ニッポンのデザイナー連続インタビュー(1)S&O DESIGN 清水久和&岡田栄造
ニッポンのデザイナー連続インタビュー(1)
S&O DESIGN 清水久和&岡田栄造
「インダストリアルデザイン」の現在
今年までキヤノンに所属しデジタルカメラなどのデザインを手がけてきた清水久和氏と、建築、デザイン、アートに関する最新情報を発信するウェブサイトdezain.netを主宰し、さまざまなプロジェクトのデザインディレクションを手がける岡田栄造氏。プロダクトデザイナーとデザインディレクターということなる職能をもつふたりが、2012年7月にデザイン会社「S&O DESIGN」を立ち上げた。彼らが掲げるのは、ずばり「インダストリアルデザイン(=工業デザイン)」。モノの単体のデザインだけではなく、社会におけるデザインのあり方までを視野にいれたその仕事の展望について、話を聞いた。
Text & Photographs(portrait) by KATO Takashi
「デザイン×ディレクション」で、新しい試みを
──デザイナーとデザインディレクターという、近くても異なるおふたりのS&O DESIGNでの立ち位置を教えてください。
岡田栄造(以下、岡田) 私はディレクションができて、清水はもともとプロダクトデザイナーです。いわゆるデザイナーがひとりで製品のデザインをするよりも、ふたりでやったほうができることの可能性が広がるという考えがまずありました。インダストリアルデザインの会社であれば、単にモノのデザインだけではなく、デザインの枠組みづくりや、広報や流通まで、より幅広くトータルに考えることもできます。インダストリアルデザインにはコンセプトメイクの仕事もありますので、そのときにこれまで培ってきたディレクションの力も使うことができます。デザイナーとディレクターが一緒にデザイン会社を設立すれば、相乗効果で良いデザインができるという考えがありました。
清水久和(以下、清水) これまでもデザイナーで自らディレクションもする人もいたのですが、S&O DESIGNではデザイン+ディレクションではなく、「デザイン×ディレクション」をしたいと思っています。デザイナーとディレクターの組み合わせは、これまでありませんでしたから、おもしろいことができるんじゃないかと思っています。
岡田 それとS&O DESIGNではインダストリアルデザインを中心にやっていきたいという意識があり、今までふたりで世界を相手に一緒に培ってきたノウハウを、これからの日本のインダストリアルデザインに活かしたいと考えています。
──おふたりの考える工業デザインについてお聞かせください。
清水 私自身はもともとインダストリアルデザイナーなわけですが、企業に所属するデザイナーの場合、個人名は表にはなかなか出ないということもありました。それと、署名でデザインをするサボスタジオ(※清水氏が主宰するデザインスタジオ)の活動などを通じて、一般的にはインダストリアルデザイナー清水久和の名前が薄れてきているという意識が私のなかにありました。
岡田 実はインダストリアルデザインって、技術的にも経験的にも高い能力を求められる仕事で、デザイナーのなかでそれができる人は限られています。その意味でもキヤノンでの清水の実績を活かして、これからは幅広い意味でインダストリアルデザインに貢献できるという思いもありました。
──そこには昨今の、モノが売れていない時代の工業デザインがおかれた状況に対する考えや、問題意識のようなものあるのでしょうか。
清水 その問題意識はつねにあります。製品が売れないということや、低価格ばかりが市場で優位性をもっていて、たとえ価格競争により売れたとしても企業にとって利益が少ないことなど、問題が山積みだと思っています。最近の工業製品は価格もクオリティも横並びで、相対的に日本の工業製品にはデザイン面でマーケットでの競争力がないと私は思っています。良いデザインで、競争力があるものをつくったときに、いまのマーケットでどのようなことが起こるのか。それをみてみたいという思いがあります。
岡田 良いデザインが必ずしも売れるとは限らない、というのだけれど、良いデザインであることは大前提で、その上で売れるものをつくる必要があります。
多くの人に受け入れられる良いデザインの製品をつくるということが、ものづくりの前提になっていかないと、ますます社会のなかにおけるデザイナーの役割って何?という話になってしまうと思うんです。造形の部分もふくめて、デザインに関わる者は、そこの部分をもう一度明快にする必要があるのではないでしょうか。
ニッポンのデザイナー連続インタビュー(1)
S&O DESIGN 清水久和&岡田栄造
「インダストリアルデザイン」の現在
S&O DESIGNのデザイン手法について
──清水さんはこれまでさまざまなプロジェクトに関わっていらっしゃいましたが、デザインのプロセスのなかで、特に大切にしていることはどんなことですか。
清水 工業製品は大勢の専門的な職能をもった技術者が関わり、さまざまなプロセスを経て製品化に至るのが通常です。そのような量産品の宿命として、最初のいきいきとしたアイデアが製品化のプロセスのなかで劣化してしまいがちです。 最初のスケッチに勝るものはないというのが私のデザインの持論で、最初のアイデアが製品になっていくまでの作業というものは少ないほどいい。でも、製品のデザインやコンセプトづくり以外のことを延々とやってはじめて製品がうまれるという工業製品の宿命もあります。 その流れをシンプルにするために、「コンティニュアス・デザイン」と私は呼んでいるのですが、3Dデザインソフトの独自の使い方を開発してきました。
我々のコンティニュアス・デザインでは最初のラフスケッチも描きません。いきなり3Dで造形をはじめて、最低限必要な要素の調整を加え形を決めたら、それを図面化したり模型化したりという翻訳作業を抜きに、最終的なフィニッシュのところに持っていくことができます。そこでは技術者に図面で指示する必要がありませんし、アイデアをそのまま、金型にまで反映させることができ、最初のアイデアからデザインがほとんど劣化することなく製品化できます。キヤノンの「IXY DIGITAL」シリーズは、まさにそのようなプロセスでデザインしました。
CANON IXY DIGITAL
清水氏の代表作のひとつ、キヤノンのコンパクトデジタルカメラ、IXYシリーズ。
「CANON IXY DIGITAL 920IS」 キヤノン 2008
「CANON IXY DIGITAL 10」キヤノン 2007
岡田 いまあるテクノロジーを使ってデザインをするということは誰もがやっているのですが、最新のテクノロジーで造形のプロセスを変えるということは、これまで意外と誰もやってきていませんでした。
清水 インダストリアルデザインのプロセスについては、デザインの問題だけでなく人間関係もあるので手をつけづらかったんですね。システムとしてできあがったものに関しては、変えにくいということがあったんだと思います。
岡田 それぞれの過程にそれぞれの専門家がいて、それを変えるのは相当な意志と実行力が必要です。清水はそれを企業でやってきた稀有な人材です。
たとえば陶芸家は轆轤(ろくろ)の上で粘土を必要以上にこねたりしないと思うんですよね。そのデジタル版と考えてもらえれば良いと思います。
──それができることがこれからの工業デザインの強みになると?
岡田 そうです。私たちの会社の一番の強みは造形能力です。造形能力は簡単に身につけることができません。だから貴重だし、それが武器になります。
最近ではデザイナーの職能が、デザインのコンセプトとか枠組みづくりのほうにシフトしているような感じがあって、形のことを言うのが古くさいという風潮があります。でもはたして、それが良いデザインや環境を生んだのかといえば、そうとも言えません。やはりそこにはコンセプトを形にする能力が必要なわけで、その部分をしっかりと今やるべきだし、造形という形式化されにくいものの価値にいま改めて意識的でありたいと思っています。
フルーツシリーズ
2011年、岡田氏とともに製作した、「フルーツ」をテーマにした作品。オランダ・ロッテルダムにあるコンテンポラリー・デザイン・ギャラリー、VIVIDにて展示された。
「西瓜の時計」ギャルリ・ヴィヴィッド, 2011
「フルーツ・ウォール・ランプ」 ギャルリ・ヴィヴィッド 2011
「フルーツ・テーブル・ランプ」 ギャルリ・ヴィヴィッド 2011
──新しい技術と、『フルーツ』(※時計やランプなど、フルーツをモチーフに作成した作品シリーズ)で使っているような伝統的な技術、どちらに重点をおいていますか。
清水 私はつねに新しい技術を優先させたいと思っています。それと素材に関していえば、例えばガラスで製品をつくる場合に、素材自体が美しいということに着目してしまうと、素材の特性を活かすことが優先して、デザインの新しいチャレンジができなくなってしまいます。私としては素材や技法に負けたくない、自分はつねにデザイン優先でいたいと思っています。むしろ造形は新しい技術である、といっても構わないとすら思っています。
岡田 手工芸品はもちろん魅力的には違いないのですが、その魅力を生み出しているのは背景にある技術や手間、素材の価値、歴史だったりします。デザイナーはそういった「物語」ばかりに頼るべきではありません。モノの背景がたとえ見えなくても、それ自体が魅力的であるようなデザインに挑戦すべきです。
これからのデザインに必要なこと
──デザインは本来、デザイン愛好家やインテリア好きだけのものではないはずですが、日本ではなぜかデザインというと、普通の人々にとっては、あまり一般的なものではないように思います。
岡田 デザインが特殊なものに見えてしまっているとしたら、それはもしかしたらまだまだデザインが足りない、ということかもしれません。
デザインされたものに対して「デザインしすぎ」という批判を聞くことがあります。でもそれはむしろ、製品やデザインに作り手の自意識が見え隠れしている、つまりデザインが中途半端だからでしょう。しっかりとデザインすれば、「デザインしすぎ」という批判が意味しているレベルを超えていくはずです。
工業製品のデザインについて少しでも知っている人なら、例えばアップルの製品は「ここまでやるか」というほどデザインされています。でも誰も「デザインしすぎ」なんて言わないでしょう。
──製品のタイムスケールについてどのようにお考えですか。工業製品は、環境問題や縮小社会を背景に、「ロングライフ」を標榜しながらも、その消費のスピードは、どんどん早くなっているのが現実です。
清水 私はそれにはすこし懐疑的で、デザインに関しては残るデザインでありたいと思う反面、工業製品は昔からつねに新しいものを使っていたいという思いがあります。新鮮な気持ちで新製品を買うのだから、それを手にすることでワクワクできるような、デザインはつねに時代とともに進化していく必要があると思うんです。
岡田 そこには何が現実的かということを考える必要もあると思います。テクノロジーとともにデザインが進化すれば、そこでの素材の扱い方も変わり、そのことで新しい時代のエコロジカルな製品が生まれるかもしれません。コンパクトカメラの素材に使われているアルミも、製品としてのサイクルはロングライフではないかもしれないけれど、素材として回収されることでリサイクルされています。長持ちという考え同様、時代とともにロングライフの考え方も変わるのではないかと思っています。
──現代のインダストリアルデザインは、どのようなものであるべきだとお考えですか?
岡田 インダストリアルデザインという言い方は、プロダクトデザインという言い方に変わって徐々に使われなくなった古い言い方でした。はじめにインダストリアルデザインの仕事を作った人たちは、単にモノをデザインするのではなくて、新しいものづくりの産業をつくる使命感を持っていたんだと思います。その後インダストリアルデザインの職能が細分化されていって、デザイナーの仕事が「プロダクトデザイン」にスケールダウンしたとも言えます。
では、なぜいま自分たちはインダストリアルデザインと言いたいかというと、今まさに産業の構造自体が大きく変化しているときに、改めてそこで積極的に貢献したいという意志表明でもあるんです。
それともうひとつ、今の時代、デザイナーがビジネスの枠組みづくりから流通まで広く関わることが当たり前になってきていますが、それに対応した言葉として、「インダストリアルデザイン」という言葉を使いたいという意図もあります。そのためにも、いろいろな分野の専門家とものづくりのチームを組んで、新しいものを生み出すということもやりたいですね。
清水 心意気としては、宇宙戦艦ヤマトが地底から飛び出すイメージですね(笑)
清水久和|SHIMIZU Hisakazu
1964年 長崎生まれ。1984年 桑沢デザイン研究所 インダストリアルデザイン科卒業。1989年 キヤノン株式会社入社、IXYなどのデジタルカメラシリーズのデザインを手がける。1998年 SABO STUDIO設立。2012年よりS&O DESIGNとして活動開始。
桑沢デザイン研究所非常勤講師。
岡田栄造|OKADA Eizo
1970年 福岡生まれ。千葉大学大学院博士後期課程修了(学術博士)。リボンの素材としての可能性を追求する『リボンプロジェクト』ディレクション、『DEROLL Commissions』ディレクター。毎日更新のデザインニュース dezain.net 主宰。2012年よりS&O DESIGNとして活動開始。