ART|写真家ホンマタカシ インタビュー|『第7回恵比寿映像祭』で探る写真と映画の中間にあるあらたな可能性

ART|写真家ホンマタカシが、新作インスタレーションを『第7回恵比寿映像祭』に出展

ホンマタカシ『最初にカケスがやってくる』2015

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ART|新作インスタレーションを『第7回恵比寿映像祭』に出展

写真家ホンマタカシ インタビュー(1)

2月27日(金)から東京・恵比寿で映像芸術の祭典『第7回恵比寿映像祭』が開催される。「惑星で会いましょう」というテーマのもと、さまざまな“視点”を持つ映像作品を通して複層化する世界を再発見する手がかりを探る。あたらしい映像体験を提案する作品のひとつとして注目したいのが、写真家ホンマタカシさんの新作インスタレーションだ。『最初にカケスがやってくる』は、彼が数年にわたり追いつづけているテーマ、知床半島の鹿狩りをモチーフに、部屋の四方に映す大型スクリーンと音で、人間に内在する野性を浮き彫りにしようと試みている。「鑑賞者にどう受け取られるかが楽しみ」と発表を待ち望むホンマタカシさんに、お話をうかがった。

Photographed (portrait) by SUZUKI KentaText by MAKIGUCHI June

「真実ってひとつなのか?」という思い

――映像が映し出す鹿狩りの痕跡、そこに集まる野生動物たち、暗転するスクリーン、猟師たちの声や銃声に囲まれていると、別の世界、遠いところまで来たような不思議なトリップ感と臨場感に圧倒される。そもそも、知床の鹿狩りを追うプロジェクトをはじめたのは、なにが契機だったのだろう?

直接的なきっかけは、アメリカの映像作家マイク・ミルズとやっている『Together : Wildlife Corridors in Los Angels』というリサーチプロジェクト。大型の野生動物がロサンゼルスの街中まで来ているという現実のを、彼の文章と僕の写真で見せるんです。それが視点的にも面白かったので、自分の周り、日本の中でもなにか撮れたらいいなと考えて。縁あって知床に行ったときに、鹿が増えすぎていて深刻な問題を引き起こしていると聞き、撮りはじめたんです。

最初は写真作品『Trails』を作りはじめました。そのとき、鹿がたくさん倒れているところや猟師のポートレイトを撮るのか、そこから距離を置いた視点を持つのかを考えました。そこが表現の難しいところで。結局、雪上の血痕だけの作品にして1回目は終わりましたが、やはり引っかかりがあって、映像もやってみようということになったんです。

――今回、都会的でスタイリッシュな作風をもつホンマさんと、野性や自然という繋がりを新鮮に感じる方も多いことだろう。

起きていることをどうやったら自分の問題にできるか、常に考えているんです。鹿が増えているのは日本中の問題。そこで鹿狩りをやる。一方で、その肉が無駄になっているという現実もある。いまは都内のビストロでも鹿肉が食べられるようになりましたが、安定供給のルートが整っていないんです。鹿を狩猟して食すまでを見ていると、かわいそうだなと最初は思うんだけれど、それは豚や牛も同じ。という風に、いくらでも自分の問題になる。遠くに行って、遠くのものを綺麗でしょと提示するつもりも、都会と野性を対比して、野性ってこんなにもすごいんだと言いたいわけでもないんです。

ART|新作インスタレーションが『第7回恵比寿映像祭』に出展

ホンマタカシ『最初にカケスがやってくる』2015

ART|新作インスタレーションが『第7回恵比寿映像祭』に出展

ホンマタカシ『最初にカケスがやってくる』2015

――今回展示される新作は、最初こそ、まるで別世界に来たように感じさせるが、やがて人間も食物連鎖の一部であること、かつては自然界の住人だったことにも気づかせてくれる力がある。

映像祭2日目にドキュメンタリーバージョンもトークとあわせて参考上映するのですが、それはもうちょっとその問題がわかるような構成になっています。実は知床の話を映像化することに、葛藤があったんです。1本の映画にしたときは、説明できる自由さと解釈の幅を狭める不自由さを考えた。今回のように4面インスタレーションにして、現場にいる感覚に近づければ、ただ“これが野性だ”と片づけられちゃう可能性もあるから、もっと説明しなきゃいけないのかとも考える。ただ、今回はインスタレーションもドキュメンタリーもお見せできますから、ぜひ両方観てもらいたいです。

――ひとつのテーマをさまざまなメディアを駆使して表現する理由は、それぞれの特徴を活かしながら、ものごとを多角的に捉えるためなのだろうか。

「真実ってひとつなのか?」という思いがあるんです。たとえば、今ここでコップが倒れたとして、僕が見ている水のこぼれ方と、他の人が見ているこぼれ方では違うと思う。事実はひとつだけれど、見え方で変わるものがある。今、そういうことに興味を持っています。

――特性の違う表現手法を使うことで、表現する側と観る側のいずれもが、ある事実の違った側面を発見できる。それは、ひとつの事実から見えてくるものの可能性を広げることでもある。そういう意味で、今回の新作は音の使われ方も興味深い。

写真と映像の大きな違いのひとつが音。音と映像は同じぐらい重要だと考えていて、映像を補完する意味とか効果音ということで音を捉えているわけではないんです。音から作品づくりをはじめることもあるぐらい。今回は、スクリーンが暗転して音だけが響く時間もあります。音の力を感じさせる構成ですが、むしろ、そこが今回は一番やりたかったことですね。

――写真家としてホンマさんを知る人にとっては、ある意味で衝撃的な発言だ。

写真のイメージが強いかもしれませんが、実際は表現全般に興味があるだけなんです。最初のころは、こんなの写真じゃないとか、写真っぽくないとか作品についてあれこれ言われました。写真と映画みたいなジャンル分けがあるとすると、インスタレーションでその中間のようなものもやりたいと思っていて。暗転も、映像の人からすると不思議かもしれないけれど、写真の人からすると、スライドショーで一回一回ガチャンガチャンと暗くなる感覚が普通にある。だから、その中間にあらたな可能性があると思っているんです。

いまもCoSTUME NATIONAL青山旗艦店で、インドのチャンディーガルの都市計画の映像インスタレーション『Chandigarh』を見せていますし、ほかにもふたつぐらい、すでに撮ってる映像の素材があるので、今年は勝手に1年を通してホンマタカシ映像祭をやろうかと思っています(笑)。選ぶテーマについては、映像でなにができるかという思いから逆算している感じですね。インドの都市計画、鹿狩り、スリランカのリゾートホテル、飴屋法水さんの舞台『教室』といろいろ。つまり、映っているものがテーマじゃないんでしょう。今お話しした4作品を観てもらえれば、僕がやりたいことをわかっていただけると思います。