MUSIC|菊地成孔による『ゲッツ/ジルベルト+50』解説

MUSIC|菊地成孔による『ゲッツ/ジルベルト+50』解説

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MUSIC|ボサ・ノヴァ永遠の名盤を豪華ミュージシャンがカバー

菊地成孔による『ゲッツ/ジルベルト+50』解説 其の二

Text by KIKUCHI Naruyoshi

“完全主義の音楽純愛者”伊藤ゴローによる巧みなプロデュース

更に一方、naomi & goroさんとワタシで一緒に作った『カレンデュラ』は、「もう、『ゲッツ/ジルベルト』がどうのこうのという時代じゃない時代」という事がテーマになっていたと思います。『ゲッツ/ジルベルト』は鬼っ子でも黒歴史でもなく、単に異形の名作である。現にブラジルで今、ボサノバを演奏するプレイヤーは「ジャズ・ミュージシャン」と呼ばれるのだ、という距離感/事後感が、「震災と同時に制作開始」という時代的なバックグラウンド(後者は勿論、偶発的なものですが)と共に、階級闘争やエコロジーという問題を(望むと望まざるとに関わらず)一気に飛び越えてしまった感があります。

なので、「ゴローさんが<ゲッツ/ジルベルト50周年トリビュート>を作るので、参加してくれ」と言われた時には、かなりワクワクしました。一番最初に書いた通り、ゴローさんは政治性や社会性皆無のタイプでありながら、この企画を統括する最適任者だからです。

ただ、この仕事は、『カレンデュラ』では飛び越してしまった『ゲッツ/ジルベルト』の階級闘争という政治性と、もう一度向かい合わなければならず、そしてゴローさんは前述の通り、政治性や社会性は皆無な音楽純愛者タイプです(政治性や社会性がたっぷりな人が、音楽不純愛であると言っているのではありませんが)、ですからむしろ、というべきでしょうが、ワタシは、ゴローさんが、リアルな政治性というカードを、純音楽的に昇華する方法はとっくに持っており、悠々と実行し、大成功を収めるだろうと確信していました。

その一つは、ベーシックなセッションを固定せず、どのパートも複数雇用する事で、作品自体の中に、音楽家間の闘争(勿論、抽象化された)を摂り込んだ事です。ピアノ一方が坂本さんで、もう一方が山下さん、更に坪口昌恭、そこにテナーが清水さんとワタシ。というのは、逆算的に「<ゲッツ/ジルベルト50周年トリビュート>でも無い限り」実行する意味もチャンスも無いような、「豪華」「お祭り」を越えたキャスティングです。 ヴォーカリストの複数雇用はクラブ・ミュージック等々では当たり前の事で、皆さんそれぞれが素晴らしい個性を発揮しますが、プレイヤー達は皆、抽象化された、非常に健康的な政治性=闘争性をスタジオ入りする前から抱かされた筈です。これは自己沈潜する映画監督タイプ(役者は皆、完成形の想像もつかない)のゴローさんにしか出来ない事だと思います。

MUSIC|菊地成孔による『ゲッツ/ジルベルト+50』解説04

プロデュースを担当した伊藤ゴロー

もう一つは、徹底的なディレクションと編集で、これも伊藤ゴロー此処に有りといった本領発揮であって、ワタシは『カレンデュラ』のレコーディングで知ったのですが、ゴローさんの完全主義者ぶりは、「良いセッションを録るために、スタジオを良い感じで統治する」派ではなく「編集とリテイクによって緻密に組み上げる」派で、映画監督に近く、場合に寄っては2拍単位の録音になったりします。

「ええ?そういうのって、ボサノバのノリとは違うんじゃ?」と思われる方も多いでしょうが、実は『ゲッツ/ジルベルト』は、基本的には録って出しのジャズ界に於ける「編集かましてるジャズ作品史(いろんな「史」が出て来て読みづらくなってしまいましたが・笑)」の中でも画期となるもので、何せ有名な「『イパネマの娘』のジョアンのヴォーカル切除」を始めとして、主に「ポップである為に」という目的の元(セッションの雰囲気がギクシャクしていたから。というネガティヴな根拠も皆無ではなかったと思いますが)、多くの編集(細密な編集ではなく、ブロック編集ですが)が施され、それは60年代に於いて「ジャズがポップに成る可能性」の一つが「編集」だった事を知らしめています。

言うまでもなくこのテーマを、もっと肥大的に、極限まで推し進めたのはマイルス・デイヴィスとテオ・マセロのコンビによるもので、その彼等の最大の失敗作と言われているのが、ボサノバに挑戦し、「コルコバード」をキラーチューンにしようとして惨敗した(まあ、マイルスの父親が亡くなってすぐに録音された。という事情もあるのですが)『クワイエット・ナイト』で、奇しくも63年のレコードなので、言うならば今年は<クワイエット・ナイト50周年>でもあり、そして坂本龍一さんはこのアルバムをマイルス作品の中のフェイヴァリットに挙げているので、、、と、どこまでも多層的に闘争的な物件なのですね『ゲッツ/ジルベルト』というのは。

こうした観点を踏まえた上でも、そして(ここが最重要なのですが)一切何も知らずにカフェかなんかで本作を聴いても、とてもフレッシュでリラックスした気分になるであろう、質が高く、押し付けがましくなく、イージーな手抜きの無い本作の完成度は素晴らしく、『ゲッツ/ジルベルト』の鬼っ子ぶりに拮抗し、『ゲッツ/ジルベルト』が20世紀という時代に突きつけながらも、既に風化しようとしている問題系に真っ向からアンサーした上で、尚かつ純音楽的であるという、怪物的な傑作だと思います。

 

 

『ゲッツ/ジルベルト+50』
produced by 伊藤ゴロー
6月19日(水)発売
3059円(UCCJ-2110)

1. イパネマの娘
土岐麻子(vo)、菊地成孔(ts)、山下洋輔(p)、鈴木正人(b)、栗原 務(ds)、伊藤ゴロー(g)
2. ドラリッシ
布施尚美(vo)、菊地成孔(ts)、坪口昌恭(p)、秋田ゴールドマン(b)、みどりん(ds)、伊藤ゴロー(g)
3. プラ・マシュカール・メウ・コラソン
細野晴臣(vo)、清水靖晃(ts)、坂本龍一(p)、伊藤ゴロー(g)
4. デサフィナード
坂本美雨(vo)、清水靖晃(ts)、山下洋輔(p)、鈴木正人(b)、栗原 務(ds)、伊藤ゴロー(g)
5. コルコヴァード
カヒミ カリィ(vo)、清水靖晃(ts)、坪口昌恭(p)、鈴木正人(b)、栗原 務(ds)、伊藤ゴロー(g)
6. ソ・ダンソ・サンバ
TOKU(vo)、菊地成孔(ts)、坪口昌恭(p)、秋田ゴールドマン(b)、みどりん(ds)、伊藤ゴロー(g)
7. オ・グランジ・アモール
ジャキス・モレレンバウム(cello)、坂本龍一(p)、 鈴木正人(b)、伊藤ゴロー(g)
8. ヴィヴォ・ソニャンド
原田知世(vo)、坪口昌恭(p)、秋田ゴールドマン(b)、みどりん(ds)、伊藤ゴロー(g)
9. イパネマの娘(日本語ヴァージョン) *ボーナストラック
沖 樹莉亜(vo)

ユニバーサル クラシックス&ジャズ
Tel. 03-6406-3034
www.universal-music.co.jp/jazz

ABOUT
KIKUCHI Naruyoshi

音楽家/文筆家/音楽講師。活動、思想の軸足をジャズ・ミュージックに置きながら、ジャンル横断的な音楽、著述活動を旺盛に展開。2010年、世界ではじめて10年間分の仕事をUSBメモリに収録した全集『闘争エチカ』を発表。2011年にはインパルス・レーベルと契約を結び、DCPRG名義で『Alter War In Tokyo』をリリース。主な著書に『スペインの宇宙食』(小学館)、『M/D~マイルス・デューイ・デイヴィス3世研究』(河出新書)がある。http://www.kikuchinaruyoshi.net/