連載エッセイ|#ijichimanのぼやき 第6回「かつてバブル期を彩った華やかな街・赤坂」

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき 第6回「かつてバブル期を彩った華やかな街・赤坂」

#ijichimanのぼやき

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき

第6回「かつてバブル期を彩った華やかな街・赤坂」

「ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」のボードメンバーの伊地知泰威氏の連載では、究極に健康なサンシャインジュースと対極にある、街の様々な人間臭いコンテンツを掘り起こしては、その歴史、変遷、風習、文化を探る。第6回は、老舗の料亭やレストラン、一流ホテルが立ち並ぶ街、赤坂を紹介する。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

オフィスが建ち並ぶビジネスの街に生まれ変わった高級繁華街

子どもの頃——。大人になると、クリスマスや誕生日には夜景が一望できる高層ホテルの高級レストランでディナーをして、淡いブルーのボックスに入ったアクセサリーをプレゼントするのが、恋人との規定演技になるものだと勝手に思っていた。

その高層ホテルとは、おそらく、わりと自然に「赤プリ(赤坂プリンスホテル)」をイメージしていた。赤プリは紛れもなくバブルの代名詞であり、赤坂はバブルの象徴だった。

バブルを経験していないボクらの世代でも、20代の頃に“小金”を持った友人がちょっとしたバブル感を味わうべくパーティをしたのは、赤プリだった。しかし、その赤プリは2011年に閉館。今その跡地は、オフィス、ホテル、住居、飲食が一体となった巨大モール「東京ガーデンテラス紀尾井町」に姿を変えた。

#ijichimanのぼやき 赤坂

かつて政財界の重鎮たちの“料亭政治”の舞台となった料亭も、最盛期には赤坂に50軒以上あったというが、近年「口悦」や「金龍」といった誰もが聞いたことのある老舗が閉店し、現在は4、5軒程度となってしまったという。けれど、その赤坂で、「ホテルニューオータニ」は依然際立つ存在感を放って君臨している。

#ijichimanのぼやき 赤坂

東京オリンピックの外国人来訪者のための宿泊施設の確保の要請を政府から受けた、時の大谷重工業社長である大谷米太郎氏が1964年に開業した、帝国ホテル・ホテルオークラと共に日本のホテル御三家と称されている、言わずと知れた名門ホテルだ。

#ijichimanのぼやき 赤坂
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フランスで1582年に誕生した最高級レストラン「トゥールダルジャン」の世界で唯一の支店には誰しも「いつか行きたい」と憧れ、最近では、夏の「ナイトプール」や厳選された素材だけで作る「パティスリーSATSUKI」の極上のケーキが揃うスーパーシリーズが大人気だ。

ただ、ボクの中でホテルニューオータニと言えば、巨大なアーケード街。そもそもホテルニューオータニはザ・メイン、ガーデンタワー、ガーデンコートの3つの棟からなる。ザ・メインとガーデンタワーを結ぶ「ロビィ階」とザ・メインの地下にあたる「アーケード階」がそれだが、なんせ迷う。赤坂見附駅の正面から入るとアーケード階に行くまでに5分程度はかかるのである。

紀尾井坂の入口から入ればすぐだが、むしろここに来たら迷いたい。ファッションやジュエリーのブティックからギャラリーやサロン、喫茶店から豚カツ屋、蕎麦屋、焼鳥屋まで揃うその道を楽しみたいのだ。

#ijichimanのぼやき 赤坂

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しかし、一流と言われるホテルで焼鳥屋までを設えているのはおそらくここくらいではなかろうか。

その焼鳥屋は、本店京橋は大正10年が創業という老舗「伊勢廣」。奇をてらわず正統派で王道。備長炭の香りが香ばしく、安直な表現をすればふわふわでジューシー。そんな絶品焼鳥重と奥深い旨みの鶏スープが、焼き場を臨むカウンターで昼から頂ける。これが最高のランチになるのだ。

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さらに時間と心にゆとりがあるなら、広大な日本庭園に寄らない理由はない。加藤清正の下屋敷としての始まりから400年以上の歴史を持った約1万坪の日本庭園は、東京名園のひとつだそう。初夏に訪れれば青々とした木々から舞う露も香り、心を和ませることができる。

#ijichimanのぼやき 赤坂

ちなみにボクは20代後半の頃の約3年間、赤坂が勤務地だった。当時はPR会社に勤めていた。今とは時代も違うから、毎日夜な夜な、時々頻繁に朝まで企画書を書きまくっていた。だから残念なことに、絶品の焼鳥重も初夏の露の香りも知る由もなかった。とはいえ、仮に知っていたところで、それを味わう時間の余裕も心の余裕もなかったのだが。

ボクが会社を辞めて赤坂に勤務しなくなった頃、確か2014年、豊川稲荷隣のKタワーにできた「東洋軒」は一度は行っておきたい店だ。

オープン当時、あの「NARISAWA」の成澤由浩シェフが総料理長を務めるということで相当話題になっていたけれど、そうでなくても本家東洋軒はそもそも明治時代の1889年に創業した日本の洋食文化の草分け的存在である。

#ijichimanのぼやき 赤坂

クリームコロッケ発祥の店だそうだ。1889年は大日本帝国憲法が公布されて日本が法治国家になった年と考えれば、いかに歴史深いかがわかる。

その歴史性がシンプル且つモダンに昇華された洋食は、王道でありながら軽快。心にゆとりがある日に味わいたい一食である。

ところで、心にゆとりがなかった赤坂に勤務していた当時、よく食べていたのは酢辣湯麵だった。これは昼夜問わずよく食べた。

「榮林」は酢辣湯麵の発祥と言われている店である。意外にも酢辣湯麵は中国にはないらしい。榮林のまかない料理として生まれたものが端緒で、それが広まって今に至るという。榮林は昼時混んでいるから、PM1:00頃に行くのがいいだろう。

#ijichimanのぼやき 赤坂
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ボクは、酢辣湯麵はそのお店の味の良し悪しが顕わに出ると思っている。ラーメンやチャーハンが不味い店はあまりないが、酢辣湯麵が不味い店は露骨にわかりやすい。

痛い辛さと痛い酸っぱさをただ同時に口に入れているだけの感覚になるからだ。しかし、もちろん榮林のそれは美味しい。爽やかな辛さと柔らかな酸っぱさ。旨みがあってとろみも絶妙。スープも全て飲み干せて、食べた後はじんわり汗がにじむ。充足感と爽快感を存分に味わえる。

夜の酢辣湯麵は「揚州商人」だった。関東に十数軒と展開するチェーンだが、侮ることなかれ。高いレベルで安定しているのだ。

#ijichimanのぼやき 赤坂
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行くのは決まってAM1:00頃。仕事に没頭して終電をなくし、果てはナチュラルにハーフデイクレンズ(断食)もどきをしていることに気付いた時。翌日があるから焼肉を喰いに行く気力も時間もないけど何も喰わないのはちょっと……という時に何度行ったことか。

榮林に比べたらジャンク。しかし夜中は少々ジャンクな方がいい。その強めに効いた旨みとふわふわの優しい溶き卵が、溜まった疲労と鬱憤を開放させてくれた。

当時、会社から至近にあった「豊川稲荷」は、癒しのランチスポットだった。正確に言えば、豊川稲荷は愛知県豊川市の妙厳寺を指すらしいから、ここはその唯一の直轄別院である「豊川稲荷東京別院」だ。

#ijichimanのぼやき 赤坂
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一般的に稲荷と言うと“狐を祀る神社”を想像するが、ここは寺だそう。大岡越前公が信仰していた豊川稲荷の分霊を祀り、明治20年に赤坂一ツ木の大岡邸から現在地に移転。明治以降、料亭街として栄えた赤坂だから、芸道を生業とする人々からの信仰が増え、今も芸能人やスポーツ関係者などからの信仰を集めることで知られるようになったのが、現在の豊川稲荷である。その敷地内にある「菊家」をよく利用した。

#ijichimanのぼやき 赤坂

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豊川稲荷には似たお店が3店連なっているが、菊家は一番入口側にある店である。500-600円という手頃な価格のうどんやそばでもてなしてくれる。+100円で茶飯も付く。

味はとてもシンプルでナチュラル。切り盛りしてくれるおばあちゃんたちはいつも優しくあたたかい。他に誰もお客さんがいなくても、そこに会話がなくても自然でいられるし、話しかければ相手をしてくれる。

“コミュニケーション能力”とか“人との距離感”とか、昨今よく言うけれど、忙しないとつい忘れてしまいがちなそれの本質が、ここにはある気がする。

だから今も赤坂に行くとふらりと立ち寄りたくなる。ここであんみつやみつ豆の甘さと優しさで一息つくのが、ボクにとっての安らぎの時間なのだ。

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さて、赤坂には和菓子の雄「とらや」、そして洋菓子の雄のひとつだと思っている「しろたえ」がある。とらやはもはや説明不要。1964年に建てられて2018年にリニューアルしたばかりの赤坂店は本店だ。リニューアルしてからまだ訪ねていないが、きっと昔と変わらない楽しい時間が過ごせるはずだ。

しろたえはその代名詞、レアチーズケーキが絶品。1976年の創業以来ずっと変わらぬレシピで作り続けているという。300円しない手頃な価格で見た目はやや小ぶり。男性には一見物足りなさそうなサイズだが、否、味わいはクリームチーズをそのまま口に入れたかのようなしっとりした濃厚そのもので、酸味が程よくまろやか。良質な素材でムダを削ぎ落として丁寧に作られた上質なスイーツを少々嗜む、という上品な塩梅が大人になった素晴らしさを実感させてくれる。

#ijichimanのぼやき 赤坂
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料亭街・花柳界として栄え、昭和終期にバブルを彩った赤坂の街に今その面影はなく、Yahoo!をはじめ多くの企業が拠点を構えるオフィス街になりつつある。時代と共に変化してきたというよりも、取り残されそうになりながらもなんとか時代についてきたという印象は拭えない。けれど、この先どのように時代が変わり、街が変わったとしても、その変遷と共に生きながら変わらずに愛される人や名店は残っていってほしい。

ホテルニューオータニ
住所|東京都千代田区紀尾井町4‐1
TEL|03-3265-1111(代表)

伊勢廣 ホテルニューオータニ店
住所|東京都千代田区紀尾井町4-1 ザ・メイン アーケード階
TEL|03-3221-4101
営業|ランチ  11:00~14:00
ディナー 17:00~21:30 無休

赤坂 榮林
住所|東京都港区赤坂3-16-2
TEL|03-3583-0171
営業|平日 11:30~14:30 17:30~22:00
土祝 11:30~14:00 17:30~21:00
日曜定休

揚州商人 赤坂
住所|東京都港区赤坂3-17-8 都ビル1F
TEL|03-3583-2544
営業|11:00~28:30 無休

菊家
住所|東京都港区元赤坂1-4-7
TEL|03-3408-2363
営業|9:30~16:30 無休

伊地知泰威|IJICHI Yasutake
株式会社サンシャインジュース 取締役副社長 1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に従事。その後PR会社に転籍し、PR領域からのマーケティング・コミュニケーション・ブランディングのプランニングと実施マネージメントに従事。30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」を立ち上げ、現職。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman