Talk Session|クルマの近未来を語る座談会 前編
CAR / FEATURES
2015年6月26日

Talk Session|クルマの近未来を語る座談会 前編

Talk Session|ジャーナリスト4名による座談会 前編

201X年、不確かなクルマの近未来を語る

1997年に登場したハイブリッドカー「プリウス」につづき、昨年、再び世界初の量産型となるFCV(燃料電池車)「MIRAI」の発売を開始したトヨタ。いま自動車業界ではこのFCVをはじめ、PHV(プラグインハイブリッド)、EV(電気自動車)と、これまで研究対象とされていたモデルが一気に一般市場へ放たれている。これをハードウエア開発の競争とするならば、ソフトウエアのいまは、情報と通信を活用したICTの開発競争だ。もちろんその市場を狙うのは自動車メーカーだけにあらず。虎視眈々と狙うGoogle、Appleといったシリコンバレー勢の鼻息は荒い。今回、4名のジャーナリストとともに座談会を開催。これからのクルマ像について語っていただいた。その前編をお届けしたい。

Photographs by ABE MasayaText by SHIOMI Satoshi

Talk Session|クルマの近未来を語る座談会 後編→

クルマはスマホ化するのか

塩見 智(以下塩見) 2013年は日本で久しぶりにクルマがよく売れた年でした。14年、つまり昨年はその反動がくるのではないかと言われていましたが、蓋を開けてみると、13年とほぼ変わらない台数(登録車329万98台、軽自動車227万2,790台)が売れました。4月に消費税が5から8パーセントに上がり、4月以降は落ち込みましたが、3月までの駆け込み需要が大きかったため、通年では横ばいレベルを維持しました。では、2014年はいったいどんな年で、どんなクルマが注目を集めたのか? まずは皆さんの印象をお聞かせください。

渡辺敏史(以下渡辺) 王道というか定番というか保守的というか、売れそうなクルマが売れましたよね。メルセデス・ベンツ「Cクラス」しかり、マツダ「デミオ」しかり。

327_12

昨年12月に発売が開始されたトヨタ「MIRAI」。価格は723万6,000円と高価ながらも、1ヵ月で年間販売目標の700台を大きく上まわる1,500台を受注した

327_19

2012年6月に生産を終了して以来、約2年半ぶりの復活となったホンダのフラグシップセダン「レジェンド」

小川フミオ(以下小川) 大きな傾向がいくつかありました。まずは軽自動車がよく売れた。サイズやエンジンの排気量が決められたなかで、よくもあれだけ多くのモデルを差別化して売り出すことができるなと感心します。デザイン的に面白いクルマもあったし。もうひとつの傾向は次世代車が増えたこと。トヨタが「ミライ」という燃料電池車の量産をはじめましたし、ホンダ「レジェンド」のハイブリッドシステムもあたらしいし、輸入車のハイブリッド、プラグインハイブリッド車も珍しくなくなりました。

塩見 今回のゲストであるITジャーナリストの石川さんは、新車に試乗する機会はさほどないかもしれませんが、IT専門家の目から見て、近頃のクルマ業界はどういう印象でしょうか?

石川 温(以下石川) クルマはIT製品などに比べて成熟した商品ですが、まだまだ技術革新があってワクワクする業界だなと感じています。ハイブリッド、電気自動車はもちろんですし、デザインも面白い。“クルマがスマホっぽくなった”というのは最近よく言われることですが、確かにそういう面はあって、例えばテスラ「モデルS」なんか見ると、購入後に3G回線を介してソフトウェアアップデートされたりするところなんかスマホっぽいですよね。

塩見 昔は“クルマの白物家電化”と言われましたが、いまは“クルマのスマホ化”ですか(笑)。買い方というか、手に入れ方の面でもスマホっぽさが出てきていますよね。さすがにクルマは「2年縛り」とかそういうのはないにしても、リースだったり残価設定ローンだったり、もしくはカーシェアリングとか、単に買うのではない選択肢が増えました。

327_19

タブレットかと見紛うほど大型なタッチスクリーンパネルを装備するテスラ「モデルS」。スマートフォンよろしくワイアレスによるソフトウェアアップデートを通して進化し続けるユニークなスタイルを持つ

TALK SESSION:クルマの近未来を語る座談会 前編

201X年、不確かなクルマの近未来を語る(2)

先鋭的で挑戦的で斬新、それがいまどきの軽

塩見 具体的に印象に残ったクルマを教えていただきたいのですが、僕から先に言っちゃうと、つい先日乗ったスズキ「アルト」の、600kg台という車両重量がもたらす挙動に感心しました。近頃は軽自動車も安全装備、快適装備が充実していることもあって軽くても700kg台、800kg台、なかには900kg台というモデルもあります。そんななかで、だいたい80年代の軽自動車の平均的な車重である600kg台で出してきたのは、それだけで評価したいですね。実際よく走るんですよ、これだけ軽いと。これならターボじゃなくてもいいかなと思わせます。

327_12

2011年の登場以来、ホンダのトールワゴン型軽自動車の顔となった「N-BOX」

327_19

N-BOX本来の特徴であったハイルーフに逆行するような形で、2014年12月に登場したロールーフモデルの「N-BOX SLASH」

渡辺 クルマの性能を向上させるうえで、得るものばかりで失うものがないのは軽量化だけだからね。だからこそ大変で、コストもかかるんだけど。ただ面白いのは、スズキは、クルマを軽くして、燃費を上げて、環境保護に少しでも貢献……なんてことは多分あまり考えてなくて、目方を減らせばクルマを安くできるんだからとにかく努力して軽くせよ! という号令のもとにできあがったのがアルトだと思う(笑)。

塩見 鈴木 修会長の著書にもありますよね。なんだかんだ言ってクルマの価格は大部分を占める鉄の量で決まる“グラムいくら”の商品だから、軽くすれば安く売れると。まあ軽量化はクルマ全体にとってこの先さけて通れない道なので、目的がどうあれアルトは偉いと思います(笑)。いっぽうで軽自動車なのに小型車よりしっかり作りこまれたホンダの「Nシリーズ」もすごく売れていて、アルトとは対照的で面白いです。「N-BOXスラッシュ」なんかわざわざ背の高いN-BOXをつくっておいて、その屋根を切って低くするという、行って来い的な、悪ノリ一歩手前的のクルマもありますし。

327_12

「ガソリンスタンドが減り続ける地方で、燃費の良い軽自動車はますます重宝される存在になる」と語る小川フミオ氏(右)

327_19

「N-BOX SLASH」にオプションとして設けられた、1960年代のダイナーレストランを彷彿とさせる「ダイナースタイル」をまとったインテリア

渡辺 まったく近頃は軽自動車のほうが先鋭的で挑戦的で斬新だね。

塩見 はい。サイズや排気量に縛りがあったほうがいろいろな工夫が生まれるというのは、いかにも日本的だし、どこかガラケー的でもありますよね。あれは別にサイズを制限されているわけではありませんが。

小川 細かいこと言うようだけれど、軽自動車のドラミラーのデザインだけはなんとかしてもらいたいね。軽自動車に限らず、日本車のミラーのデザインはひどくて損していると思う。軽自動車は小さいから特にそれが目立つ。ただ全体的には近頃の軽自動車はいいなと思わせるよね。燃費が次世代車並みの30km/ℓを超えるモデルもあって、ガソリンスタンドがどんどん減っている地方で、軽自動車はますます重宝されるよ。

TALK SESSION:クルマの近未来を語る座談会 前編

201X年、不確かなクルマの近未来を語る(3)

現在の職業の50パーセントがなくなる未来

渡辺 今後もっとガソリンスタンドが減ったら、地方でも電気自動車のほうが使いやすい時代がくるでしょうが、その時の電気自動車のライバルは、ハイブリッド車でも燃料電池車でもなく、軽自動車かもしれません。

塩見 現状では新車の4割を軽自動車が占めるわけですが……。

渡辺 遠からず5割いくんじゃないかな。

塩見 昔は軽自動車=ベーシックなクルマでしたけど、軽市場が大きくなって、軽のなかに豪華な軽と簡素な軽というジャンル分けもできてきましたよね。

327_12

スズキの新型「アルト」のインテリア。カーナビはスマホで完結させるオーナーも増え、最近は、軽自動車にモニター画面は付いていても、カーナビソフトは入っていないことも多い

327_19

「電気自動車のライバルは、ハイブリッド車でも燃料電池車でもなく、軽自動車かもしれない」と渡辺氏

小川 この軽自動車市場拡大の動きは、IT業界に何か影響を与えたりはしませんか?

石川 うーん、どうでしょう。ITが軽自動車に与えた影響でいえば、最近はスマホの地図アプリがすごく充実していて、カーナビとしても十分に機能するので、せっかく安い軽自動車にわざわざ高いカーナビを装着する必要がなくなってきてますよね。

渡辺 確かに。最近は軽自動車にモニター画面は付いていても、カーナビソフトは入っていないことも多くて、スマホを接続してスマホのカーナビ機能をモニターに表示させて使うモデルも少なくないですもんね。本来、販売店にとってカーナビというのはぜひとも装着してもらって儲けなきゃいけないオプションですから、スマホがカーナビ代わりになるのはうれしくないのでしょうが、軽自動車はいち早くそれを取り入れましたね。

石川 もはやクルマはモニターとスピーカーさえ付けといてくれれば十分です。

塩見 カーナビが普及しはじめた頃、まさか将来電話がカーナビの代わりになるなんて想像もしませんでした。先のことを予想するのは難しいですね。

小川 難しいよ。だって、20年後だったかな、現在の職業の50パーセントがなくなるって予想もあるくらいでしょ。

TALK SESSION:クルマの近未来を語る座談会 前編

201X年、不確かなクルマの近未来を語る(4)

メーカーからサプライヤーへ転身するソニー

塩見 石川さんにお聞きしたいのですが、クルマがどんどんITを取り入れて進化しつつあるという流れがありますけど、IT業界の方からもクルマに近づいてきている雰囲気を感じます。グーグルやアップルがクルマを開発しているといった報道も出ていますよね。そういう動きはあるんでしょうか?

石川 ありますね。それこそカーナビの部分をグーグルが飲み込もうとしていますし、アップルも「CarPlay」でクルマのインフォテイメント系全般を担う気満々です。で、自動車メーカーはそうした動きに対抗するのではなく、積極的に協調していますよね。取り込もうとしているのか取り込まれているのか。いまやiPhoneでもアンドロイドでも、差し込んで使えるクルマがほとんどです。極端な言い方をすれば、スマホ屋さんはもはやクルマを出力端子のひとつと考えているのではないでしょうか。

327_12

ITジャーナリストの石川氏。「自動車メーカーは、グーグルやアップルのOSを使いながらも、独自のユーザーインタフェースで差別化を図るのかもしれません」と、いまの状況を語る

327_19

フォルクスワーゲンは今年1月のCESで、「Android Auto」(グーグル)や「Car Play」(アップル)と接続できる「コネクティド ゴルフ」を発表。年内にも北米とヨーロッパで導入していくという

塩見 なるほど。いつか自動車メーカーがIT企業に牛耳られてしまうのでしょうか?

石川 ある部分、ある程度はそうかもしれません。スマホ自体の成長は鈍化しているので、クルマに活路を求めているというのもありますし。今年のCESで、確かVWだったと思いますが、車内で乗員が何かしらの動作をすると、車内のカメラなりセンサーなりがその動作を読み取って、例えば音楽の再生が始まるといった仕組みが紹介されていましたが、自動車メーカーは、グーグルやアップルのOSを使いながらも、独自のユーザーインタフェースで差別化を図るのかもしれませんね。

塩見 やはりプラットフォームというかOSをもっているところは強いんですね。

石川 IT系のサプライヤーにとってもクルマは大事なお客さんなんです。ソニーは今カメラモジュールに力を入れていて、いろいろなIT製品に採用されています。スマホ全体の4割くらいがソニーのカメラモジュールを使っていますが、スマホの伸びにも限界がありますから、今後はクルマの車内外に装着するカメラなどに力を入れるはずですね。

塩見 クルマ業界以上に、日本企業がメーカーからサプライヤーへ転身して活路を見出しているということですね。

石川 そうですね。シャープは形を変えられる液晶画面を開発していますが、それなんかもクルマのあちこちに活用できそうですしね。

327_12

VWは今後、一連の駐車作業をクルマに記憶させることで、ドライバーはクルマから離れても、リモートコントロールデバイスやスマートフォンなどで確認しながら入出庫させる技術の確立を目指すとしている

327_19

眼鏡メーカー「JINS」は、3点式眼電位センサーを搭載する次世代メガネ「JINS MEME(ジンズ・ミーム)」を用い、デンソーと共同し運転サポート技術の研究を進めている

塩見 さっき出力用に車載モニターは残ると話しましたが、フロントガラスにすべての情報を映し出す時代も遠くないかもしれません。

小川 メガネの「JINS」は、メガネにコンピューターを組み込んで、レンズに情報を映すようなことを考えているよ。情報を映すだけでなく、目の動きを読み取って居眠り運転を防いだりということも考えているみたいだね。グーグルグラスのようなものかな。居眠り運転防止などを目的に掲げれば商品化に際しても認可がおりやすいから、まずはそれ目的でということなのかもしれないね。

石川 身につけていれば、目の動きだけじゃなく頭の動きもわかりますからドライバーがウトウトするのを検知できますからね。

塩見 最終的にはコンピューターを体内に埋め込む時代ですか。

石川 貼り付けて使うコンピューターくらいは十分考えられます。ただ、グーグルグラスが現時点では失敗だと判断されつつあるんです。カメラが付いているので何かとプライバシー問題が出てくることも考えられ、それが普及を妨げているということもあるのでしょう。

TALK SESSION:クルマの近未来を語る座談会 前編

201X年、不確かなクルマの近未来を語る(5)

ニトリかイナバ物置か、それともウェイクか

小川 軽自動車に話を戻しますけど、ここまできたかという感じだね。

塩見 4割ものシェアは、一度軽自動車を買った人が普通車に戻っていかないということじゃないでしょうか。「これで十分じゃん」と。

渡辺 僕が5割に達すると予想した根拠は、人口減と高齢化なんですよ。高齢者は大勢乗せないし、飛ばさないから、軽自動車で十分という人が多いから。

327_12

室内天井には釣り竿を収納することもできるダイハツ「ウェイク」。既存のカテゴリーにはない独自のクルマ開発が活発な昨今の軽自動車マーケット

327_19

ロードバイクも2台分、折りたたむことなく飲み込む「ウェイク」の収納スペース

塩見 1990年代に軽自動車のスポーツカーが何種類も出ました。ホンダ「ビート」、スズキ「カプチーノ」、マツダ「AZ-1」……。あれらはいま思えばバブル時代が生んだ“ノリ”という感じがしますけど、今回の2代目ダイハツ「コペン」や今度ホンダが出した「S660」などは、流行りすたりではなく、巨大化した軽自動車市場のいちジャンルとして定着するのかもという気もします。

小川 売れ筋はどんなモデル?

渡辺 長らくスズキ「ワゴンR」やダイハツ「ムーヴ」などのいわゆるトールワゴンが主流だったのが、もっと背の高いダイハツ「タント」やホンダ「N-BOX」などのスーパートールワゴンへ移行しつつありますね。

小川 やはり日本だと軽自動車もミニバン化していくわけだね。

渡辺 そうですね。

塩見 14年末にダイハツがタントやN-BOXよりさらに背の高い「ウェイク」というモデルを出しました。

渡辺 あれは強烈。辛うじて倒れない(笑)。というか、倒れないように足をとにかくかためているから乗り心地はよいとは言えないね。でもああいうハチャメチャな企画を通して売り出すところに、いまの軽自動車の勢いを感じるよね。

327_12

ホンダ「ビート」の現代版としてついに発売が開始された「S660」。ミニバンから本格スポーツモデルまで、軽自動車のラインナップはこれまでにないバラエティに富んだ時代を迎えている

塩見 ダイハツとスズキは何十年も熾烈な販売競争を続けています。どちらかが、あたらしいジャンルを開拓したら、そのライバルを出すといったことを繰り返して。だから夏頃にはウェイクより数ミリ背の高いモデルを出すかもしれません。

小川 もう立って運転するモデルが出たりしてね。

渡辺 それに近い世界がありますよ。車内を見渡したらニトリかイナバ物置かという感じです。

塩見 OPENERSの記事が軽自動車に終始してもマズいので、白いナンバープレートのクルマも語っていただきたく思います。


01

小川フミオ|OGAWA Fumio
自動車とカルチャーを融合させた自動車誌「NAVI」編集部に約20年間勤務。編集長を務める。「モーターマガジン」、グルメジャーナリズムの「アリガット」の編集長を歴任し、現在はライフスタイルをカバーするフリーランスのジャーナリストに。「GQ」(コンデナストジャパン)「UOMO」(集英社)「LEON」(主婦と生活社)「ENGINE」(新潮社)など、多くのマガジンやウェブサイトに寄稿。

02

渡辺敏史|WATANABE Toshifumi
福岡県生まれ。企画室ネコ(現在ネコ・パブリッシング)にて二輪・四輪誌編集部在籍ののちフリーに。「週刊文春」の連載企画「カーなべ」は自動車を切り口に世相や生活を鮮やかに斬る読み物として人気を博し、連載終了後にCG BOOKより上下巻で書籍化された。このほか、「MEN’S EX」「UOMO」など多くの一般誌でも執筆する。

03

石川 温|ISHIKAWA Tsutsumu
東京都出身。「日経TRENDY」にて編集記者として活躍。当時、爆発的な普及をはじめた携帯電話を得意分野とし、後に携帯ジャーナリストとしてフリーに。またテレビ東京系「TVチャンピオン」ケータイ電話通選手権に出場し、準優勝に輝くという経歴を持つ。現在は、さまざまなテレビ番組から雑誌まで、幅広い媒体で活躍する。

04

塩見 智|SHIOMI Satoshi
岡山県岡山市出身。関西学院大学卒業後、山陽新聞社入社。地方紙記者となるも自動車雑誌編集者への憧れを捨てきれず上京。「ベストカー」編集部、「NAVI」編集部を経て、2010年よりフリーエディター/ライター。


Talk Session|クルマの近未来を語る座談会 後編→

           
Photo Gallery