新連載|POGGY’S FILTER|vol.1 VERBALさん(前編)

新連載|POGGY’S FILTER|vol.1 VERBALさん(前編)

POGGY’S FILTER

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UNITED ARROWS & SONS(ユナイテッドアローズ&サンズ)のディレクターとして、日本国内のみならず、アメリカやヨーロッパなどワールドワイドに活躍し、今や世界のファッションシーンを牽引する存在でもある、小木“POGGY”基史氏。昨年、ユナイテッドアローズ&サンズの業務と兼任しながら、自らの会社を立ち上げ、ビジネス的にも新たな道へ進み出した彼が、今、興味を持つ様々な人たちから話を伺う対談連載をスタートする。その第1弾の対談相手として選んだのが、アーティスト/プロデューサーとしてm-flo、TERIYAKI BOYZ®、PKCZ®、HONEST BOYZ®の一員として活躍する一方で、自らCEO/クリエイティブディレクターを務めるブランド、AMBUSH®(アンブッシュ®)をパートナーであるYOONと共に運営し、音楽、ファッションの両面で最先端を走り続けているVERBAL氏だ。

Interview by KOGI “Poggy” MotofumiPhotographs & Text by OMAE Kiwamu

ボストンでヒップホップを知り、ファッションと音楽に目覚めた少年時代

POGGY 今、ラグジュアリーストリートの流れが世界のファッションシーンのメインになってきているわけですが、なぜこのムーブメントが起きているのかが、世の中にあまり伝わっていないと思っていまして。その中で、例えば日本でもいろんなことが起きていて、海外へも大きな影響を与えていたっていうことも、この連載では伝えられるようなものにしたいなと思っています。その記念すべき第一回は、昔からお付き合いさせていただいてるVERBALさんに、これまでのことであったり、ご自身のブランドのアンブッシュ®についてもいろいろと聞かせていただければと。どうぞよろしくお願いします。

VERBAL こちらこそ、よろしくお願いします。

POGGY 海外のアーティストの窓口的な役割を、日本ではずっとVERBALさんが担ってきてたような気がしています。その一方で、ファッションの重要性っていうものにも早い段階から気付かれていたと思うのですが、VERBALさんがファッションと音楽に目覚めたのっていつ頃からですか?

VERBAL 1985年、僕が10歳の頃、ボストン市内のサマーキャンプへ行ったのですが、そこで若い子たちがブレイクダンスをしていたんですよ。同じ年齢くらいの子達が肩にラジカセを持って、ナイキのトラックスーツを着て、ジャラジャラとジュエリーを付けていて、流れていた音楽がヒップホップで……と、全てがカルチャーショックでした。自分が格好良いって思えるものが、全部同時にスト〜ンって入ってきました。それが僕のファッションと音楽の始まりです。デンジマンのズック(靴)を履いてボストンへ行った僕が日本に帰って来る頃にはナイキのスニーカーを履いていました(笑)。

POGGY デンジマンからナイキ(笑)。90年代を経て、2000年代中盤くらいに、ファッションではThom Browne(トム・ブラウン)からアイビーの流れみたいなのが来ていた時がありました。トム・ブラウンってセレクトショップ系の人たちは着ていたと思うんですけど、ストリート系の人たちは全く知らないような存在だった時に、VERBALさんはトム・ブラウンをいち早くファッションとして取り入れてましたよね。しかも、他の人たちとはちょっと違う着こなしだったのを覚えています。どうやって、そういったブランドに目をつけたんでしょうか?

VERBAL 小学生でヒップホップを知って以降、ヒップホップやスケートファッションにハマッていきました。その頃のヒップホップのファッションって、Big Daddy Kane(ビッグ・ダディ・ケイン)やSlick Rick(スリック・リック)みたいに、ブランド物のプリントが入っているスーツに、ジャラジャラとチェーンを付けるっていう感じでしたよね。そういった、ハイソサエティなんだけども、ストリートなエッジがあるような、ちょっとハズした正装みたいな格好っていうのに昔から憧れていて。かつ、トム・ブラウンが作っていた、どこかちょっとパンクで、なんか様子のおかしいプレッピーな感じがすごいツボだったんですよね。これぞ自分の理想としている、品のあるエッジの効いた正装だなと思って、取り入れていました。

POGGY しかも、そこに大きなジュエリーを合わせたりもしていて。当時、そういう着こなしをする人ってほとんどいなかったと思います。ジュエリーってVERBALさんにとって、すごく大切なアイテムでしょうし、それで海外でも戦っていったと思うのですが、何でそういうのを作ろうと思われたのか、ブランドを始めたきっかけも含めて、改めてお聞かせください。

VERBAL 先ほど名前の出たスリック・リックやビッグ・ダディ・ケインもそうですが、80年代のヒップホップの人たちはトラックジュエリーと言われる、豚っ鼻(ピッグノーズ)のチェーンを使ったデッカいジュエリーをしていて。「こんなのどこで買うんだろう?」って、子供ながらに思っていました。音楽の仕事を始めた時に、改めてああいうのが欲しいなって思ったのですが、なかなか売ってるお店がないんですよね。売ってても、ちょっとデザインがベタすぎる。だから思い切って、自分でジュエリーのカスタムを始めてみたのがきっかけですね。最初はアメリカでカスタムしてみたんですけど、戻ってきたものがすごくダサくて(笑)。

POGGY (笑)

VERBAL そんな頃、たまたま自分がジュエリーを始めるきっかけになった、御茶ノ水でジュエリーショップをやっている職人さんとの出会いがありました。僕が「こんなジュエリーを作りたいんですよ」って言ったら、「じゃあ、一緒に作るの手伝ってあげるよ」って。それで自分の思いや、デザインを彼に伝えながら始めて、最初に出来たのがクラウン・リングですね。そこから、どんどんとエスカレートしていって、ウェアラブル・ポップアートみたいなテーマで、自分が着けるんだったら、アートを背負ってるぐらいな感じなものを作りたいなと思ってやっていました。

POGGY ブランドとしては、アンブッシュ®よりもAntonio Murphy & Astro®(アントニオ・マーフィー&アストロ®)のほうが先ですか?

VERBAL そうですね。もともと、アンブッシュ®はブランドじゃなくて、YOONとふたりでやっていたデザインチーム名なんです。ブランドを作る時に、アンブッシュ®って名前でやっちゃうと、そのままだなと思ったので、アントニオ・マーフィー&アストロ®というブランド名にして。結局、今はアンブッシュ®に戻ってますが。

POGGY 当時、たしか、Kanye West(カニエ・ウェスト)がVERBALさんのデザインしたネックレスをしてたと思うんですけど。カニエと会ったきっかけは、あのネックレスですか?

Page02. カニエ・ウェストとの出会いから、ジュエリーブランドの立ち上げへ