MUSIC|菊地成孔による『ゲッツ/ジルベルト+50』解説

MUSIC|菊地成孔による『ゲッツ/ジルベルト+50』解説

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MUSIC|ボサノバ永遠の名盤を豪華ミュージシャンがカバー

菊地成孔による『ゲッツ/ジルベルト+50』解説 其の一

ジャズ・サックス奏者スタン・ゲッツが、ブラジルのジョアン・ジルベルトとアントニオ・カルロス・ジョビンと出会い、1963年に録音したアルバム『ゲッツ/ジルベルト』。このボサノバ永遠の名盤の誕生から50年。ジョアン・ジルベルト直系のギタリスト伊藤ゴローを中心に、坂本龍一、細野晴臣、土岐麻子、カヒミ カリィ、TOKU、ジャキス・モレレンバウム、鈴木正人、栗原 務など、総勢19名の豪華ミュージシャンが愛を込めてカバーした『ゲッツ/ジルベルト+50』が6月19日(水)に発売。

テナーサックスで本作に参加した、菊地成孔氏による解説をお届けする。

Text by KIKUCHI Naruyoshi

単なるアニバーサリー企画ではない

MUSIC|菊地成孔による『ゲッツ/ジルベルト+50』解説02

菊地成孔

この、本当に気持ちが良いだけでなく、「Jボッサ史」、或はひょっとして「ボサノバ史全体」かも知れない、60年近い歴史にとどめを打つような作品に関して、解説は無用だと重々承知の上で、駄文を書き散らかす事にします。

「なんとかかんとか○周年」というのは一見誰もが考えつきそうなイージー感を漂わせますが(もし5年後に「ボサノバ生誕60年=<想いあふれて>リリース60周年」という企画が組まれても、高い確率で、本作を越える事は不可能でしょう)、本作は「なんとかかんとか○周年史」にすら名を残すであろう名盤で、総てのお膳立てが揃った、大変な好企画が見事にあたったなあと思うばかりです。一番最初に書かなければいけない事は、参加出来て本当に光栄ですし、嬉しいです、という事です。

伊藤ゴローさんが陣頭指揮を執られた訳ですが、今年というのは(些かこじつけめきますが)「ザ・ビートルズが世界を動かし始めてから50周年」とも言える訳で(イギリス・デビューが62年で、アメリカで1位になり、世界的な名声を得るのが64年で、その間の「機が熟していた年」「ガスが充満していた年」とも言えるので)、英国のロックとボサノバの、しかもシリアスな二刀流という、希有なパーソナリティであるゴローさんにしかなし得なかった業績と言えるでしょう。

単なるボサノバ専門家でも、単なるジャズ専門家でも、「ゲッツ/ジルベルト50周年」という企画は取り仕切れたかも知れませんが、ゴローさん以外の誰がやっても、完全なものにはならなかったと思います。

ボサノバ史上最も険悪で階級闘争的な作品

「ボサノバ史」もしくは「ブラジル音楽史」といった構えになると大袈裟になってしまいますので、『ゲッツ/ジルベルト』だけに関して、これはもう(ボサノバ・ファンの皆さんなら、御存知の通り)本当にスリリングな物で、世界ボサノバ史上最も険悪で階級闘争的な作品です。

単純に、北米が南米を搾取しようとし、南米がそれに抗する様な格好になるのですが、その「階級闘争性」は、『ゲッツ/ジルベルト』という盤の内幕(天才で繊細な奇人ジョアンと、天才で金の亡者で、おまけに人種差別者だったゲッツと、天才で傷つき易いジョビンと、悪妻であるアストラットというチームが、ファミリアルでリラックスした現場など持てる訳が無い、という奴ですね)自体を越えて、「ボサ×ジャズ」→「アメリカ×ブラジル(他国)」といった巨大なテーマにまで拡散しうるものです。

ですから「ボサノバ」という音楽が制作されるとき、この階級闘争性を持つか持たないか?という選択が自動的になされる様になっています。つまり『ゲッツ/ジルベルト』の存在を、本当に全く知らない。という事でもない限り、すべてのボサノバ制作は『ゲッツ/ジルベルト』を無視するか、しないか。という選択を無意識的に強いられると言っても良い訳です。

言うまでもありませんが、99%のボサノバならびに準ボサノバ、ボサノバもどきには、この視点自体が全く無いか、或は非常に小さく、これは何というか、面倒くさい鬼っ子の存在を、黒歴史の様に捉え、共同体ごと、そもそもなかった事にする、といった、よくある平和的なセンスであって、多数派化せざるを得ない汎用性があると言えるでしょう。

一方、生粋の闘争者である坂本龍一さんの『カーザ』()は、エコロジーという大テーマの下に「ジョビンはジャズではなく、室内楽=クラシックである。歴史的に見てもそうだし、何せその事を(文字通りの)本家=カーザが認めたのだ」という事をコンセプトにした闘争的な傑作で、しかもそのライヴ盤『ア・デイ・イン・ニューヨーク』は、その名の通り、ニューヨーク在住の日本人によって、ニューヨークで演奏され、坂本さんがブラジルから国歌勲章を授与されているので、「アメリカの搾取(61年にブラジルで行われた、ペンタゴン主催による「アメリカン・ジャズ・フェスティヴァル」に出演したチャーリー・マリアーノがジャズに取り込み始め、翌62年にはカーネギーホールでボサノバコンサートが開催され米国でブレイク。『ゲッツ/ジルベルト』の実質上のテストランとなり、先行シングル「イパネマの娘」がビルボードのトップ100で5位ゲット。翌年の『ゲッツ/ジルベルト』はグラミー受賞。と、年単位で行われた、全方位的で熾烈な搾取の応戦史な訳です)」を巡る諸問題系を一通りさらってしまった感のある、つまり、数少ない『ゲッツ/ジルベルト』アゲインストな名作である訳です。

※『カーザ』=2001年に発表されたモレレンバウム夫妻と坂本龍一による、アントニオ・カルロス・ジョビンのトリビュート盤
ABOUT
KIKUCHI Naruyoshi

音楽家/文筆家/音楽講師。活動、思想の軸足をジャズ・ミュージックに置きながら、ジャンル横断的な音楽、著述活動を旺盛に展開。2010年、世界ではじめて10年間分の仕事をUSBメモリに収録した全集『闘争エチカ』を発表。201 …