島田 明|Life is Edit. #023 松本隆さんに学ぶ、ことばと大人の重さ
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2015年4月27日

島田 明|Life is Edit. #023 松本隆さんに学ぶ、ことばと大人の重さ

島田 明|Life is Edit.

#023 松本隆さんに学ぶ、ことばと大人の重さ(1)

ひとりのヒトとの出会いによって紡がれ、生まれるあたらしい“なにか”。
ひとつのモノによって惹きつけられ、生まれるあたらしい“なにか”。
編集者とは、まさにそんな“出会い”をつくるのが仕事。
そして人生とは、まさに編集そのもの。
──編集者、島田 明が、出会ったヒトやモノ、コトの感動を紹介します。

文=島田 明

ずっと昔から、“目標とするひと”をわたしのなかに置く習慣がありました。
それはブラウン管のなかの、会ったことのないひとであったり、身近なひとであったり。
「この考え方は素晴らしい!」とか「このセンスは凄い!」とか、自分の物差しとは明らかにちがった大きく美しい尺度=スケールを見せられた瞬間、ぼくはいまでも感動して涙が出そうになることがあります。
そして、この滅多にない機会に、いっそその物差しを自分のものとして取り込み、最終的に、その目標とする人物に近づけたら、そう思いながら編集者的? 努力をはじめる。
そんな強い想いの継続が、いまのぼくの人格を形成し、ここまで来られた、そう思っています。
ある意味、いろいろなひとのいい部分を編集して自分の肥し、糧にしてきた、とも言えますね。

だから、ぼくは素晴らしいひとと多く出合い、多くの素敵な友人に囲まれてきた、それだけは胸を張って自慢できます。だからこそ、オウプナーズのこの連載“Life is Edit.”が2年もの長きにわたり、つづかせていただいている、そう思っています。

そんな身震いするほど素敵なひとに、また出合えました。
作詞家の松本 隆さん、そのひとです。

~誰もが知っている詩

松本 隆さんといえば、歌の詞です。
多感だった少年時代のぼくのなかに、松本さんのつくられた詞が鮮明な映像とともに刷り込まれ、いまでも感覚の深い部分に残っています。

小学校低学年のとき、ぼくのアイドルだった太田裕美の『木綿のハンカチーフ』。
彼女の実家が春日部で寿司屋さんをやっている、という情報を聞きつけ、ひとり電車を乗り継ぎ、わざわざ、そのお店を見に行きました(無論、中までは入れず泣)。

高校時代、バンドをしている友人の家でダラダラとしたうだるような夏の暑さのなかで聴いた、はっぴいえんどの『夏なんです』。その後、ダラダラから無機質こそクール、とYMOに傾倒し、高校で一番はじめにテクノカットにしたわたし。

大学時代、自分は全然好きではなかったけど、付き合っている彼女がファンであったゆえ、クルマのなかのカセットデッキで無理やり嫌々聴かされた松田聖子の『赤いスイートピー』。

おなじく大学時代、三浦半島に友人がディンギー(小振りのヨット)を持っていて、それを口実に女の子を誘い、買ったばかりのクルマで聴いた大滝詠一の『君は天然色』。

ぼくとおなじく、多くのひとが、松本 隆さんの描いた詞の世界をある風景とともに共有されていることでしょう。

聞けばヒットチャート1位の獲得曲は52曲。
歴代ナンバーワンで、ギネス級なんだそうです。

青春の1ページとして、松本 隆さんのつくる詞に力を借りたことがないひとは、きっと日本にはひとりもいないはず。
そう考えると、凄いこと、です。

島田 明|Life is Edit.

#023 松本隆さんに学ぶ、ことばと大人の重さ(2)

~僕が書いてもいいんですか!?

そんな松本 隆さんとの出合いは、昨年末に発売された雑誌『UOMO』2月号の「10年後にVINTAGEになるモノ」特集における、巻頭のインタビューでした。

現代アートの目利きとして知られ、わたし自身もその動向をつねにチェックさせていただいているエルメスジャポンの藤本幸三さんにご紹介いただき実現した、その企画は、洒脱なひとのモノを選ぶときの基準は、じつは10年先を見越しているのではないか、といった主旨のものでした。

作詞ばかりでなく、小説『微熱少年』も書かれた松本さんでしたので、当初、ご自身のモノを選ぶときの基準を書いていただきたい、とお願いしたのですが、「作詞と文を書くことはちがいますので、文章は島田さんに書いていただきたい」と、マネージャーさんの山崎さんから回答をいただきました。

しかし、あれほどまでに繊細に、自由に日本語を操り、多くのひとに影響を与えつづけている松本 隆さんの、その美しく重いことばを、このぼくが上手く拾えて、世に送り出すことが一体全体できるのだろうか……、と正直悩み、若干ビビりもしました(笑)。

しかし、そこは猛攻っ気だけは強いわたしです。ここは「ままよ。ここは編集者としてのハードルを上げる、いい機会。チャレンジするべし」と果敢にもインタビューさせていただき、松本 隆さんのことばをまとめさせていただくことに。

数日後、恐る恐る、わたしの書いた原稿を、山崎さん宛にメールして待つこと数日。山崎さんからの返信は簡潔で、涙が出るほどうれしいことばでした。
「松本からのことづけです。
力強く美しいことばでまとめてくれて、どうもありがとう」

ことばを大事にする松本 隆さんから、ことばを褒められる。たとえ、それが自分のことばでなくても、それをまとめあげたことに対する評価に、ぼくは編集者として、少し成長できたような、認められたような気がしました。

深い思慮と、豊富な経験と、美しい響きから発せられる松本さんのことばに、ぼくはお会いするごとに魅了されっぱなしです。と同時に、松本 隆さんの放つ都会的で大人のオーラは、最近お目にかかれない本物の洒脱な大人だけがもつ、独特の空気を感じずにはいられません。

島田 明|Life is Edit.

#023 松本隆さんに学ぶ、ことばと大人の重さ(3)

~カッシーナをつくられた武藤重遠さんのこと

松本 隆さんに感じる本物の大人の空気は、かれこれ20年以上前にお会いしたあるひとと似ていました。

それは、2006年に亡くなられたカッシーナ社長の武藤重遠さんの空気感です。

ぼくが雑誌編集者としてスタートして間もない25歳に、リキッドルームなど数々の歴史的スペースをプロデュースされてきた田中高道社長に紹介されて以来、ときどき武藤さんに遊んでもらいました。そんな遊びを通じて、連れて行ってもらった店や、武藤さんの家で、当時は一部の趣味のいいお金持ちかマニアのものであったコルビュジエやマリオ・ベリーニ、その本物に直に触れさせてもらい、教えてくれたのは武藤さんでした。

武藤さんは無口で、会話した記憶もほとんどありませんでしたが、ただ、武藤さんに漂う大人の空気感は、いまも鮮明に覚えています。

それ以来の、洒脱で、都会的で、余裕があって、思慮深く繊細な大人の空気感。いまこそ、大人が向かうべき方向性や尺度が松本 隆さんのなかにはあるのです。

そんな松本 隆さんの連載が私が在籍する雑誌『UOMO』の7月号(5月24日発売)からスタートします。

タイトルは『景色がよろしい』。

松本 隆さんのことばを、ひとつひとつ丁寧に拾い集めて、自分なりに一生懸命綴っていきたい、そして、その業を通じて、憧れつづけた松本 隆さんのような大人に自分もなれたら、そう思っています。
ぜひ一度、『UOMO』を手にとっていただき、この連載を読んでいただけたらうれしいです。

島田 明|Life is Edit.

#023 松本隆さんに学ぶ、ことばと大人の重さ(4)

松本 隆作詞活動40周年記念 風街ガラ・コンサート開催

手がけた作品シングル1位獲得作品52曲(作詞家歴代1位)、シングル総売り上げ枚数4948万枚(阿久 悠氏に次ぐ作詞家歴代2位)という記録を誇り、日本の音楽シーンにおける大きな金字塔となっている松本 隆氏。そんな松本氏の作詞活動40周年を記念して、松本作品にゆかりのあるアーティストがジャンルを超えて集合した1夜限りのスペシャルコンサートが5月16日(日)、Bunkamuraオーチャードホールにて開催される。

青山テルマ、井上芳雄、太田裕美、オトナモード、クミコ、小林沙羅、斉藤由貴feat.武部聡志、鈴木 茂、秦 基博×冨田ラボ、持田香織、横山幸雄 ほか【出演(50音順)】

日時|5月16日(日)
[開場]16:30/[開演]17:00
料金|全席指定7500円

問い合わせ|サンライズプロモーション東京
0570-00-3337

スペシャルコンサートに先立つ5月12日には、ユニバーサルミュージックから『松本 隆に捧ぐ ―風街DNA―』がリリースされた。

『松本 隆に捧ぐ ―風街DNA―』
3000円(UPCH-1775)
1.キャンディ / 青山テルマ (オリジナル・アーティスト:原田真二) ※新録
2.ルビーの指環 / 福山雅治(オリジナル・アーティスト:寺尾 聰)
3.空いろのくれよん / 持田香織 (オリジナル・アーティスト:はっぴいえんど) ※新録
4.赤いスイートピー / 綾瀬はるか (オリジナル・アーティスト:松田聖子) ※新録
5.木綿のハンカチーフ / 佐藤竹善 (オリジナル・アーティスト:太田裕美) ※新録
6.スローなブギにしてくれ (I want you) / CHEMISTRY (オリジナル・アーティスト:南佳孝) ※新録
7.Romanticが止まらない / 玉置成実 (オリジナル・アーティスト:C-C-B) ※新録
8.薄荷キャンディー / オトナモード (オリジナル・アーティスト:Kinki Kids) ※新録
9.瞳はダイアモンド / 徳永英明 (オリジナル・アーティスト:松田聖子)
10.風をあつめて / My Little Lover (オリジナル・アーティスト:はっぴいえんど)

松本 隆|MATUMOTO Takashi
作詞家。1949年、青山生まれ。69年、<エイプリル・フール>に、ドラマーとして参加(アルバム『APRIL FOOL』では4曲、作詞を担当)。
70年、細野晴臣、大瀧詠一、鈴木 茂と、<はっぴいえんど>を結成。ドラムスだけでなく、作詞も数多く手がける。実質的な活動期間は3年に満たないが、3枚のオリジナル・アルバム『はっぴいえんど』(70)、『風街ろまん』(71)、『HAPPY END』(73)は、日本のロックを牽引し、その後のミュージシャンたちに大きな影響を与えた。

はっぴいえんど解散後、南佳孝『摩天楼のヒロイン』(73)、あがた森魚『噫無情(レ・ミゼラブル)』(74)のプロデュースを務める。
そして、“歌謡界に単身赴任”(本人の弁)。以後、アグネス・チャン「ポケットいっぱいの秘密」(74)、太田裕美「木綿のハンカチーフ」(75)など、ヒット曲でありながら、のちに歌い継がれる名曲を書きだす。

80年代、松田聖子の作曲家に、大瀧詠一(『風立ちぬ』81ほか)、呉田軽穂a.k.a.荒井/松任谷由実(『赤いスイートピー』82ほか)、細野晴臣(『天国のキッス』83ほか)を推薦する。また、『Pineapple』(82)、『Candy』(82)をはじめアルバムの全曲を作詞するなど、クリテイティブな分野において、プロデューサーの領域にまで踏み込んだ作詞活動をおこなう。
さらに、細野晴臣が作曲したイモ欽トリオのデビューシングル「ハイスクール・ララバイ」(81)、大滝詠一のソロアルバム『A LONG VACATION』(81)が大ヒットするなど、振り返れば、歌謡曲シーンにヴァーチャルな“はっぴいえんど”、または“風街”的な世界を再生する作詞活動でもあった。

80年代後半から90年代前半にかけて、自らヒット・チャート常連作詞家生活を一旦降り、クラシック音楽や歌舞伎など古典への勉強を本格的にはじめる。
その後、KinKi Kids「硝子の少年」(97)、中島美嘉「CRESSENT MOON」(02)と、ヒット曲の作詞にも精力的になる。
99年、作詞活動30周年記念CD BOX『風街図鑑』(CD7枚組+BOOK2冊)、コンサート『風街ミーティング』が好評を博す。

ゼロ年代に入ってからは、クミコ『AURA(アウラ)』(00)、冨田ラボ「眠りの森feat.ハナレグミ」03)など、耳が肥えた音楽ファンを楽しませる作品も書きつづけていく。
09年12月、作詞活動40周年記念CD BOX『新・風街図鑑』(CD2枚組+BOOK1冊)を発表。ママさんコーラスの定番曲となった松田聖子「瑠璃色の地球」あり。若い世代に熱狂的に支持されている<YouTube>や<ニコニコ動画>で圧倒的な試聴数を誇る松田聖子「SUNSET BEACH」あり。ライブの積み重ねでその存在感を増した吉田拓郎「白夜」などなど。アルバムのなかの1曲であったにもかかわわらず、リスナーやアーティストやオーディエンスによって、作詞家の手を離れて古典となった歌を反映した選曲となった。

10年5月、松本作品を敬愛するアーティストたちにより、V.A.『松本隆に捧ぐ-風街DNA-』が発表、『風街ガラ・コンサート』が開催される。

松本 隆公式サイト『風待茶房』
http://www.kazemachi.com/

           
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