連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第18回『女は二度決断する』
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2018年10月16日

連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第18回『女は二度決断する』

連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ

第18回 自分の生きる世界の正体を知ることが変化を起こす力になる
『女は二度決断する』

今、幸せを感じている人は、自分の人生が何者にも脅かされていないという安心感も同時に抱いているのではないだろうか。幸せと安心というものは、きっと対になっている。だが、残念なことにこの世には不条理も存在している。いわれなき非難、過失なき喪失。世界は暴力に満ちているのだ。そんな不安と悲しみにさらされていないということは、なんという幸せだろうか。

Text by MAKIGUCHI June

痛いほどに価値観を揺さぶるヒューマンドラマ

映画『女は二度決断する』は、突然のテロにより最愛の家族を失った女性が下したあまりにも衝撃的な決断の物語だ。ドイツのハンブルグに暮らすカティヤは、在住外国人相手のコンサルティング会社を営むトルコ系移民の夫ヌーリと、愛息ロッコとの3人暮らしだ。ところがある日、ヌーリとロッコは爆破テロにより帰らぬ人となってしまう。

捜査過程で、ヌーリがかつて麻薬売買の前科があること、イスラム圏からの移民であったことなどから闇組織への関連を疑われ、カティヤは被害者である亡き夫を警察からまるで容疑者であるかのように扱われる。さらに、容疑者が捕まったものの、証拠不十分により無罪に。彼女を嘲笑うかのような犯人の行動、思うように進まない裁判が、喪失からくる悲しみに追い打ちをかけるかのように、カティヤを痛めつけるのだ。最愛の者たちを失った悲しみから癒えないカティヤは、思いもまとまらないまま容疑者たちを追う。

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観客は、彼女がある決断に至るまでの心の旅に、終始寄り添う。この作品がパワフルなのは、丁寧な心理描写により、衝撃的で受け入れがたい結末すら痛いほど理解させてしまうところだろう。カティヤを演じたダイアン・クルーガーが素晴らしいこともあり、常に自分だったらと問いかけ続けるうちに、心がヒロインと共鳴していき、観ているのが辛いほどだった。悲しみ、絶望、迷い、そして苦痛からの解放など、簡単には言い表すことのできないヒロインの複雑な思いを見事に象徴するエンディングに、胸が締め付けられるのだ。

これは、決して復讐の物語ではない。不条理な暴力に遭遇したひとりの女性の姿を通して、現代社会が抱える闇を浮き彫りにし、それと懸命に戦おうとする市民の様を描いたヒューマンドラマであり戦いの記録なのだ。

憎しみの連鎖を解決するには? 信念を貫くための無差別な暴力と、報復のための暴力とに区別はあるのか? 法律家ですら自分のクライアントを守るための手段として元犯罪者を差別するなら、法律で定められた罪と罰に何の意味があるのか?

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本作が繰り返し発してくるそれらの問いかけから、私は数日にわたって気持ちが離れなかった。あなたが今、これらに対する確固たる答えを持っていたとしても、果たして本作を観た後にも、自信を持って同じ答えを持ち続けることができるだろうか?

これらは人間の本質を暴いてしまう種類の問いだ。監督は、観る者の価値観を思い切り揺さぶってくる。暴力はいけない。罪人は法の下に裁かれるもの。被害者は守られるべきもの。そんな当たり前のことを信じられることが、どれほど幸せなことか。本作を衝撃だと感じることは、きっとある意味では幸せなことなのだ。だからといって世界で起きている不条理に目を背けるほど、私たちは無邪気でいていいのだろうか。光も闇も踏まえて、自分が生きる世界を知る。それは恐ろしいことだが、それのみが世界を良い方向へと向かわせる第一歩となるのだ。ファティ・アキン監督の挑発は、あまりにも痛みに満ちている。だが、痛みから目を背けず、正面から対峙することは、あなたの心に小さな、だが世界にとってはとても大きな変化をもたらすきっかけになることだろう。

★★★★★
観る者の価値観を揺さぶり、終演後も心が離れない。とてもパワフルなドラマ。

『女は二度決断する』
監督:ファティ・アキン
出演:ダイアン・クルーガー、デニス・モシット、ヨハネス・クリシュ、ヌーマン・アチャル、ウルリッヒ・トゥクール、ほか
提供:ビターズ・エンド、WOWOW、朝日新聞社/配給:ビターズ・エンド
©2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions, Pathé Production,corazón international GmbH & Co. KG,Warner Bros. Entertainment GmbH
2018年4月14日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー!

牧口じゅん|MAKIGUCHI June
共同通信社、映画祭事務局、雑誌編集を経て独立。スクリーン中のファッションや食、音楽など、 ライフスタイルにまつわる話題を盛り込んだ映画コラム、インタビュー記事を女性誌、男性誌にて執筆中。

           
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