BOOK|世界が注目する報道写真家が綴る、世界の果ての壮絶な真実
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2015年3月23日

BOOK|世界が注目する報道写真家が綴る、世界の果ての壮絶な真実

BOOK|世界最大級の報道写真祭で金賞を受賞した日本人写真家

林典子が写真と文章で綴る、世界の果ての壮絶な真実

『キルギスの誘拐結婚』

年に一度、フランスで開催される世界最大級の報道写真祭「ビザ・プール・リマ―ジュ2013」で「ビザ・ドール(金賞)」を受賞するなど、いま世界が熱い視線を送る日本人写真家がいる。1983年生まれの林典子だ。彼女は中央アジアのキルギスで長期取材を敢行。この国にいまもはびこる慣習――若い女性を連れ去り、強引に結婚させるという――「誘拐結婚」の実態をその目で確かめるために。約半年間にわたる取材の模様をまとめたものが、6月16日に発売された『キルギスの誘拐結婚』である。取材を経て感じたこと、そして本書に込めた思いを、林典子が自身の言葉で語ってくれた。

Text & Photographs by HAYASHI Noriko

誘拐結婚にもさまざまなケースがある

女性を連れ去り、結婚する「誘拐結婚」。キルギスの現地NGOによると、人口540万人が暮らすこの国で、既婚女性の約4割が誘拐婚で結婚していると言われています。合意のない誘拐結婚は1994年に制定された法律で禁止されていますが、犯罪として扱われることはほとんどありません。

わたしは、国際政治学を学んでいた大学時代に、はじめてキルギスの誘拐結婚のことを知りました。それ以来、誘拐結婚についての資料を定期的にチェックするように。文字ではなかなか伝わりにくい、この問題を取材するために2012年7月、キルギスへ向かいました。

当初は2カ月間の滞在を予定していたのですが、 結婚して1カ月後の様子を取材したり、裁判の様子を撮りに行ったり、最初は話ができなかった被写体の相手が、長期間一緒にいることで、心を許してくれることもありました。その結果、1回目の取材を終えるのに5カ月を費やすことに。その間約25組の夫婦が撮影に応じてくれました。

「プロポーズをしたが断られた」「両親からのプレッシャー」などの理由で誘拐に踏み切る男性も多く、わたしが親しくなったタクシーの運転手が、実は誘拐婚で結婚していたり、街で誘拐の現場に出くわしたりすることもありました。見ず知らずの女性を一方的に連れ去ることもあれば、両親に結婚を反対されている女性が「駆け落ち」に近い形で自ら男性の自宅に行く例など……誘拐結婚にもさまざまなケースがあります。

写真集「キルギスの誘拐結婚」では、誘拐を経験した13人の女性たちそれぞれの物語をまとめています。

なかには、誘拐後に幸せに暮らす女性もいれば、家庭内暴力に苦しむ女性、自殺に追い込まれた少女、誘拐されたあとに親族に救出された女性もいます。

見えてきた複雑な背景

取材を進めるにつれて、誘拐結婚とはキルギスの伝統文化ではなく、20世紀に入ってから増加したものである、ということを知りました。その一方で、誘拐結婚がいまもなかなか無くならない背景には、遊牧時代からの文化や価値観、村での人間関係などが絡み合った、とても複雑なものがあるということも次第に分かってきました。そして「誘拐された女性たちの実に8割以上が、なぜ結果的に結婚を受け入れるのか」という心情を理解しようとすればするほど、誘拐結婚のあり方をどのように伝えるべきか戸惑うようになっていきました。

誘拐された女性の心の葛藤が見えてくるようになったのは、ディナラという女性の取材を通してでした。

「帰して! わたしはアフマットを愛していないんだから!」

誘拐され、こう必死に抵抗するディナラに初めて出会ったのは、取材をはじめて3カ月半が過ぎたときのこと。5時間後、ディナラは両親と相談し結婚を受け入れました。それから2週間、彼女が嫁いだ家にわたしも泊まらせてもらいながら新婚生活を取材しました。深夜、家中が寝静まったあとに、私たちは辞書を指し示しながら会話をし、彼女は1年後にトルコで就職する予定だったこと、都会で生活するのが夢だったということを知りました。

今年1月、わたしは妊娠9カ月目に入っていたディナラを、1年半ぶりに訪ねました。

写真集では40ページ以上を使い、大学生だったディナラが結婚し家庭に入り、そして子どもを出産するシーンまでのストーリーを紹介しています。

どうしてもセンセーショナルなものとして報道されがちな「誘拐結婚」ですが、一人ひとりの女性たちの物語をフォト・ストーリーとして見ていただくことで、誘拐結婚の現実を知っていただくことはもちろん、読者の方々にはわたしが取材した女性たちの心情や生き方をより近い目線で見つめ、幸せのあり方やキルギス人女性たちの凛々しさや強さを感じていただければと思っています。

林典子|HAYASHI Noriko
1983年生まれ。大学在学中に、西アフリカ・ガンビアの地元新聞社、ザ・ポイント紙で写真を撮りはじめる。「ニュースにならない人々の物語」を国内外で取材。ナショナル ジオグラフィック日本版で、2012年9月号「失われたロマの町」、2013年7月号「キルギス 誘拐婚の現実」を発表。キルギスの誘拐結婚の写真は世界的に広く注目され、フランスの報道写真祭の特集部門で最高賞、全米報道写真家協会フォトジャーナリズム大賞の現代社会問題組写真部門で1位を受賞。そのほか、米ワシントン・ポスト紙、独デア・シュピーゲル誌、仏ル・モンド紙、米ニューズウィークなど、数々のメディアで作品を発表している。『キルギスの誘拐結婚』シリーズは、2013年にフランス報道写真祭「ビザ・プール・リマージュ」特集部門最高賞「ビザ・ドール(金賞)」、2014年に全米報道写真家協会「フォトジャーナリズム大賞」現代社会問題組写真部門1位を受賞した。

『キルギスの誘拐結婚』
作者|林典子
仕様|228×250ミリ、140ページ、ハードカバー
価格|2600円(税抜)
出版|日経ナショナル ジオグラフィック社
発売中

           
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