連載エッセイ|#ijichimanのぼやき 第5回「江戸から受け継がれた歴史ある街・浅草」
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2019年5月22日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき 第5回「江戸から受け継がれた歴史ある街・浅草」

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき

第5回「江戸から受け継がれた歴史ある街・浅草」

「ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」のボードメンバーの伊地知泰威氏の連載では、究極に健康なサンシャインジュースと対極にある、街の様々な人間臭いコンテンツを掘り起こしては、その歴史、変遷、風習、文化を探る。第5回は、情趣のある食に溢れる浅草を訪れる。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

伝統ある文化を現代に受け継ぎ未来へ紡ぐ

浅草寺、花やしき、演芸ホール、ホッピー通り、さらに西側には合羽橋道具街、北側には吉原遊郭、そして東側にスカイツリーを構えるようになった浅草は、言わずもがな東京随一の観光地。

大化より前、推古天皇の時代に起源があるとされる都内最古の寺、浅草寺の門前町として始まったのが浅草だ。江戸時代には現在の蔵前に米蔵ができ、両国には商店が増え、米の仲介人である札差という商人が誕生する。

浅草は江戸で最も人や物や金が集まる場所となって栄えた。商人や武士が、吉原遊廓や歌舞伎座を借り切りして豪遊し、“粋”を競いあったのが、江戸っ子の粋・下町の庶民文化の背景だという。

#ijichimanのぼやき 浅草

#ijichimanのぼやき 浅草

そんな浅草にはボクも幾度となく遊びに行っているが、いまだ行きたい店すべてに行ききれず、これから行ってみたい店は山ほどある。そもそもボクにとって浅草は、“年始に来る場所”という付き合いからスタートしている。幼少期から今でも続く家族行事が、年始の浅草寺参拝。

#ijichimanのぼやき 浅草

雷門から仲見世を歩き、人形焼を買い、賽銭を投げ、おみくじを引き、花やしき通りに抜けて、食事をして帰る。これが年始の恒例行事となって長い。ただ、この行事を好例事として根付かせていくには、最後の食事が重要だったのである。家族全員を気持ちよく動かすために良質な食事は、各人の外発的動機付けとして欠かせない。

浅草は情趣のある食に溢れている。洋食の「レストラン大宮」、天ぷらの「中清」、どぜうの「駒形どぜう」「いいだや」、すき焼きの「今半」「ちんや」、浅草寺参拝が年始行事になり始めた頃は様々足を運んだ記憶がある。

#ijichimanのぼやき 浅草

どこも良かったが、やがて、ふぐの「三浦屋」に落ち着いた。花やしき通りから、ひさご通り商店街を抜けて、国際通りと言問通りのぶつかる辺りにある老舗ふぐ屋である。ふぐ屋だが気取ったところがない庶民的大衆酒場だ。

お通しからして、つぶ貝だったり、子持ち昆布やあん肝だったりと、酒飲みの心を煽るのが上手い。

ふぐは、霜降り、たたき、皮、スペアリブ、てっさ、白子焼き、てっちり、雑炊、そしてひれ酒で味わう。一年の景気づけという理由にかこつけて、最上のとらふぐを贅の限り楽しむのである。

#ijichimanのぼやき 浅草

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ふぐの後も余力があれば、「紀文寿司」でちょっとつまんで帰ってもいいし、ベタに「神谷バー」で、あるいはオーセンティックに「フラミンゴ」で一杯呑んで帰ってもいい。「ブロンディ」でコーヒーを喫んで帰ってもいい。

#ijichimanのぼやき 浅草

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#ijichimanのぼやき 浅草

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いずれにせよ、三浦屋に落ち着いてからこのコースはおそらく25年くらい変わっていない。元々は参拝がメインで食事はサブだったはずだが、最後の食事が“ふぐ”になってから主従の関係は完全に逆転した。いまやこれがないとわが家の一年は始まらないのである。

浅草には代々続いて、古くからの風情を残している店が多い。一方で時代の流れに乗って変化していく店、あるいは消えゆく店もある。

1861年創業の鰻屋「色川」はいまや多くの観光客が訪れているし、手塚治虫をはじめ多くの文豪が通った梅ダッチコーヒーの「アンヂェラス」は3月に閉店した。江戸時代創業で黒湯が人気の「蛇骨湯」も5月で閉店するというし、街の趣はここ10年くらいで一気に変わり続けている。

#ijichimanのぼやき 浅草

#ijichimanのぼやき 浅草

中でも、かつて東京一の興行地区として知られた浅草六区に昔の面影はない。がしかし、その六区に行くなら一回は足を踏み入れたい場所がある。「浅草ロック座」だ。

#ijichimanのぼやき 浅草

浅草ロック座は、終戦2年後の1947年8月15日に生まれた日本最古で最大手のストリップ劇場。ロック座のストリップを“性風俗”と捉えるか“文化的エンターテインメントショー”と捉えるかは人それぞれ。けれど、ある歌舞伎役者は、演劇の勉強のために幼少の頃から様々なショーを見せられてロック座にも連れられたというから、単なる性風俗の側面だけで捉えては勿体ない。

全国からトップクラスの踊り子が集い、衣装、技、照明、音響まで、あらゆる演出が磨き上げられて集結しているのがロック座のヌードショー。性的欲求でヌードが見たけりゃスマホでもPCでも開けばいい。今あえて劇場に足を運んで観る、その意義と刺激は想像以上に大きいかもしれないのである。

#ijichimanのぼやき 浅草

さらに、ロック座から100mくらい先にある「スマートボール三松館」も面白い。ふらふら歩いていると気づきにくいが、場外馬券売場WINSの前でひっそりとクラシカルな空気を醸成している店がそれ。どうやら都内唯一スマートボールで遊べる店だとか。

縁日に行くと500円で10球くらいしか遊べないが、ここでは300円でたっぷり遊べる。

何球かわからないが、時間にして40分〜1時間は楽しめる。店内の飾り、席に着くともらえるセロハンに包まれたラムネ、ゴロゴロゴロという玉の音、全てがTVでしか見たことがない、自分が生まれる前の時代に来たような感覚。ちなみに、台は半分以上が壊れている。それもまたいい。

#ijichimanのぼやき 浅草

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三松館からひさご通り商店街に入り、パフェが有名な「フルーツパーラーゴトー」の対面にあるのが、老舗すき焼きの「米久本店」。“すき焼き”ではなく“牛鍋”と言うべきか。明治時代の文明開化とともに牛肉の美味しさが世に浸透し、消費が膨らみ高価になっていった時、大衆にも気軽に楽しめるようにと出されたのが米久の牛鍋だったそうだ。

#ijichimanのぼやき 浅草

#ijichimanのぼやき 浅草

昭和になっていつしか大衆的に“牛鍋”とは呼ばなくなり、ラグジュアリー感漂う“すき焼き”と呼ばれるようになったとか。そんな昔ながらの庶民の牛鍋を今も変わらず出してくれるのが米久。予約は取らないけど、すぐに入れるから心配ない。

年季の入った提灯と暖簾をくぐると、太鼓がドーンと鳴り響き入店を知らせる。座敷大広間に案内されると、当然メニューは牛鍋一本。ここで立て膝ついてかっ喰らうのである。そして喰ったらサッと出る。肉の美味さと一緒に気短い粋な江戸ならではの流儀も味わう。この大衆性に溢れた極上の牛鍋を一度食べたら、身構えて高級なすき焼きを食べに行くのが馬鹿らしくなってしまう。

腹が満足したら、汗を流して帰りたいもの。ひさご通り商店街を抜けて言問通りを渡ると、「曙湯」という銭湯がある。曙湯は、春は玄関の藤棚の彩りが美しい70年程続く宮造りの銭湯だ。歴史は深いが数年前に改修されているから清潔感があって、天井が高く開放感に溢れている。

#ijichimanのぼやき 浅草

#ijichimanのぼやき 浅草

富士山に浅草寺とスカイツリーが描かれた壁画に囲まれて、地元の方々とのんびり湯に浸かる。ちなみに湯は44〜45℃と熱め。熱い湯で疲れを癒していると、常連さんが浅草界隈のいい湯の銭湯、いい酒場を教えてくれる。

国際通りの西側、言問通りの北側に渡れば、その表情は昔のままだが、街の中心は開発が進んでいる。観光を資源にしているが故にそれに迎合し過ぎてバリューを失いつつある場所があったり、観光の受け皿となる施設を作るためにそれを支える観光コンテンツをつぶしたり、昔と今が絶妙に融合しているとは言い切れない。けれど、ひとつひとつに江戸から受け継がれた町人文化・商人文化は深く息づいているし、これからもそれを紡いでいくだろうと思う。これほどまでに興趣が尽きない街は他にない。

三浦屋
住所|東京都台東区浅草2-19-9
TEL|03-3841-3151
営業|12:00-21:30
定休|4月~7月 毎週水・木曜日
8月 1ケ月休業
9月 毎週水・木曜日
10月 毎週水曜日
12月31日~1月2日

浅草ロック座
住所|東京都台東区浅草2-10-12
TEL|03-3844-0693
営業|一回目公演 : 13:00-14:40
二回目公演 : 15:00-16:40
三回目公演 : 17:00-18:40
四回目公演 : 19:00-20:40
五回目公演 : 21:00-22:40

スマートボール三松館
住所|東京都台東区浅草2-9-13
TEL|03-5426-2027
営業|土日祝のみ 12:00-19:00 ※早めに閉店になる場合もあり

米久本店
住所|東京都台東区浅草2-17-10
TEL|03-3841-6416
営業|12:00-21:00 水曜定休

曙湯
住所|東京都台東区浅草4-17-1
TEL|03-3873-6750
営業|15:00−25:00 第1・第3金曜定休

伊地知泰威|IJICHI Yasutake
株式会社サンシャインジュース 取締役副社長
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に従事。その後PR会社に転籍し、PR領域からのマーケティング・コミュニケーション・ブランディングのプランニングと実施マネージメントに従事。30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」を立ち上げ、現職。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman

           
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