米山庸二×中村獅童 特別対談「挑戦するということ」|M・A・R・S

M・A・R・S|米山庸二×中村獅童 特別対談「挑戦するということ」

「M・A・R・S」米山庸二 特別対談

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米山庸二×中村獅童 特別対談

挑戦するということ(1)

2016年に25周年を迎えた「M.A.R.S.(マーズ)」。それを記念して送るデザイナー米山庸二氏の対談連載。今回のゲストは、プライベートでも親交のある歌舞伎役者の中村獅童氏。常に新しいことへのチャレンジを続けながら、自らの手でその地位を切り拓いてきたふたりだけに、熱いお話が飛び交う対談となりました。

Photographs by ISHIBASHI MasahitoText by TOMIYAMA Eizaburo

小さい頃から、早く大人になりたかった

米山庸二さん(以下、米山) 獅童くんは6歳で日本舞踊を始めて、8歳で舞台デビューされて。しかも、一度は歌舞伎の世界を退いて、また戻られたり、中学ではロックバンドを組んだりもしていて。普通の人が経験していない人生ですよね。

中村獅童さん(以下、獅童) そうかもしれないですね。

米山 そこにはいろいろな葛藤があったと思うんですけど、これまでで一番モヤモヤしていた時期っていつだったんですか?

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獅童 常にモヤモヤしてますよ。でも、やっぱり中学とか高校くらいが一番かもしれない。いわゆる思春期の頃は、誰もがモヤモヤすると思うんです。

米山 それを晴らしてくれる存在がロックだったんだ。

獅童 小さい頃から大人に囲まれていたこともあって、ませガキだったから早く大人になりたくて。洋楽を聴けば大人になれるとか思ってたんですよ。学校も私服だったから、ファッションも好きで。当時はバンドブームだったから、流行りに乗ってバンドをやった感じです。

米山 いわゆる、イカ天世代ってこと?

獅童 そうですね。小学生の頃は、デュラン・デュラン、マドンナ、マイケル・ジャクソンとかが流行っていて。そういうポップスから入って、中学生のときに昔のローリング・ストーンズのMVを観て衝撃を受けたんですよ。彼らを通じてブルーズに出会ったり、いろいろ聴くようになりましたね。

コンサートも歌舞伎も、根底は同じだと思う

米山 ローリング・ストーンズは、一緒に観に行ったことがあったよね。

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獅童 あれはヒドイ話ですよ(笑)。2回目の来日かな、大変な思いをして横浜アリーナの前から3列目を取って。これまでにも米山さんとはロカビリーの話をすることが多かったから、当然ストーンズも好きなんだろうなと思って誘ったんです。そうしたら、案の定「行く!」ってふたつ返事だったのに、ライブ帰りの会話がイマイチ盛り上がらなくて。

米山 あははは。僕はロカビリーとかクラッシュは大好きだけど、ストーンズやビートルズは有名な曲しか知らないから(笑)

獅童 びっくりしましたよ。しかも、最初に行き先も間違えてね。

米山 あの日は、たまたま獅童くんが取材でうちの商品を着けてくれることになって。その帰りに突然、「ストーンズのチケットあるけど、これから行く?」って誘ってくれたから、そりゃあふたつ返事ですよ。しかも、甲本ヒロトさんと新横浜プリンスホテルのロビーで待ち合わせることになっていて。でも、何故だかナビの行き先を横浜プリンスホテルにしちゃったんだよね。

獅童 やっとの思いで横浜プリンスホテルに着いたら、「それは新横浜プリンスホテルです」って(笑)

米山 どうにか間に合って良かったよね。でも、獅童くんは演者さんだから観ているところが違うなぁ~って思った。あの照明はいいとか、あの移り変わりはすごいとか、全体を見渡している感じ。そういう感想を聞くと、さすが『あらしのよるに』を新作歌舞伎にアレンジしたり、座頭をこなしたりするだけあるなと思いましたよ。

獅童 客商売だから、昔から照明を見ちゃうし、お客さんも見ちゃう。そこを見て感動するんですよ。コンサートは5万人とか6万人の規模で、僕らは2千人程度とお客さまの数は違いますけど、ひとつの空間で同じ夢を見たり、泣いたり笑ったり。そういう意味で、根底は同じなんじゃないかと思うんです。そういう生身の人間のエネルギーを感じたとき、自分も頑張らなきゃとか、いい刺激を受けるんですよ。

米山 そもそも、小さい頃に歌舞伎役者になりたいと思ったのは、どういうところに魅了されたの?

獅童 憧れというか、仮面ライダーとかウルトラマンになりたいっていうのと同じですよ。ウルトラマンや仮面ライダーも好きだったけど、それと同じように歌舞伎があって。だから、お化粧をして舞台に立ちたいって自分から頼んだんです。

夢を諦めるか、自分で切り拓くかの選択なら、切り拓く人生のほうが楽しい

米山 音楽にもそれと似た部分があったの?

獅童 目立ちたいっていうのがあって。でも、子どもの頃から目立ちたがり屋なんだけど、引っ込み思案という特殊な性格で。

米山 それすごいわかる! 僕も目立ちたがり屋な部分がないわけじゃないんだけど、引っ込み思案のほうが勝っちゃう。だから、バンドをやっていたときも、ものすごい緊張してた。ちなみに獅童くんは、役者としてやっていくうえで、自分を奮い立たせてくれる作品って何かありますか?

獅童 音楽ではないですけど、そういった意味では役者の金子正次さんですかね。島から東京に出てきて、絶対に天下を獲ってやる、それまで都落ちはしないという夢を実現させた方で。しかも、映画『竜二』で数多くの映画賞を受賞したときには、すでにこの世から去っていた。その人生そのものがドラマチックですよね。自分で自分の道を切り拓いて、チャンスを掴むといった生き様に影響を受けました。あとは、矢沢さんの『成りあがり』。あれもチャンスを掴んで成り上がっていくという。

米山 熱いハートで闘ってきたんだね。

獅童 僕の場合は、子役の時に父が歌舞伎俳優を廃業していたので、後ろ楯がないこともあって「今後、主役をやるのは難しい」と言われちゃったんで。でも、そのまま夢を諦めるか、自分で切り拓くかといったら、やっぱり切り拓く人生のほうが楽しいじゃないですか。そんなときに、金子正次さんや矢沢永吉さんとか、自らの力で勝ち取った方たちの生き様は励みにもなったし、自分でもそうなりたいなって。そして、ローリング・ストーンズでも、甲本ヒロトさんでも、過去の栄光にすがらずに今を生きるロックだからこそ、彼らは懐メロにならない。だから、今に生きる役者でいたいし、胡座をかいたらそこで終わっちゃうのかなって。いつでもキャリアを捨てる覚悟は持っていたいなと思うんです。

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米山 すごくわかる。でも、キャリア捨てる覚悟って、いざとなると勇気がいることだよね。

獅童 過去にすがっちゃうと先に進めないというか、新しいものを作れないじゃないですか。作る必要もなくなるし。何故新しいことをやるのかといえば、古典を守りつつも「獅童ならではの歌舞伎」を追い求めたいから。それこそが、中村獅童という役者が生きている意味なのかなって。過去に評価されたことで安心してしまうと、違うことをするときにもっと勇気が必要になりますしね。

Page02. モノを創る人間は心はアナログでいないと感動を与えられない