連載エッセイ|#ijichimanのぼやき 第4回「歳相応の遊び場を提供してくれる街・渋谷」

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき 第4回「歳相応の遊び場を提供してくれる街・渋谷」

#ijichimanのぼやき

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき

第4回「歳相応の遊び場を提供してくれる街・渋谷」

ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」のボードメンバーの伊地知泰威氏の連載では、究極に健康なサンシャインジュースと対極にある、街の様々な人間臭いコンテンツを掘り起こしては、その歴史、変遷、風習、文化を探る。第4回は、渋谷の歩き方を紹介する。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

時代と外形が変わっても多彩な引き出しで各世代をもてなす

東京に出てきた人間が最初に遊びに行きたい街、それはおそらく渋谷だろう。ボクは10代前半の中学から大学2年までの8年間、東横線で渋谷乗り換えが通学経路だったから、必然的に渋谷が遊びの拠点となった。あれから25年近く経ってアラフォーとなった今もなお変わっていない。

10代の頃は、今はなき東横線の改札を出たところで15分くらい屯して、遊びのプランを練ってから繰り出すのが、放課後の流れだった。たいがい、カラオケ、ビリヤード、友人邸でパワプロ、ウイイレなど他愛もないことに興じるのだが、成長期のボクらにはその前の腹ごしらえが必要だった。

渋谷デビューは通常センター街がスタート地点だから、マックとファーストキッチンは自ずと通る道。だが、そのうち宇田川交番裏の「兆楽」が放課後メシの定番となった。鉄板だった。

その頃はまだセンター街入口にはQFRONTではなくゲーセンがあり、現在ヒカリエのある場所にはプラネタリウムが入った東急文化会館があったが、宇田川交番とその後ろに兆楽の黄色い看板が煌々と見える景色は今も変わっていない。

ボクが高校生だった頃の渋谷は、ハイビスカスを頭に乗せて、パレオを着た女子たちがセンター街を席巻していた。と同時に、ボクらの部室となるメシ処はセンター街からほんの少しだけズレてスペイン坂の店になった。

当時のスペイン坂の店は全部制覇したが、結局行きついたのは「人間関係」。おそらく週3はいた。何を食べていたかは記憶にないが、抹茶オレか何かを飲みながらただくっちゃべっていた。

土曜の昼は、東急東横店レストラン街にある「まい泉」から当時タワレコ横にあった「ハーゲンダッツ」でデザートを楽しむ、という流れがある時からお決まりになっていた。平日はパスタ、土曜は豚カツで放課後の腹ごしらえをする。だいぶ大人になっていた。

20代に差し掛かろうかという大学生にもなると、ろくに授業も行かず、生産性も将来性なく遊びに感けていた。

昼過ぎに起きて、東急本店の「TANTOTANTO」でご婦人たちに囲まれながらパスタを啜ったり、109真横の昭和25年から続く老舗「元祖くじら屋」ではりはり鍋をつついたりしたこともあった。

久米宏のニュースステーションを見てから、公園通りのてっぺん近くのビルにあったカフェブームの先駆け「アプレミディ※現在は移転」に深夜メシに出かけたことも数えきれない。夕飯に迷ったときは「PECO」によく行った。昨年末に閉店してしまったが、ここのにんにくと赤唐辛子のスープパスタはみんな大好きだった。

そのうち酒も覚えた。覚えたと言っても食事にあわせて嗜む訳など到底なく、ただただ毎度呷るように飲むだけだった。「HARLEM」やら「asia」やら、好きでもないクラブに連れて行かれて騒いだこともあれば、「HUB」や「ZEST」でテキーラやスピリタスを飲んで、潰れて、それが各人の武勇伝になっていった。メシは大人になっても酒の飲み方はまだまだ青二才だった。

社会人になると、先輩がいろんな店に連れて行ってくれた。道玄坂ラブホ街の麓の台湾料理「麗郷」、セルリアンタワー裏の処女牛焼肉「ぱっぷHOUSE」など、どれも美味かった。

腹が満たされた後は飲みに連れて行ってもらった。24時間営業の居酒屋「山家」で朝10時まで飲み明かした挙句その先輩は酔いつぶれた。30代に差し掛かっても酒との付き合いは大学生と大差ないことを学んだ。

30代になって独立して会社を立ち上げた時は、鶯谷町にオフィスを構えたこともあった。その時に知り合った料理人の友人は昨年自分の店を出し、一年もたたぬうちに予約が取れない人気店になった。渋谷警察の裏側のビル2F、看板もない「酒井商会」である。

福岡出身の彼が目利きして仕入れる九州食材を使った料理と日本酒とナチュラルワインがメインの店で、当然だが季節ごとにメニューは変わる。焼き穴子サンドは毎度頼まざるを得ないし、ハムカツはグルメ雑誌の表紙になるくらいだけど、それ以外もとにかくいつ行っても「あ、これ食べたい」と思わせるものが多すぎて、一回では制覇しきれない。友人と、デートで、仕事で、行く相手もシーンも選ばない、食好きなら必ず「次はあれを食べにまた来よう」と思うであろう居心地の良いお店だ。

また、立ち上げた会社が危機に陥った時、「焼肉でも喰いながら話しあおう」と言ってたまたま行ったのが「高麗亭」。クロスタワーの坂の雑居ビルの地下、ここも目立つ看板はないから狙って行かないと見つからない。いや、仮に見つけたとしても入りにくい。

席に着いた時には、キムチ、サンチュ、荏胡麻、青唐辛子、海苔、ナムル、全てがスタンバイされている韓国仕様。メニューがないから(言えば出してくれるが誰も見ない)頼む肉はお店との阿吽。タン、カルビ、ロース、イチボ……どれも極上。

一口目はお母さんがサンチュで巻いてアーンしてくれるのはもはや名物。たらふく食べて冷麺まで一通り終わった後は山盛りのフルーツ。このフルーツが胃の中をスッキリさせてくれる。ここにいるとそこにいる人がみな笑顔になれる、あったかいお店だ。

そして30代後半になった今、渋谷で食事をした後に立ち寄れるバーができた。マークシティと246の狭間、客引きを往なして辿り着く雑居ビル5Fで目立つ看板は出ていない「RUDIES」。

ウィスキー、ラム、ブランデーから、長野出身の店主が仕入れるフレッシュなフルーツを使った季節のカクテル、豆を挽いて淹れてくれるコーヒー、ロイヤルミルクティーもある。が、ここに来る客の多くが求めているのは葉巻だ。

50種類以上を揃えてどうやら希少なものもあるらしいが、ボクはコイーバとロメオYジュリエッタくらいしか知らないので、おすすめのものをいただく。11世紀の中国の詩人 欧陽修は三上(馬上、枕上、厠上)がもっともアイデアが浮かぶ場所と言ったらしいが、ろうそくの灯りと葉巻とコーヒーの香りで耽っていると妙案が着想したりするのである。

ちなみに、ここはメニューにキューバンサンドや牡蠣のスモークがあったり、秋にはお通しで松茸の土瓶蒸しが出てきたりするが、全て自家製。休みの日に試案して試作しているという。だから、そのクオリティの高さにいちいち毎回舌を巻く。

渋谷デビューした中学生の頃から20年以上経った今もなお、当時通っていた店は行くけれど、35歳を過ぎてようやく初めて行った老舗も数知れず。おそらく食べログで「渋谷 ラーメン」で検索したらトップに来ると思われる百軒店の「喜楽」、孤独のグルメの五郎さんも食べたちゃんぽん「長崎飯店」、薔薇が目印1975年創業の純喫茶「Paris COFFEE」、109とくじら屋の間で渋谷を眼下に一望しながら上質な酒と魚を楽しめる大人のための隠れた小料理屋「玉久」。「オーチャードホール」でオーケストラを見たのも、つい最近が初めてだった。

渋谷駅には当時の面影はなくなり、宮下公園やパルコも消え、ヒカリエができて、渋谷ストリームができた。ハイビスカスとパレオで渋谷を席巻していた“ギャル”たちは今、時代を牽引する“美魔女”になった。若い頃にはギラギラにエネルギッシュに発散できて、大人になれば人知れずしっぽりできる店もある。どれだけ街の外形が変わっても、いろんな引き出しを持って、10代、20代、30代、40代……歳相応の遊び場を提供してくれる、それが渋谷のいいところだ。

酒井商会
住所: 東京都渋谷区渋谷3-6-18 荻津ビル2F
TEL: 070-4470-7621
営業: 平日 16:00〜24:00
土曜 15:00〜22:00
日休 不定休

高麗亭
住所: 東京都渋谷区渋谷2-14-133 岡崎ビルB1
TEL: 03-3406-7310
営業: 平日 17:00~23:00
土曜 17:00~22:00
日祝休

RUDIES
住所: 東京都渋谷区道玄坂1-7-10 新大宗ソシアルビル5F
TEL: 03-6885-7253
営業: 月~木 18:00~3:00
金曜 18:00~5:00
土曜 14:00~24:00
祝日 14:00~24:00
日曜休

伊地知泰威|IJICHI Yasutake
株式会社サンシャインジュース 取締役副社長
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に従事。その後PR会社に転籍し、PR領域からのマーケティング・コミュニケーション・ブランディングのプランニングと実施マネージメントに従事。30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」を立ち上げ、現職。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman