連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「河豚」

<三浦屋:浅草>

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2022年10月5日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「河豚」

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき

第40回「河豚」

夏が終わって、あっという間に秋になり、そしてすぐに冬が来る。日本は春夏秋冬が明確で、気候だけではなく、咲く花や木々の色、収穫できる食材で四季の移ろいを感じることができる。食べて、飲んで、香って、見て、愛でて、季節の移ろいを愛しむのが日本の文化だ。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

日本人は昔から特に食の四季を大切にしてきた。それが“旬”。どれだけ養殖技術が発達してコールドチェーンが進化して“旬”のものが一年中食べられるようになったとしても、本来の刹那的な“旬”に得られる情緒的な価値は何にも代えがたいものがある。春は筍にふきのとうやタラの芽。夏は新子に鮎、鱧、岩牡蠣。秋になれば秋刀魚や松茸。冬は蟹、鮟鱇、クエ。そして何と言っても、河豚だ。河豚は美味い。「生魚は食えないが河豚だけは食えるし、むしろ好き」という友人がいる。それくらい、河豚は問答無用に美味い。
日本で食用許可されている河豚は、とらふぐをはじめ、しょうさいふぐ、まふぐ、ごまふぐなど約20種類。河豚は11月頃が“走り”で1月から2月頃に最もあぶらが乗ってくると言われているから、まさに“旬”はこれから来る。日本で河豚と言えば山口県下関が有名だが、下関は産地というより実は集積地。日本全国、海外も含めて数多くの河豚が集まってくる。また、豊臣秀吉の朝鮮出兵時に集まった武士が九州で河豚を食べて中毒死して以降河豚食は禁止になったが、明治時代に伊藤博文が河豚を食べて感動して河豚食を解禁にした地が下関。そんな歴史経緯があって、日本では河豚=下関となっている。
河豚は土地ごとにいろんな呼び名がある。下関から九州にかけては縁起を担いで「ふく(福)」と言い、河豚食文化が浸透している大阪では「たまに=偶に=弾に当たる」に掛けて「てっぽう(鉄砲)」と呼ばれる。河豚の刺身がてっさ(てっぽうのさしみ)、鍋がてっちり(てっぽうのちり)と呼ばれるのはそのためだ。河豚食が盛んな大阪は日本の消費量の約60%を占めているらしい。東京では超高級魚で食道楽でもなければ年に1回も食べないかもしれない河豚は、大阪ではもっと庶民的に親しまれている。ぼくの父は無類の河豚好きだが、若い頃転勤で大阪に住んだ時に魅了されたと言っていた。そもそも大阪は東京よりも価格感が手ごろだし、スーパーでも冬にもなればてっさが並ぶ。日本橋の黒門市場などに行けば、水槽から上げた河豚をその場で丸ごとさばいてくれたりもする。
あと河豚と言えば、大分県臼杵。わが父は大分に行くと三日三晩河豚を食べ、さらに自宅用にも買って帰ってくるくらいである。余談だが、臼杵で河豚屋に行くとてっさと一緒に肝が出てくる。カワハギを食べるときのように、これを醤油に溶いて頂くとまったりねっとりとして美味い。僕はてっきり臼杵は河豚肝が条例で許可されている特例地域だと思っていたが、自治体の方と話したらどうやらそうではないらしい。となると、あれはいったい何の肝なのか。それは自治体の方もお店の方も誰も答えてくれないから答えは永遠にわからないが、とにかく一度体験したほうがいいものである。
<ふく亭本店:大分>
河豚はその味と歯ごたえだけでなく、見た目も鮮やか。河豚は筋肉質で弾力があるため、刺身の一切れを非常に薄く仕上げる。透き通るほどに薄くひいた刺身が絵皿の模様が浮き出るように造られて出てくるてっさは、見事という他ない職人技。これぞ本当の“映え”である。心が躍る。てっさを2,3枚とってダイダイを使ったポン酢ともみじおろしをさっとつけて、小葱を少々包んで食べると、心地いい歯ごたえと奥行のあるうま味が噛むほどに堪能できる。
ふぐ皮や煮凝りになったときのプルプルも好きだし、唐揚げもいいけど、外せないのはオスの精巣の白子。河豚の白子は通常焼くか鍋の具にするか。僕は焼きが好きである。鱈の白子がプルンとしているなら、河豚の白子はふっくら。スダチやカボスをひと搾りして口の中に入れたときに広がる特有のやさしいとろみは、この上なく美味いとしか表現のしようがない。てっちりで豪快にいただく河豚の身と皮、てっちりを食べた後のスープでの雑炊も格別。てっちりは、魚ってこんなに出汁出る?ていうくらい出汁が出る。

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「河豚」

なんにせよ、これから冬になるということは河豚が楽しい季節なのである。東京でも大阪でも下関でも臼杵でもどこでもいい。好きな地で存分に河豚を楽しめばいい。わが家では、年一度家族総出で浅草「三浦屋」で河豚を食べる行事が約三十年続いている。最近は年末になると無類の河豚好き父と板橋の「きくひろ」にも行ったりする。若いころは鶯谷の住職と入谷の「にびき」で天然と養殖を食べ比べてみたり、今は予約いっぱいで簡単に行けないけど合羽橋の「牧野」に焼き河豚を食べに行ったり、麻布十番「小やなぎ」で河豚の白子ポン酢のようなものを頂いたり(まだあるのかな)、薄給のくせに色々楽しんだ。最近連れてってもらった「ふぐ倶楽部miyawaki」では、焼き河豚を楽しませてもらった。
冬の味覚、河豚。河豚を食べて、ひれ酒飲んで、へべれけになって、日本の冬の到来を存分に満喫したい。
ふく亭                    大分県大分市都町3-7-5
三浦屋                    東京都台東区浅草2-19-9
きくひろ                   東京都北区滝野川6-84-10
ふぐ倶楽部miyawaki 東京都中央区銀座1-22-12
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に携わる。PR会社に転籍後はプランナーとして従事し、30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」の立ち上げに参画し、2020年9月まで取締役副社長を務める。現在は、幅広い業界におけるクライアントの企業コミュニケーションやブランディングをサポートしながら、街探訪を続けている。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
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