塚田有一│みどりの触知学~空野原篇~ 第7回:「みどりの触知学」のワークショップが動きはじめます
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2015年5月29日

塚田有一│みどりの触知学~空野原篇~ 第7回:「みどりの触知学」のワークショップが動きはじめます

塚田有一│みどりの触知学~空野原篇~

第7回:「みどりの触知学」 のワークショップが動きはじめます

「世田谷ものづくり学校(IID)」で4年つづけているワークショップは「学校園」という。その名の通り、もと学級菜園だったところをお借りしている。そこでは藍を中心に育てているわけだが、そもそもどうして藍だったのかと考えると、これが「好み」と「縁」でしかなかった。結局これがいちばん長つづきするのかもしれないけど。ただ、「ものづくり」と名のつく学校であれば、土づくりからはじまって年間を通して観察したり、作業などによって、自然の恵み(藍であれば青)をいただくということを、「身体」を通して知るということが大事なのではないか、という思いはあった。その想いはますます強くなっている。

東京大学先端科学技術研究センターと赤坂氷川神社

一昨年前から、ほかの場所でもワークショップを企画し、そこの方々とともに場所をつくっている。

そのひとつは駒場にある「東京大学先端科学技術研究センター」である。ここでは庭をリフォームし、手入れしながら(僕はガーデンデザイナーである)アカデミックな知と節供(せっく)などにみられる伝承されて来た知を結びつけたいと願っている。教授や事務方、生徒さんたちと、キャンパスを活かした循環型の庭を目指しつつ、近隣の方々にも多数ご参加いただいて、キャンパスにいろんな対角線が引かれつつある。

もうひとつは「赤坂氷川神社」だ。もともとコミュニティーの中心であった神社の境内で、藍の畑をやらせていただいたり、神社の行事に合わせて、行事の謂(いわ)れをひもとくようなワークショップを、宮司さん、禰宜(ねぎ)さんはじめ、地域のみなさんと進めている。祝詞(のりと)が一体どんなことを言っているのか、どうして茅の輪(ちのわ)をくぐるのか、ちょっと分かってくるのが面白い。

講座名は「みどりの触知学~空野原篇~」

「池袋コミュニティーカレッジ」で春からはじまる新講座を受けもつことになった。

ここは、開講以来30周年をむかえるコミュニティー講座の先駆けだ。屋上にはテニスコートがあり、テニススクールも開校しているが、使われていないサブコートがある。ハーフサイズのコート、その一角を野原ふうの菜園にしようというもので、参加してくださる方々は講座の会期中「ひと枡(1平米とちいちゃいが)」その野原菜園をもつことができる。そこではお節供に使う植物を中心にして、行事にまつわる野菜なども育ててみる。たまにボールが飛び込んでくる可能性は否めないが、大丈夫。

お節供や行事のいわれを学び、ちょっとした畑仕事もし、それにそこで摘んだ植物を組んだり、生けたり、飾ったりもする。節供は旧暦で行い、毎月の講座で新暦と旧暦をリバースしながら体験できるることが面白いと思う。

お節供やまつりなどの行事は、まさにハレの場で華やかな印象があるけれど、じつは日常がきちんとまとわりついている。ただのイベントとはそこがたぶん違う。一時の夢をイベントには求めがちだけど、それはそれでいいけれど、ハレの日には見えない力に感謝する。

「屋上」は、未開の土地だ

そこに里山的野原を置いて、身近だった植物、そして生き物を呼びたい。屋上は日当りは大体の場合申し分ない。問題は照り返し、風、真冬の寒さ、土壌の養分などだろうか。あとは水の問題。雨水をうまく使える仕組みが必要だと思う。それが上手くできれば、屋上はもう一度都市や生活に自然を呼び戻す、まさに山の源流のようになるだろう。

「屋上」は眺めの良い場所である。遠くまで見晴るかすことができる場所。いつもと違う風景が見える。高校生や中学生のころ、社会人になっても、屋上でひとりになってぼんやりしたり、泣いたりしたことがある人は意外といるのではないだろうか?

なにより屋上は、空に近いのである。空はどこまでもつづく。狭い階段を登り切って、広い空の下の屋上に出る感覚は、じつは鎮守の杜を抜けてぽっかりとした拝殿の前に出るという神社の構造にも近いのだった。

こんな感じで、ワークショップの内容をいろいろと詰めている。

もしご興味がおありでしたら、毎月第二か第三の週末のたそがれどき、夕陽の射す部屋で、ぜひ一緒に混じって遊んでください。

http://www.7cn.co.jp/cc/topics/index2.html

           
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