『イノセント・ガーデン』パク・チャヌク監督インタビュー|INTERVIEW
LOUNGE / MOVIE
2015年7月14日

『イノセント・ガーデン』パク・チャヌク監督インタビュー|INTERVIEW

INTERVIEW|『イノセント・ガーデン』

パク・チャヌク監督インタビュー(1)

カンヌ映画祭で審査員特別大賞を受賞した『オールド・ボーイ』のほか、『JSA』など、タブーを恐れない作風で、韓国のみならず世界的な評価を獲得しているパク・チャヌク監督。5月31日(金)から公開となる最新作は、初のハリウッド進出も同時に果たした『イノセント・ガーデン』だ。主人公は18歳になったばかりの少女、インディア。交通事故で突然、父が亡くなり、ソリの合わない母との生活がはじまろうとするとき、見知らぬ叔父、チャーリーが彼女の前に現れる。物語が進むにつれて明かされる真実とは──? 観る者、誰もが衝撃を受ける、この映画に込めた想いを、パク監督本人に聞いた。

Text by TASHIRO ItaruPhotographs (portrait) by KAMIYAMA Yosuke

映像美と作り込んだディテール

作品を観て、まず驚くのは圧倒的な映像の美しさ。主要な登場人物はインディアをはじめとする3人で、舞台も、彼らの住まいが中心なのだが、どこかおとぎ話のような、不思議な浮遊感が漂う。しかし、作り込まれたディテールによって確固たるリアリティが存在し、だからこそ、観客はグイグイとスクリーンに惹き込まれていくのだ。

イノセント・ガーデン 02

イノセント・ガーデン 03

「この作品は場所も限定されていますし、登場人物も限られています。そのうえ、劇中で銃撃戦が起こるわけではなく、大仰な事件が展開するというわけでもありません。ですから、小さなことを積み重ねていくことで、緊張感や恐怖を表現しなければなりませんでした。そうした意味でディテールは、この映画にとって“命”ともいえるでしょう」

惹き込まれたまま、徐々に高まる恐怖。緊迫感も増していき、胸が苦しくなってくる。

「ディテールにこだわった一例を挙げますと、ワインのシーンがあります。その日、叔父のチャーリーと母親は街へ買物に行くのですが、そこでチャーリーはワインを選ぶ。夜、そのワインを飲みながら母親はこう言うのです。

『やっぱりワインは古いものに限るわ。若いワインは青臭くて、まだ飲み頃になっていないものもあるから』

これは、三角関係がつづくなかで、娘のインディアより、わたしの方が女性としてセクシーで魅力的だとおもっている母親のエロティックな暗喩。母の言葉に、インディアは無関心ですし、チャーリーも、その場では同調しているように見えます。しかしじつは、チャーリーの興味は最初からインディアにあり、観客は、インディアとふたりっきりになったときに発せられる、彼の次の言葉で、真意をはっきりと知るのです。

『このワインのヴィンテージは1994年で君と同じ歳。君のために買ってきたんだ』

そんな重要なシーンで、わたしが徹底してこだわったのは音でした。チャーリーに勧められてインディアは、生まれてはじめてワインに口を付けるのですが、そのとき、鼻からこぼれた息がグラスの内側を曇らせ、張り詰めたようなインディアの息遣いが聞こえる。その音こそ、わたしが徹底してこだわった部分。インディアが彼の誘惑を受け入れそうになっている──そんな意味も込めています」

イノセント・ガーデン 06

確かに、音響のリアリティも恐怖を助長するのに有効で、木製の階段が軋む音はメトロノームと共鳴し、小さな蜘蛛が床を這う小さな音でさえ、鳥肌が立つような怖気(おぞけ)が走る。

「音楽やセリフ以外の、いわゆる音響は、映画において観客に、無意識のうちに多くの影響を与えるとわたしはおもっています。音響を気にしながら映画を鑑賞する人はまずいないでしょうが、すべての皆さんに、さまざまな効果を及ぼす。だからこそ、わたしは気を遣って、音を作るし、その価値はあるとおもっているのです」

INTERVIEW|『イノセント・ガーデン』

パク・チャヌク監督インタビュー(2)

脚本ありきで始まった本作の製作

脚本は、大ヒットしたテレビドラマ『プリズン・ブレイク』の主演、ウェントワース・ミラーがはじめて手がけたもの。だが、パク監督自身もアイデアを注ぎ込んでいるという。例えば、インディアが毎年の誕生日にプレゼントされて愛用していたサドルシューズ。

「もともとの脚本では、インディアは風変りな女の子で、なぜか、サドルシューズに執着しそればかり履いている、という設定だったんです。そのことを想像で膨らませて、誰からか、わからないけど、毎年届くサドルシューズの誕生日プレゼント、というアイデアをおもいつきました。

ほら、女の子って“足長おじさん”を待っているようなところがあるでしょう? そうすることで思春期の頃の感性が表現できるとおもったんですね。毎年、サイズが変わることで『忘れずに、見守ってくれている』誰かの存在も強く感じられる。作品の終盤で、インディアはサドルシューズを卒業し、ハイヒールを履きますが、それも魅力的でした。チャーリーがインディアにハイヒールを履かせる儀式は、撮影現場で“戴冠式のシーン”と呼んでいたんですよ。履かせる側はまるで騎士のように跪き、女王様に王冠をかぶせる」

イノセント・ガーデン 08

パク監督がこれまで描いてきた作品世界と同様、複雑な愛情が交錯するストーリーは、まるで彼のために書かれた脚本であったかのような錯覚を覚える。

「ウェントワース・ミラーが書いた脚本は余白の多いものでした。それが良いとか悪いとかではないのですが、監督が自らの想像力を発揮して満たしていける要素がいろいろあると感じたんです。だから、どういう想像力で満たしていくか、わたしの演出によって変わっていった部分も当然、あったろうし、ほかの監督が撮ったとしたら別のものに生まれ変わっていたかもしれません。わたしにとって心から撮りたいとおもえる脚本でした」

そして、物語が到達する驚愕の事実

日常の中にある些細な出来事が積み重なっていき、徐々に明らかになっていく真実。インディアという少女がひとりの女性に成長していく過程で訪れる運命とは──

イノセント・ガーデン 09

イノセント・ガーデン 10

「人がどういう風に成長、あるいは変化し、その資質を獲得していくのか。そうした部分を描くことは、わたしにとって好きなことですし、ひとつのテーマでもあります。人の内面には、誰にも誘惑されやすい、あるいは周囲に流されてしまう“傾向”というものがあるとおもうのですが、それがあるからといって、誰もが変わるわけではありません。変わったとしても、どう変わっていくのか、人によってちがうんですね。

今回の作品もそうですが、そうした人の変化を見せることがわたし自身、好きなんだとおもいます。ともかく見ていただくしかありませんが、病気に遺伝的な疾病と感染症とがあるように、人間の変化に関わる要因にも同じようなことがあるのでは? とわたしはおもっていて、判断はもちろん観た方に委ねますが、わたしの意見でいえばインディアの場合、感染症だったのかもしれません」

エンディングを迎えた観客は放心状態になる。そのカタルシスは強烈で、観賞後、しばらくは、この作品のことが頭から離れなくなる。

「これまで、多くの変化を遂げてきた映画ですが、いまのところ、映画館で観るメディアでありつづけています。それは、観客の方が映画館に足を運び、お金を払って観なければならないということ。そして、その時間だけは、外に出ず、ほかのこともせずに、とにかく映画だけを鑑賞しつづける。集中してすべての感覚、精神を注ぎ込んで楽しむメディアなんですね。ですから、わたしは監督として、それに応える責務があるとおもっています。観客の方が払うお金や、費やす時間、注視してくれる努力に対して、しっかり応えなければならない。簡単に観られる映画ではなく、集中して観て、はじめて感じられる“なにか”──快感が得られる映画を作らなければならないのです」

イノセント・ガーデン 13

Park Chan-Wook|パク・チャヌク
1963年、韓国ソウル生まれ。映画監督、脚本家、プロデューサー。ソガン大学哲学科在学中に映画クラブを設立、映画評論に取り組む。2000年、『JSA』で当時の韓国歴代最高となる興行成績を記録する。2003年には、『オールド・ボーイ』でカンヌ国際映画祭審査員特別大賞を受賞。世界にその名を知られる。つづく『親切なクムジャさん』(2005年)で、ヴェネチア国際映画祭の特別賞を、『渇き』(2009年)でカンヌ国際映画祭の審査員賞を受賞するなど、現代の映画界に欠かせない逸材として、高く評価されている監督のひとりだ。

『イノセント・ガーデン』
5月31日(金)よりTOHO シネマズ シャンテほか全国ロードショー
監督|パク・チャヌク
脚本|ウェントワース・ミラー
出演|ミア・ワシコウスカ、ニコール・キッドマン、マシュー・グード
配給|20世紀フォックス
2012年/アメリカ/99分/PG12
http://www.foxmovies.jp/innocent-garden/

©2012 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved

           
Photo Gallery