「酒づくりの神様」と「美食のまち」を堪能する「Saketronomy(サケトロノミー)」開催|LOUNGE
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2019年4月8日

「酒づくりの神様」と「美食のまち」を堪能する「Saketronomy(サケトロノミー)」開催|LOUNGE

LOUNGE|「酒づくりの神様」と「美食のまち」を堪能する「Saketronomy」開催

「酒づくりの神様」と「美食のまち」を堪能する
「Saketronomy(サケトロノミー)」開催

石川・小松市、農口尚彦研究所と地元食生産者、そして一流シェフによるコラボレーションが体験できるイベント「Saketronomy」。日本酒の魅力、新しい旅の楽しみを発見する良き機会となる。3月25日に初の開催となった本イベントをリポートする。

Text by IWASE Daiji

「Sake」と「Gastronomy」の融合をコンセプトとしたペアリングイベント

日本最高峰の醸造家のひとり、農口尚彦(のぐちなおひこ)杜氏。1970年代以降低迷を続けた日本酒市場の中で「吟醸酒」をいち早く広めた火付け役であり、また戦後失われつつあった「山廃仕込み」の復活の立役者ともなった。全国新酒鑑評会では連続12回を含む通算27回の金賞を受賞。70年近い酒造り人生の中で数々の銘酒を生み出してきた。酒造りの神様といわれる氏は一度酒造りから離れた。日本酒の世界では落胆の声が広がったが、しばらくのブランクを経て、2017年11月、その匠の技術・精神・生き様を研究し、次世代に継承することをコンセプトとした酒蔵「農口尚彦研究所」が設立され、農口杜氏は第一線に復帰。86歳、いまだに闊達、そして挑戦。若い蔵人たちと、また新たな酒造りの道へ踏み出したのだ。

朗報ではあったが、ひとつ疑問があった。杜氏がながらく酒の道を歩んできた能登ではなく、同じ石川県ではあっても、なぜ小松という場所を選んだのか? 小松のイメージとすればやはり空港。首都圏からは、金沢や温泉などの北陸観光やビジネスのハブという印象で、ここに杜氏の求めるものがあるのかよくわからなかった。その答えのひとつが、今回開催された、「Saketrnomy(サケトロノミー)」というイベントで明確になった。

Saketronomyは、地元農産物や食に関わるクリエイターの発信拠点を創造し、小松市を「美食のまち」として世界中の美食家達の「旅の目的地」とすることが目標のプロジェクトから生まれた。農口尚彦研究所を中心に、地元の有機JAS認証米の栽培農場である「護国寺農場」、有機JAS認証野菜の栽培農園「西田農園」が加わり、このメンバーで、「Sake」と「Gastronomy」の融合をコンセプトとしたペアリングイベントを定期的に開催していくという。

その第一回目が、3月25日に開催された。オープニングを飾ったゲストシェフはフランス料理世界大会ボキューズドール 2019 の日本代表である髙山英紀シェフ(メゾン・ド・タカ芦屋)。舞台は、農口尚彦研究所内「杜庵」。九谷焼人間国宝𠮷田美統氏、デザイナー大樋年雄氏によるディレクションで完成したテイスティングルームで、裏 千家ゆかりの地である小松市に敬意を称し「茶室」をイメージした空間となっている。西面窓外には四季折々の田園パノラマビュー、酒づくりの季節には東面窓から圧搾室と仕込室で酒を造る蔵人の様子を見学できる設計となっている。

さて、最初は「純米酒 無濾過生原酒 2017」と「純米酒で煮出した蛤のブイヨン セロリとゆずの香り」の組み合わせ。通常そのシーズンのものを楽しむのが日本酒だが、農口杜氏の酒はワインと同様、ヴィンテージの違いを味わうのも魅力だ。1シーズン前のこの酒は、早くも豊かな熟成香があり、それが飲み口の濃い旨みにもつながっていく。ワインの文脈で言えば、飲み終わりに感じるのはタンニンの集中力にも似た感覚。香り、飲み口、余韻をあわせれば、今、注目のオレンジワインにも通じる世界。シェフのフレンチと和が融合した、洗練の中で旨みを主張する蛤を包み込み、ゆずとともに爽やかにキレていく見事なペアリングだった。

6皿+デセールまで続くペアリングの中には、王道フレンチとの組み合わせもあったが、農口杜氏の酒は見事に手を取り合った。杜氏は世界で楽しんでもらえる酒を造りたいといい、その答えは見つかっていないという趣旨のことを語られたが、いや、もう答えは出ているじゃないか。そのひとつが、「サフラン風味のビスクドオマール」とペアリングをした「山廃純米酒 2017」。酒のアロマからすでに集中力と華やかさを感じ、この時点で甲殻類、クリームソースというイメージが降りてくる。シャンパーニュのブラン・ド・ノワールやカリフォルニアのモードなピノ・ノワールが好きならば、ぜひ試していただきたい。あえて、髙山シェフが、和に寄せず王道フレンチで攻めた理由。そこには世界の料理を包んでいく酒という魅力を感じたからだと言う。

同じように、クミンやレモングラスなど多彩なスパイスやハーブを感じさせ、ボダニカルな清涼感を持ち、中近東の羊料理や滋味深いとも楽しみたくなる「YAMAHAI MIYAMANISHIKI 無濾過生原酒 2018」。髙山シェフはここで両農場の米と野菜を使った「小松産野菜と有機圓場の米 ミルクレープ寿司」を合わせる。なるほど複雑な滋味と、一方でみずみずしさを保っている素材が、明るく、元気に、そして少しエキゾチックな表情をもって魅力的に伝わってくる。メインとして登場した「赤味噌香る黒毛和牛ロース肉のグリエ 旬の野菜と共に」では、プロバンスのドライなロゼという選択が頭をよぎったが、「HONJOZO 無濾過生原酒 2018」は、そのようなロゼと同様のほのかな甘やかさとキレの良さを持ち、そこに赤味噌という発酵系と手を取り合うことでワイン以上に、溶け合うような感覚があった。

そして、全体を通して印象に残ったことに水があった。和らぎ水として出された仕込み水は、軟水でありながら決してゆるいものではなく、ワインで言うところのフィネスを感じるのだ。これは地中90m以上の伏流水の恵みだという。厳密に言えば同じ水ではないが、この地域の水は、護国寺農場、西田農園の野菜にも、流れている。酒造りは水が命。取水地については吟味と検査を繰り返して決定されたものだが、いずれにしても小松という場所の水が農口杜氏を能登ではないエリアでの酒造りに駆り立てたひとつの要素でもあった。(このあたりの話は、またこの地での酒造りについて別の機会に紹介したい)。

素晴らしい酒と料理と素材の組み合わせ。もちろん、農口杜氏の酒自体がフランス料理と手を取り合う要素があることは間違いないが、同じ水の流れである農園の野菜や米たちがその間にあることも見逃せない。

酒好きからすれば、生ける伝説である農口さんがまだ新たな挑戦をするのかという驚きであり、食好き、旅好きからすれば単なる北陸の発着場所というイメージがあった小松という場にこれほどの魅力がうまれたのかという歓迎すべき出来事だった。今後は、国内外の一流シェフを招き、春・夏・秋・冬と年間4回、一般のゲストを対象に開催していく予定だという。今まで通過点だと思われていた場所が、足を止めざるをえない場所に変わっていく。

問い合わせ先

農口尚彦研究所

https://noguchi-naohiko.co.jp/

           
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