栄会館が劇場として人々を迎え入れていたことともどこか重なる。
 
Photo by GO TANABE
伝統的な左官技術が内装に息づくフランス料理 練。カウンター席のほかに個室もある。
 
ルーフトップバーでは、祇園の町並みと東山の稜線を遠くに望む。かつて貴族たちが月を愛でたこの場所に身を置くことで、風景の見え方がわずかに変わる。
 
提供 帝国ホテル 京都
宿泊者専用のルーフトップバー。
 
地下のプールでは、巨大な北木石を配した空間が時間の感覚をゆるやかにずらし、外界から切り離された静けさのなかで、自分自身の感覚に意識が向かう。北棟に設けられた畳敷の客室では、床に近い目線で過ごすことで、祇園の町に暮らすような感覚が生まれる。
 
Photo by GO TANABE
祇園の地下にいることを忘れるほど静謐な空気に満たされたプール。
 
ここで体験するのは、新しさそのものではない。むしろ、すでにそこにあるものに目を向け、その価値をあらためて感じ取る時間である。変えないという判断は、過去にとどまることではない。何を残し、何を更新するのかを見極めること。その積み重ねの先にこそ、いまの時代にふさわしいラグジュアリーがある。
 
Photo by GO TANABE
帝国ホテル 京都の象徴となるエントランス。伝統と革新が交差する場でもある。
 
帝国ホテル 京都
場所|京都府京都市東山区祇園町南側570-289
 
問い合わせ先

帝国ホテル 京都

Tel. 075-531-0111
 
 
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