Cassina ixc.|「ピエルルイジ・ギアンダ -現代のクラフツマンシップ-」開催

Cassina ixc.|「ピエルルイジ・ギアンダ -現代のクラフツマンシップ-」開催

DESIGN PRODUCT

Cassina ixc.|カッシーナ・イクスシー

カッシーナ社やイクスシーの商品とのコーディネイトで、あらたな空間提案を

「GLI ARTIGIANI -現代のクラフツマンシップ-」開催

 

匠の技と木のぬくもり――“神の手をもった最後の巨匠”と称される、イタリアきっての木工のマエストロ、Pierluigi Ghianda(ピエルルイジ・ギアンダ)の作品や功績に焦点を当てつつ、カッシーナ・イクスシーが擁する現代のクラフツマンシップの数々と技法、品質、物語を紐解く特別展示「GLI ARTIGIANI -現代のクラフツマンシップ-」が6月28日(金)より開催される。

Text by KAJII Makoto (OPENERS)

ギアンダ氏のマスターピース「Kyoto テーブル」も展示

偉大なる芸術家、神の手をもつ職人を数多く輩出したイタリア・ルネッサンス期。その時代の技を継承する最後のマエストロ――と讃えられ、ミラノに工房を構え、昔ながらの卓越した職人技術を有するピエルルイジ・ギアンダ氏。

さまざまな木の特性をその手で見極め、一つひとつ精巧かつ丁寧に、手仕事による美しい木工製品は、“シルクのような手触り”と称され、依頼するクライアントはその完成度に全幅の信頼を置いている。

ギアンダ氏はジャンフランコ・フラッティーニ、ジオ・ポンティ、ガエ・アウレンティなど、名だたるデザイナーや建築家たちと仕事をし、数々の経験を積んだ。その正確で緻密な技術と、素材にかんする知識により生み出される作品はどれも秀逸で、今回カッシーナ・イクスシーでは13種類のアイテムを取り扱う。また、今回はギアンダ氏のマスターピースである「Kyoto テーブル」も展示される。

Segnalibro(木製ブックマーク) 1935年 ギアンダ工房
1930年代、ヴェニスのとある熱心な愛書家のために、ギアンダ工房が木製のブックマークを制作。さまざまな高品質な木材のなかから厳選した無垢材を幾重にも磨きあげ、平らな三日月型のセクションを造形。その手触りはまるで絹のようで、手にもそして書籍にも優しい仕上がりとなっている。
仕様・価格|アッシュ材 1万1550円、ローズウッド、ゼブラウッド、アマランス材、マカサー材 1万8900円
サイズ|250×30mm

Squadretta(定規) 1918年ごろ ギアンダ工房
ギアンダ工房デザインのこの定規は「木工職人のマスターピース」と称された作品。マスターピースには「腕試しの作品」という意味もあり、一流の木工職人の証として、その技量を示すために作成された。その定規の完璧なるリプロダクションがこの製品で、ペア材と45度の蟻継ぎ手はすべて手作りで組み上げられ、一点ずつ丁寧に手で磨きあげられている。
仕様・価格|ペア材 2万6250円
サイズ|定規45°250×180mm、定規30/60°250×150mm

Scatola portapillole(ピルケース) 1935年 ギアンダ工房
イタリア・ミラノに本拠地を置く著名な製薬会社のために、1930年代にデザインされた優雅なピルケース。厳選された高品質の木片から、丁寧な手仕事で削り出され、柔らかく美しいカーブを帯びた形状の一部分は蓋になっていて開閉する。そのなめらかな開け閉めは、木材だけで作られているとは思えないほどスムーズ。
仕様・価格|アッシュ材 3万4650円、ローズウッド、黒檀 3万9900円
サイズ|40×25×H10mm

Parola amore(AMORE ワード パズル) 1959年 ピノ・トヴァリア
AMOREは1970年代、ピエルルイジ・ギアンダのロゴを手がけた、イタリアのグラフィックデザイナーのピノ・トヴァリアのユニークなアイディアをもとに作られたパズル。「AMORE」はイタリア語で「愛」を意味し、文字一つひとつは手作りで丹精に組み上げられ、文字通り愛情をこめて磨き上げられている。AMOREの文字が組み合わされて小さな箱に収められる。
仕様・価格|ペア材 11万5500円
サイズ|37×37mm

カッシーナ・イクスシー青山本店
港区南青山2-12-14 ユニマット青山ビル1F~3F
Tel. 03-5474-9001
営業時間|11:00~19:30
不定休
www.cassina-ixc.com

ピエルルイジ・ギアンダ|Pierluigi Ghianda
1926年、イジニオとセラフィナ・メルカンダッリの息子として生まれる。ギアンダ家は高度な木工・家具職人として、ブリアンツァの中心にあるBovisioで1889年より活動していた。38年、イジニオが亡くなり、妻のセラフィナが工房を切り盛りする。1946年にピエルルイジと兄ジュゼッペは、オフィス家具の生産を拡大。67年、兄ジョセフの死後、ピエルルイジは妻のフランチェスカとともに、時の偉大なデザイナーたちとの共同制作をはじめる。工房を現在のVia Desio 53に移転。

72年、ジャンフランコ・フラッティーニとの公私にわたる実り多き親交が、日本への旅を機に深まる。ピエルルイジの職人技とフラッティーニの妥協を許さない頑固さが、「Kyotoテーブル」や「Portofinoキャビネット」のような代表作を世に送り出すこととなった。80年代・90年代後半・2000年代は、偉大なデザイナーたちとプロトタイプやオブジェを製作しつづける一方、ピエルルイジは個人顧客やオフィスの一流家具の製作に時間を割いた。モスクワ、ニューヨーク、パリで数多くの重要な国際的経験を積んだ。
2013年、サローネ期間中、ピエルルイジ・ギアンダへの敬意を込め、「行うことは考えること」と名づけられた展覧会がミラノのトリエンナーレで開催され、同アゴラシアターでドキュメンタリーの公式上映がおこなわれた。