Truefitt and Hill|トゥルフィット&ヒル|モニターレポート|橋本記一(小学館『メンズプレシャス』編集長)_vol.2
Beauty
2015年3月12日

Truefitt and Hill|トゥルフィット&ヒル|モニターレポート|橋本記一(小学館『メンズプレシャス』編集長)_vol.2

トゥルフィット&ヒル モニターレポート

橋本記一(小学館『メンズプレシャス』編集長) ロンドン本店体験記(後編)

203年の歴史の蓄積

ロンドンのセントジェームズストリートにあるトゥルフィット&ヒル本店の、マホガニー調ウッドを使ったシックで落ち着いた雰囲気の理髪スペースにて、この店に通った歴史的偉人、著名人の肖像画や写真に囲まれながら、本場のウェットシェービングを愉しもう。

写真と文=橋本記一

あまりにも優雅な儀式のようなウェットシェービング

で、かんじんのシェービングだが……。まずは、椅子をたおしハーブの香りも爽やかな蒸しタオルが顔全体にかぶせられる。シェービングを担当してくれた理髪師=マットの大きな手が、タオルの上から圧をかける。タオルをとったら、プレシェーブオイルをヒゲ全体に塗り再び蒸しタオル。その後、バジャー(穴熊)の毛を使った特製トゥルフィット&ヒル製のシャービングブラシでヒゲ全体にクリームを塗っていく。思いのほかシェービングクリームが固く感じる。ほのかなアーモンドの香りはジェントルマン=伊達男へのパスポートのようだ。

いよいよシェービング! と思ったら、ここでもう一度蒸しタオルでヒゲをやわらかく蒸らしあげる。そしてシェービングクリームをおなじ要領で二度塗りし、ようやくカミソリを当てることになる。ジリジリジリと固い音が耳に響くわりに、肌の引っかかりがまったく感じられないその感触が不思議だ。

右のヒゲ、左のヒゲ、あご下と順にカミソリを当てていく。剃り終えたところで四度目の蒸しタオルがかぶせられ、その後アフターシェーブバームを塗り込む。これで終わるかと思ったら、軽やかな手つきで鼻をつままれ、「なんじゃあ?」と思うまもなく、天から霞がおりてくるかのごとき柔らかさで、アフターシェーブバームと同じ香りのスプレーが。あまりにも優雅な儀式のようではないか。これはあとで聞くとアフターシェーブローションとのこと。

日本人的には、バームかローションかは、好みでどちらかだけを使うものと思っていたけれど、両用づかいがオーセンティックだとはじめて知った。しかも、最初にバームで後からローションの順とは。最初に肌を柔らかくさせて水分の浸透力をアップさせた後にローションを与えるわけで、これはレディスコスメでいえば、コーセー方式の手順と同じだ。

PARCO劇場 舞台『グッドナイト スリイプタイト』絶賛公演中!

海洋ミネラルを含んだ魔法の岩塩コスメ

さて、これでウェットシェービングサービスのすべてが終わりかというとまだつづきがある。小さな消しゴムのような白いもので、いくつかのヒゲ剃りあとをこすっていく。ひりひりとしみるけれど、シェービングの終わりを告げるベルのように、気持ちを覚醒させてくれる。

この白い物体、海洋ミネラルを含んだ岩塩のようなものだそうで、デリケートな男性の肌をリカバーする効果があるとかで(これはアルムブロックと呼ばれるミョウバン石のかたまり。消炎・消毒・止血効果があるとされている)

以上、しめて約30分のウェットシェービング全行程。ご予算は35ポンドなり。日本円にして約7000円ほどだ。これがジェントルマンたちにとって高いのか安いのか。おそらくここに来る紳士たちにとっては、「高いか安いか」などと考えたことなどないであろうと思われる。

トゥルフィット&ヒルの“ただひとりの例外”とは

「ヒゲだけを剃りに来るという人もいると聞いたけど、どれくらいそういう人はいるの?」グラハムに聞いてみた。

「全顧客の2割近くはいらっしゃるかと存じます」

「みんなどんなときにヒゲを剃りに来るのですか?」

「Anytime! 朝会社に出る前に、ランチミーティングの前に、ロンドンに出てきた方がお芝居を観に行く前に、もちろん倶楽部に行く前に寄られる方も多くおいでになります」

顧客はスーツにタイドアップして来る人がほとんど。孫子3代にわたっての客も多いとか。そういえば、取材中、息子のヘアカットをじっと待っている物静かな老紳士の姿を見たし、著名なホテル王がふらりとやって来たりもした(この時ばかりは、女主人のジョアンナがさりげなく寄って来て、「あの方がいるうちは写真を撮らないでね」と耳打ちした。うーーん、本当に、どんな偉い人も「すべての顧客は同じ顧客として対応する」のだなあと実感した瞬間だった)。

PARCO劇場 舞台『グッドナイト スリイプタイト』絶賛公演中!

トゥルフィット&ヒルの紋章付の制服を
胸を張ってみせる理髪師マット氏

ちなみに第1回の話に出てきた“ただひとりの例外”とはエジンバラ公のことであることはよく知られた事実だ。トゥルフィット&ヒルの主任格の理髪師のデニスとウインディーのふたりが、バッキンガム宮殿やウインザー城でカットとシェービングにあたっている。このふたりはイギリス理髪界の著名人でもあり、彼らに憧れてトゥルフィット&ヒルの理髪師を目指す人もいるというのもうなずける。

「この胸につけたトゥルフィット&ヒルの紋章。これをつけて仕事ができることは、私の何よりの誇りです」。ヒゲ剃りを担当してくれたマットはにこりと笑って言った。これを大英帝国理髪師の矜持と言わずしてなんと言おう!

深夜までつるつる、しっとりしたままの理由とは

後日……、トゥルフィット&ヒルで使用しているのと同じ、シェービングクリーム、アフターシェーブローション、アフターシェーブバームをいただき、自宅でもかなり手抜きのウェットシェービングにチャレンジしてみた。一切ヒゲを温めることなく、いきなりシェービングクリームを適当に手で塗りたくり、市販の3枚刃のシェーバーでじょりじょり。剃りあともアフターシェーブバームを塗るだけという、本来の手順の10分の一ほどの超手抜き短縮バージョンでやってみたが、その剃り味と剃りあとは「マジ?」と首をかしげてしまうほどのミラクルなものだった。

これまで日本製のシェービングフォームなどで剃っていたときは、夕方5時くらいになるともうポツポツヒゲが伸びはじめていたのに、なんとこのトゥルフィット&ヒルを使うと、深夜1時を過ぎても、まだツルツルなのだ。しかもこれまで乾燥しがちだった剃りあとが、高機能美容液を塗ったあとのようにしっとりとしたままなのはなんとしたことだろうか。

イギリスのホテルの洗面所に置かれたトゥルフィット&ヒルのブラシ、シェーバー、シェービングクリーム

女性誌編集者として、かなりのレディスコスメを使ってきた経験からすると、秘密は明らかにあのシェービングクリームにあるとみた。日本で使うと、高温多湿のせいか、ロンドンで使用したときよりトロリとし、まるですりおろした自然薯のごとき粘りを感じるのだが、このヌルヌルによって、肌表面にほとんど負荷がかかることなく、深剃りが可能になるのだろう。そして肌表面に負荷がかかることが少ないがゆえに、表皮細胞が良い状態に保たれ、特別なスキンケアをすることなくしっとりとした健全なる肌状態を維持してくれるのかもしれない。

かつて安価なイタリア車を買ったとき、そのシートが日本の中上級車よりはるかに快適なのに驚いたものだ。著名な自動車評論家にそのことをいったら「当たり前です。椅子をつくってきた歴史の長さがちがいますから」と言われた。このシェービングクリームの驚異の剃り心地と剃りあとについては「当たり前です。ウェットシェービングをやりつづけた歴史の長さがちがいますから」と言うべきだろうか。何てったって、203年の蓄積が商品化されているのですから。

(了)

トゥルフィット&ヒル

           
Photo Gallery