連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第25回『バジュランギおじさんと、小さな迷子』

連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第25回『バジュランギおじさんと、小さな迷子』

牧口じゅんのシネマフル・ライフ

連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ

第25回 違いの果てに見えてくるもの
『バジュランギおじさんと、小さな迷子』

インドといえば、ボリウッド(ボンベイとハリウッドから生まれた愛称)とも称される世界有数の映画の都・ムンバイを擁する映画大国。今や年間約2000本近い映画が作られているという。そんなインド映画の中で『ダンガル』『バーフバリ 王の凱旋』に次いで世界興収歴代3位を記録したのが、『バジュランギおじさんと、小さな迷子』だ。

Text by MAKIGUCHI June

異なるものも受けとめ愛すインドの懐

インド映画といえば、群舞と歌。そんなイメージを多くの人が持っているだろう。確かに、私がこれまでに観たインド映画の多くに、歌い踊るシーンが登場していた。だが、それを理由にインド映画を苦手としている人がいるなら、とても残念なこと。この国の映画の魅力や特徴は決してそこに集約されているわけではないからだ。

日本に比べてはるかに多様な価値観が存在しているところに、この国ならではの面白さがある。公的に認定されているだけでも言語の種類は22にも及ぶ。言葉が違えば文化も違う。多くのスパイスを使うという共通点はあっても、食材も調理法も地域や民族によって変わってくる。そんなインドの多様な文化の土台ともいえるものが宗教だ。本作でも、物語の大きな鍵となっている。
 
お人よしのインド人青年パワンは、ヒンドゥー教のハヌマーン神の熱烈な信者。ある日、街で話ができない迷子の少女と出会う。これも神の思し召しだと、彼女の親が見つかるまで預かることにする。

実は彼女はシャヒーダーという名で、隣国パキスタンの小さな村からやって来たのだ。母親とインドの寺院に、声が出るようにと列車に乗ってはるばる願掛けにやって来たイスラム教徒。家に帰る途中で母親とはぐれてしまった彼女だが、祭りで神に捧げるダンスに興じるパワンに魅了され、ついてきてしまったのだ。

バジュランギおじさんと、小さな迷子
バジュランギおじさんと、小さな迷子

名前も素性も、住んでいる場所も伝えられないシャヒーダーを、出会った所とタイミングからてっきりインド人のヒンドゥー教徒だと思い込むパワン。やがて、彼女を家に送り届けるため700キロの旅に出ることになる……。

前半の見所は、シャヒーダーがイスラム教徒であることが、彼女の行動から徐々に判明していく様を描いた数々のユーモラスなシーンだ。ヒンドゥー教とイスラム教の二人は祈りを捧げる寺院が違う。そして食事も違う。違いを目の当たりにしても、子供だから何もわからないのだろう、何かの間違いなのだろうと気を取り直すパワン。だが、決定的な違いを知る時が訪れ、彼女を警察に預ける決心をするのだ。

日本にいると、タブーを意識することは少ない。だが、インドは大きな価値観の違いをすぐそばで感じられる国。軽妙に、だがあくまでも誠実に描かれていく。

後半になると、前半で見えてきた違いを、パワンとシャヒーダーがどう乗り越えていくかに焦点が当てられていく。そこでは、インドとパキスタンが置かれる状況がやや社会派タッチで表現され、本作が単なるお気楽な娯楽作以上の強いメッセージを持っていることに、観客も気づき始めるのだ。

シャヒーダーの素性が少しずつわかり始めたときはその違いにとまどっていたパワン。だが、少女と接するうちに、国、言語、人種、宗教、文化、風習など、違いへのこだわりが無意味だと気づいていく。

バジュランギおじさんと、小さな迷子
パワンの変化を描く丁寧な心理描写は、熱心なインド人ヒンドゥー教信者にとって、パキスタン人イスラム教徒と手を取り合うことがどういうことかというところまで、わかりやすく伝えてくれる。両国の歴史を考えれば、それが容易くないことも想像に難くない。それでも少女を助けることを選んだパワンの変化には、熱いメッセージが込められているのだ。

パキスタンまでの道のりは険しく遠い。国境警備隊に追いかけられたり、スパイ容疑でパキスタン警察に追われたり。コメディ、ミュージカル、アドベンチャー、アクション、社会派&ヒューマンドラマとジャンルの枠を軽々と飛び越えながら、物語はやがて人間が目指すべきひとつの到達点へと向かっていく。

159分という長尺のこの映画は、さまざまな要素を盛り込みながらも、一瞬も飽きさせることなしに誰もが夢見るひとつの結論へと我々を導く。パワンとシャヒーダーとともに、泣き笑いながら長い旅をしてきた観客にとって、最後に目にするのはまさに桃源郷のような光景だ。多様な価値観を包み込んでいるこの国ならではの個性が生きた傑作といえよう。大都市から山岳地帯の大自然まで、雄大な風景も楽しみながら、インドという国の懐の大きさをぜひ本作で体感してほしい。

★★★★★
まるで昭和ドラマの主人公のような人情派パワンと、健気なシャヒーダーの珍道中に笑って涙する159分。

『バジュランギおじさんと、小さな迷子』
出演:サルマン・カーン、ハルシャーリー・マルホートラ、カリーナ・カプール、ナワーズッディーン・シッディーキーほか
監督:カビール・カーン
配給:SPACEBOX 宣伝:シネブリッジ
原題:Bajrangi Bhaijaan/2015年/ヒンディー語/シネスコ/5.1ch/159分/映倫G
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公式HP:Bajrangi.jp 公式twitter:@Bajrangi_movie 公式facebook:Bajrangi.jp
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