REPORT|宮城県東松島市でC.W.ニコルらが進める「森の学校」

REPORT|宮城県東松島市でC.W.ニコルらが進める「森の学校」

DESIGN FEATURES

REPORT

宮城県東松島市でC.W.ニコルさんらが進める小学校の再建

「森の学校」で生きる知恵を学ぼう

宮城県東松島市では、津波で壊滅的な被害のあった小学校の再建にあたり、地域の自然を活かして森の中に学校を創ろうという計画が進んでいます。“森の学校”と呼ばれるこの計画。支援しているのは、長野県に住むC.W.ニコルさんです。長野県黒姫にある自身が再生した「アファンの森」の経験をもとに、行政や有識者、地域の人たちと一緒に、子どもたちが自然からたくさんのことを学べる学校をスタートしました。

Text by MINOWA Yayoi(環境ジャーナリスト)

ツリーハウスから始まる再生の物語

のどかな田んぼが両側につづく道を抜けると、森に寄りそうように突然、不思議な形のツリーハウスがあらわれた。森の斜面に沿って、まるで竜が登っていくような形から「ツリー・ドラゴン」と呼ばれているそのツリーハウスは、ここ宮城県東松島市の人びとの希望と思いを未来へつなぐための「森の学校」のシンボルでもある。

「森の学校」は日本に来て50年、日本の森の再生に長年力を注いできたC.Wニコルさんが中心となって進めている、震災で失われた学校を子どもたちのために再生するプロジェクトである。ツリーハウスはそのプロジェクトのシンボル的な存在だ。

2013年6月に完成したツリーハウスは、子どもたちや地域の人たちも材料の木の皮を剥いだり、壁を塗ったり手伝ったという。素材の約9割以上がもともとこの地にあった樹木や石などの資源を使っている。曲った木も、ぐるぐる回りながら森へ登って行く感覚も楽しく、実際に体験すると子どもも大人も笑顔になってしまう、不思議な装置だ。

竜は再生のシンボルだという。このツリーハウスから始まる再生の物語はどのようなものなのだろうか。

森の学校が予定されている東松島市では、2011年の震災により、千人以上の方が亡くなり、市街地の6割以上が浸水するという甚大な被害を負った。14校あった学校も6校が水没し、野蒜(のびる)小学校など3校が使えなくなってしまった。現在も3校の子どもたちは仮設の学校や他の学校で学んでいる。

2011年5月に野蒜地区を訪れたときのことは忘れられない。ある保育園は浸水し、窓に根こそぎ運ばれた木が刺さり、線路はフェンスのようにうねっていた。「言葉を失う」というのは、本当である。しばらく口がきけなかったことを覚えている。

今回再び東松島市の野蒜地区を訪れて、畑や田んぼが甦り、そのそばにあるこのツリーハウスを見たときにはうれしかった。「あたらしく何かが始まろうとしている」確実にそう感じたからだ。

自然で傷ついた心は自然で癒されるしかない

C.Wニコルさんは日本に来て50年。来日当時、母国英国と同じ島国なのに、2種類の野生のクマが生息するなど、その生物多様性の豊かさに驚いたという。しかし80年代バブルに日本が踊るころ、原生林は伐られ、自然が壊されていくのを目の当たりにして、自らが住む黒姫の森の保護と再生を始めた。そして、こつこつと28年かけて地元で「幽霊の森」と呼ばれた森を甦らせ、「アファンの森」と名づけた。

アファンの森では今では地域的に絶滅が危惧される動植物約52種がみられるようになるなど、豊かな生態系が育ってきている。そして、森がいつまでも残るようにと2002年に財団化し、障害をもつ子どもたちなどを受け入れ、「森の癒し」や「森のアクティビティ」を行う「5senses project」活動などをおこなってきた。

「かつて、日本の自然のことは子どもたちから教わった」と話すニコルさんが、ご自身の森の知恵と経験を、震災で疲労し、心の傷を負った子どもたちを癒すためにいかしたいと考えたのは自然のことなのかもしれない。

2011年の5月には東松島市の子どもたちとその家族、市職員27名をアファンの森に招待した。彼らはわずか3日間の滞在にもかかわらず、避難所に戻ってきたときは周りの人が「震災前の顔になって戻ってきた」と驚いたという。

「アファンの森が26年かけて再生したということは、東松島市にもそれができるということだ」 アファンの森に市の未来を感じた参加した市の職員の思いは、森の学校構想につながっていった。そして、2012年2月、市や有識者なども参加した「東松島森の学校プロジェクト委員会」がスタートしたのである。

森で学び、生きる力を身につける

現在、東松島市野蒜地区では住民の高台移転が決定し、被災したJR仙石線の野蒜駅や森の学校もこの高台に計画されている。

国産材を使った木造校舎に隣接した8.7haの森を「復興の森」と名づけ、子どもたちがアウトドアスキルを学ぶフィールドなど、自然の中で生きる力を身につけるようなさまざまな仕掛けが森の中に点在する計画だ。

とはいえ、時間のかかる小学校の完成を待たずして卒業してしまう子どもたちもいる。そんな子どもたちのために、森の学校では今年から地域の田畑やツリーハウスを活用して出前授業が始まっている。

周辺の地域にどんな生物がいるのか、田んぼの水路で生きもの観察をしたり、田植えや稲刈りを体験したり、住みかを追われた生物のためにビオトープを作ったりと多彩な授業がおこなわれている。

「地域全体が学校なのです」「東松島森の学校プロジェクト委員会」の事務局も務めるアファンの森財団の理事、事務局長の野口 理佐子さんはそう説明する。

復興の森に点在する施設建設のプロセスにも学びの場がある。材料を運んだり、間伐材を運び出したりするのに、日本の伝統技術である「馬搬(ホースロギング)」を活用しているのである。エネルギーを使わず、森を傷めず、人間と一緒に働く馬は、子どもたちにも人気だという。英国やカナダで見直されているホースロギングを体験できる子どもたちは、また一つ生きる知恵を得ることになる。

小学校の完成は3年後の2017年の予定だ。町も駅も移転し、町がまるごと高台に移転する。ツリーハウスを通って森の学校に通う子どもたちも出てくるという。再生した町がどうなるのか、復興の森で子どもたちがどんな体験をするか、そしてそれをどんな風に未来にいかしてくれるのか、これからも東松島市からは目が離せない。

<参考サイト>
C.W.ニコル・アファンの森財団 震災復興プロジェクト

https://www.afan.or.jp/af-fukkou/gakkou.html

*「復興の森、森の教室プラン」は、民間の力でおこなうため、支援を募集している

C.W.ニコル

作家/一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団理事長
1940年、英国ウェールズ生まれ。自然に憧れ、17歳でカナダへ渡り、以降、世界のさまざまな国で、自然にかかわる仕事に従事する。80年に、日本の自然に魅せられて、長野県黒姫に居住し、作家として執筆活動を開始。2002年に財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団設立し、理事長に就任。執筆活動のかたわら、本来の自然を失いつつある日本の現状を危惧し、自ら荒廃した森を購入し、自然を取り戻し、生態系を整えるための活動をおこなう。著書『アファンの森の物語』(アートデイズ)など多数。

箕輪弥生|MINOWA Yayoi

環境ライター・NPO法人「そらべあ基金」理事。環境関連の記事や書籍の執筆、東京・谷中近くのグリーンなカフェ「フロマエcafé&ギャラリー」を営むなど、自然エネルギー、オーガニックな食や自然素材などを啓蒙・実践する活動をおこなっている。著書に『エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123』『環境生活のススメ』(飛鳥新社)ほか。

http://gogreen.petit.cc/