Life is Edit. #010 ~仏像に想い焦がれて~
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2015年4月28日

Life is Edit. #010 ~仏像に想い焦がれて~

島田 明|Life is Edit.

#010 仏像に想い焦がれて

ひとりのヒトとの出会いによって紡がれ、生まれるあたらしい“なにか”。
ひとつのモノによって惹きつけられ、生まれるあたらしい“なにか”。
編集者とは、まさにそんな“出会い”をつくるのが仕事。
そして人生とは、まさに編集そのもの。
──編集者、島田 明が、出会ったヒトやモノ、コトの感動を紹介します。

文と写真=島田 明

今回は、中学時代にハマって以来、わたしの心の奥底にずっと沈澱しつづけ、ときにフワっと浮き上がってくる存在。
そんなわたしをカタチづくる大事なパーツ”仏像”という存在を、古都・奈良と京都の旅を通じてお伝えします。

わたしの守護霊は”修行僧”!?

15年ほど前、当時所属していたメンズクラブ編集部では、私をふくめたスタッフ数人があつまって、お金を出しあい、福島に住むある有名なチャネラーの方に東京で視てもらう、という風変りな会が年に2回ほどありました。かくいう私も視ていただいたのですが、その方が私を見るなりの第一声が「あなたの守護霊は”修行僧”です」。
いまだに無宗教であるわたしですが、そのときは、なぜか言いあてられたようで、ビックリしました。だって、わたしのなかに思い当たる節がいくつもあったから(笑)。
いや、本当なんです。そう、思い当たる節のいくつか、その前兆は、多感な中学時代にさかのぼります……。

中学時代、13歳の秋。関東圏ではお決まりの修学旅行、といえば京都奈良への旅。ほとんど旅の夜の逸脱した素行の記憶しかない、そんなノーテンキな御一行のひとりであった私は、とあるお寺で、ある意味で運命的な出会いをします。それはそれはビビッ!ときた出会い……。

そのひとつが東大寺・戒壇院に祭られている仏像・廣目天との出会い。
そして、もうひとつが京都・大徳寺大仙院の高僧・尾関宗園和尚、その人との出会いでした。

シンクロする”廣目天”という存在

まずは「廣目天」を語る前に基本的な説明を。廣目天とは、仏法の守護神、つまりは仏の住む世界を支える須弥山(しゅみせん)の四方向を護るガードマン役。東に持国天、南に増長天、北に多聞天、そして西に廣目天が基本の守備体系。で、わたしがビビッ!ときたのが「廣目天」、東大寺にいられる戒壇院の仏像でした。ここでは他の四天王が武器をもってキッと睨みをきかせているのに対し、廣目天だけはおひとりだけ無防備、で毛筆と巻物のみで武装なさっている(まさにペンは剣より強し!)。

そして、御顔は叡智あふれ、才気に走ってクールに決め!しかも、ここ戒壇院の四天王は、ガラスケースやかしこまったフェンスに囲われることなく、間近で見られる状況設定! いわんやイガグリ坊主のわたしはできるかぎり接近を試み、「まるで息をしているみたいだ!」と、ひとり恍惚&興奮状態(笑)。決してひろくない戒壇院のお堂のなか、しばし廣目天と対峙してたら自然とシンクロしてゆき…、そんな貴重な体験をした13歳の秋でありました。

左/東大寺大仏殿の横にありながら、喧噪からはなれた、まさに隠れ家的存在なのが戒壇院。ちかくには幼稚園もあって、時たま聞こえる子供の歓声に、ここは天国!?と思ったり。 右/撮影禁止なので、買った絵葉書で、そのお姿を。ほんといまにも動き出しそうで、息をしているみたいな廣目天像。天平時代に作られ、勿論国宝。まさに感動のお姿です。

それ以来、かれこれ20回、この「廣目天」に会いに、このお寺を訪ねました。そのなかで偶然とは思えない、どこか奇妙な(でもなにか納得?の)出来事がありました。

たとえば……ある夏の炎天下にここを訪れた際、ひと気のない戒壇院の軒下で涼んで寝転がっていたらトカゲ2匹が僕を囲むように出てきて、じっとしていたり。またある春の日、突然の雨に、同じ軒先で雨宿りをしていたら、突然パッと日がさして一条の光がわたしの前に差し込んだり。はたまた冬の無風の静かな日には、1本の椿の花が風もないのに、わたしの眼前でポトリと落ちたり。そうそう、奈良に滞在していたのに、時間がなかったので廣目天に会わずに帰ろうとしたら、その前の晩、わたしの夢枕に廣目天が立って「なんで奈良にいるのに、わたしに会いにこないのだ?」と告げていった、ってことも(むろん、翌日の朝にちゃんと会いにいきました)。どうです、何かがあるんです、きっと(笑)。

聞けば、東大寺のなかでも754年に創立された、この戒壇院とは、中国・唐の時代、日本に来朝した高僧・鑑真和上が、聖武天皇や僧、公卿に戒を授ける場所で、僧侶として守るべきことを履行する旨を仏前で誓う儀式を行う、つまりは神聖な道場=トレーニングセンター的な修行の場であったそう。ひょっとすると、わたしの守護霊は、ここで修行した…かも?

そんな昔の思い出(DNAに刻まれた記憶も笑)が去来しながらの約1年ぶりの再訪でしたが、今回の最大のイベント、そのお目当ては、東大寺・二月堂で行われた”お水取り=修二会”。わたし自身は2度目、13年前以来の”お水取り”です。
この春を告げる行事は、天平勝宝4年(752年)に始まって以来、今回で年を重ねて、1257回目(1回もとぎれることなく!)も続く由緒正しきもの。しかも練行僧と呼ばれる11名の僧が二月堂に籠って行われる、荒行のひとつとか。おっと、ここでも修行…(笑)。

二月堂で待つこと3時間。7時30分に松明がたかれるまでには、美しい夕焼けがあたりを染め悠久の奈良の都を演出(写真上)。で、本番ともなると巨大な松明が11本、急こう配な二月堂を僧侶が駆け抜けます。感動が薄くなったわたしも感激につぐ感激。

肝心のお水取りですが、今回は、14日間行われる修二会のなかでもクライマックスの夜、ということもあり、観る人の数、事故防止のための警官の数も13年前にくらべ圧倒的にふえ、そのすべてがオーガナイズされ、まるでコンサート会場のようでした。13年前は火の粉がかかるくらいまで近くに行くこともできたのになあ、と多少はガッカリもしましたが、約3時間、ずっと立ちっ放しで待ちつづけて(日常ではとても耐えられません!)見るだけの価値、その感動は十分過ぎるほど! でした。機会があったら是非、見ていただたい、ホント素晴らしい日本の伝統行事です。

奈良の定宿・奈良ホテル近くにある興福寺・五重塔。奈良には、まだ闇がある。
そんな漆黒の闇のなか、浮き立つ五重塔。思わず吸い込まれそうになりますね。

禅問答は、ずっと繰り返される

そして、廣目天ともうひとつ、13歳のアノときから、ずっとわたしの座右の銘となっている言葉があります。それが大徳寺大仙院の住職、尾関宗園和尚の「一懸命」という言葉です。

13歳の当時、高校受験をひかえていたわたしは、この言葉にずいぶんと助けられました。

”一生懸命=一生という長いスパンでなはく、一カ所一か所、そのとき、そのときをしっかり努力すれば人は幸せになれる、豊かになれる。それは点が繋がり、線になるようなものだ”。

そんな中学生でもわかりやすいよう平易なことばで尾関和尚から説法を受けた私は、またしてもビビッ!ときて、すっかり感涙ウルウル状態(笑)。自宅に帰るや否や、感動冷めやらぬ状態で手紙に、(13歳のつたない文章で)一気にしたため、勢いあまって「高校受験に失敗したら、弟子にしてください!」などと、かなり一方的な想いの丈を書いた記憶も……恥ずかしながら(笑)。
でも、おどろいたのは、ちゃんと返信がきたんです、尾関和尚ご本人から。これにはビックリしました。その手紙は自分の机の前にずっと飾って、ことある毎に、眺め、勇気をもらった、そんな私でした。

大仙院入口にて。残念ながら現在屋根を改装中で、パイプがいたるところにむき出しになっていましたが、ちょっと現代アートっぽくもあり(笑)。

今回は、それ以来ですから、約30年ぶりの大徳寺・大仙院詣となりました。
残念ながら尾関和尚はお留守でしたが、尾関和尚同様、30年前と変わらぬ、分かりやすく愉快な説法でむかえてくれたお坊さんに、わたし自身の当時の出来事、思い出話をすると、「ありがたいですね」とひとこと。そしてわたしの職業に関して聞かれ、雑誌の編集の仕事をしている、と答えると、満面の笑みで「それは、素晴らしいことですね。人々に説法しているような仕事なんですから。きっと尾関和尚もお喜びになると思いますよ」とおっしゃっていただいて。いやいや、まだまだです、そんな説法だなんて。いい説法かどうかもわからないし……と恐縮しきりの私でした。

そして今回、30年前の「一懸命」から、わたしの心に響く、さらに新しい言葉をいただきました。それが「気心腹人己」です。下の写真、非常に美しいグラフィックとともに見ていただければ、その意味もお分かりかと思います。ちなみに、こちらは尾関和尚ご自身が考え、したためた直筆のもの。「気は長く、心はまるく、腹たてず、人は大きく、己小さく」という意味。どうです、コンセプチュアル アートでしょ?

まさにアートの小宇宙であります。尾関宗園というお方は、アイデアに満ち溢れた才能のあるお方、そしていまなお修行のお方、と実感。

出会いの連続、編集という仕事

かくいう未熟な私は、いまもなお修行中、といった感じです。
そして、わたしが生業とする”編集”という仕事は、じつに修行のような仕事、と20年間編集にたずさわってきて、つくづく思う今日この頃であります。

才能ある人に出会い、自身の想いをぶつけ、こころをシンクロさせ、それを雑誌上でカタチづくる編集という仕事は、才能がある人が間近にいるがゆえに、それが鏡となって自分自身の無力さを知ることも多い。そして自分の小ささをイヤというほど思い知らされる。いわば人との出会いによって己がためされる修行の場のようなもの、ではないかと思うのです。

自分の守護霊が修行僧、と言われる前から、わたしは自分をどこか厳しいところに追いやり己をためす、というクセというか性質があったような気がします(大学でもわざわざ体育会に入って学ラン着て通ってたし笑)。これってやっぱり修行好き、なんでしょうかね……。

閑話休題。
突然ですが、わたくし、3月から新たなプロジェクトを本格的スタートさせました。メンズファッション誌の新創刊です。
ゼロからスタートする、まったく新しいスタイルの雑誌を生み出すべく目下格闘中、の毎日ですが、いままで以上にさらにおおくの才能ある人々との出会いや感動があらたに生まれることを思うと、いまから期待に胸が高鳴ります。ほんと、編集者って楽しいな、と。

で、今回の奈良・京都への旅は、わたし自身の原点に還る旅、でもあったわけです。そこで再認識したのは、やっぱりわたしは”いっかいの修行僧”に過ぎない、ってこと。わたしの修業はまだまだつづく……のであります。

雨の日にたずねた龍安寺、その石庭の裏庭にて。真中が「口」になっていて、4つの言葉「吾唯足知」。”われ、ただ足るを知る”。う~ん深い……。

           
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