マクラーレン MP4-12C スパイダー国内試乗|McLaren
McLaren MP4-12C Spider|マクラーレン MP4-12C スパイダー
開放感を手に入れたスーパーカー
マクラーレン MP4-12C スパイダーに試乗
F1チームとして有名なマクラーレンがつくった、公道走行向けのスーパーカー「MP4-12C」。2012年8月には、そのオープン版たる「MP4-12C スパイダー」が発表され、直後の10月には日本国内でも発売となった。山崎氏による海外サーキット試乗記につづき、ついに国内への導入が開始されたこのオープンスポーツを、大谷達也氏が試す。
Text by OTANI Tatsuya
Photographs by NAITO Takahito
ナンセンスな議論だ
マクラーレン「MP4-12Cスパイダー」のボディ剛性がクーペ版とまったく変わらないという話題が巷を賑わせているけれど、実にナンセンスな議論だとおもう。
なぜなら、MP4-12Cのボディは重さ75kgのモノセルと呼ばれるカーボンコンポジット モノコックが主な構造体となっているが、これはキャビンのフロア部分とそれをぐるりと取り囲む高さ20~30cmの壁で構成されるもので、もともと屋根に相当する部分がない。だから、オープンにしてもボディ剛性にほとんど影響を与えないのは当たり前のことなのだ。
いっぽう、量産車の多くが採用するモノコック構造は、タマゴの殻のようにボディ全体をくるりと取り囲むように形作られているから、オープンにしようとおもってその一部を取り去れば、ボディ剛性は当然低下する。
タマゴは、殻が無傷であれば意外なほど丈夫だけれど、その一部を傷つけるとたちまち脆くなるのとおなじこと。もし、オープンにしてもボディ剛性が下がらないようにしようとすれば、それ以外の部分の補強を相当念入りにおこなわなければいけない。
言い換えれば、セダンやクーペをベースにオープントップにすれば、剛性低下か重量増加の少なくともいっぽうは絶対に避けられなかったのである。
けれども、最初から屋根のないモノコックを用いるMP4-12Cはオープンにしても剛性は落ちないし、ボディ補強も不要だから車重の増加は40kgとごくわずか。つまり、オトナひとり分も重くなっていないのである。おそらく、これはオープンに必要な機構を追加したことに伴う車重増だろう。
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マクラーレン MP4-12C スパイダーに試乗(2)
やっぱり変わらない
MP4-12Cスパイダーの本当のすごさは、これだけじゃない。なんと、重心高がクーペと変わらないのである。もっとも、これはマクラーレンの技術者と立ち話をしているときに聞いた話で、正確に何mmとまでは確認していない。だから、ひょっとすると1mmか2mmはちがっているのかもしれないが、実質的にゼロだ、ということをこの技術者はいいたかったのだろう。
その点は、乗ればすぐにわかる。なにしろ、クーペと何から何まで印象がかわらないのだから。あの、スーパースポーツカーとしては異例に快適な乗り心地も、ただセンシティブなだけでなく正確で懐深いハンドリングも、そしてボディ全体から醸し出される呆れるほどの剛性感も、まったくクーペとかわらない。紛れもないMP4-12Cなのである。
スパイダーが手に入れたもの
そのいっぽうで、スパイダーとなって手に入れたものはいくつもある。その最たるものがルーフを開けたときの開放感だ。MP4-12Cほどのシリアスなスーパースポーツカーであれば、やはり徹底的にドライビングに集中したくなるものだが、ロングツーリングに使えるほどの快適性も有しているのがMP4-12Cのもうひとつの特徴である。
だから、目の前に大きく海が開けたときや、ワインディングロードを攻め終えてほっとひと息ついたときにルーフを開け放てば、スーパースポーツカーゆえ開口面積はそれほど大きくはないものの、清涼な空気がキャビンのなかに流れ込んで絶好の気分転換になる。「ああ、スパイダーを選んでよかった」とおもう瞬間である。
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マクラーレン MP4-12C スパイダーに試乗(3)
スパイダーだけの小さな仕掛け
もうひとつ、スパイダーにできてクーペにできないことがある。
それがリアウィンドウの開閉である。もともと、オープン時にはエアディフレクターの役割も果たすこのリアウィンドウは、ルーフの開閉とは関係なく、独立して開け閉めできる。つまり、ルーフを閉じていてもリアウィンドウを開けられるのだ。こうすると、キャビン後方で響くエンジン音がダイレクトにキャビンへ飛び込んできて、ドライバーの気分をさらに盛り上げてくれるのだ。
もっとも、私はかねてよりMP4-12Cのエグゾーストサウンドは大きすぎると考えていたので、個人的にはクローズ時にリアウィンドウを開けることはないだろう。むしろ、どこかのボタンを押したら、排気音がぐっと小さくなる仕掛けが欲しいとおもっているくらいだ。
それ以外で以前試乗したクーペ版とちがっている点はといえば、エンジンの最高出力が25ps増えて625psになったことと、ドアの開閉方法がかわったことの2点くらい。
なお、25psのパワーアップは残念ながらほとんど体感できないが、2012年モデルにもレトロフィットできるというので、現行モデルオーナーはディーラーに相談するといい。
いっぽう、初期型MP4-12Cのドアの開閉方法は独特で、ドア中央部分のえぐり取られた部分に手を滑り込ませ、ここを手で前後にスライドするとロックが解除されるというものだった。これにはちょっとしたコツが必要だったが、そのコツを習得することがオーナーの誇りにも結びつくので、個人的にはむしろ好ましいとさえおもっていた。
ただし、泥で汚れたときに作動しにくくなるという短所があったため、より一般的なプッシュスイッチタイプに改められることとなった。ちょっと残念な変更ではあったが、確実に開閉できるのは間違いなくこちらのほうである。
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マクラーレン MP4-12C スパイダーに試乗(4)
マクラーレン流スポーツカーデザイン
最後にMP4-12Cとレーシングカーとの結びつきについて、もう一度書いておきたいことがある。これは以前クーペ版をリポートしたときにも触れたことだが、レーシングカーであるF1マシーンとMP4-12Cは、外観上の共通点はあまり見当たらないものの、その設計思想には深い結びつきがある。その最たるものが、スポーツドライビング中にドライバーをいたずらに刺激することなく、冷静沈着に判断できる環境を整えていることだ。
これはコクピットについても同様のことが言える。はっきりいって、MP4-12Cの操作系や表示系は最新のF1とは似ても似つかない。しかし、そのオリジナリティの高いレイアウトは人間工学を考え抜いてデザインされたものであり、表示系はコンパクトながら実に見やすく、操作系も容易かつ確実にコントロールできるよう工夫されている。
なかでも、センターコンソール上のディスプレイを通常の横型ではなく縦型に配置したり、エアコンの表示系と操作系を左右に分離してドアのハンドル上にもうけたりした点などは、スーパースポーツカーの限りあるキャビンスペースを有効活用する優れたアイデアとして注目に値する。実にクリエイティブで柔軟な発想だ。
そのいっぽうで、MP4-12Cのステアリング上には一切スイッチがない。この点は、ステアリング上に所狭しとスイッチやダイアルを配したF1マシーンはおろか、最近のラグジュアリーカーとくらべても大きくことなっている。
これについてデザイン ディレクターのフランク・ステファンソンにたずねたところ、こんな答えが返ってきた。
「スーパースポーツカーのなかにはF1に影響されたインテリア デザインを採用しているものがあります。それ自身は興味深いことですが、F1はあくまでもF1であることに気づくべきです。F1でステアリング上にスイッチを並べているのは、コクピットがあまりに狭いからに過ぎません。もっとも、ステアリング上はF1ドライバーにとってオフィスのようなものですから、彼らはそれらを自由自在に操ることできます。けれども、一般のドライバーには絶対に真似できません。ですから、私はステアリング上にスイッチをもうけないことにしたのです」
F1とMP4-12Cとではデザインが大きくことなるが、真の意味で優れたスペース効率と操作性を追求する姿勢は、どちらにも完璧に貫かれている。これこそ、F1チームであるマクラーレンが作ったロードカーとして、もっとも誇るべき点であろう。
McLaren MP4-12C Spider|マクラーレン MP4-12C スパイダー
ボディサイズ|全長4,509 × 全幅1,910 × 全高1,203 mm
ホイールベース|2,670 mm
トレッド 前 / 後|1,656 / 1,583 mm
車輛重量|1,376 kg
エンジン|3,799 cc V8 ツインターボ
最高出力|625 ps(約460 kW)/ 7,500 rpm
最大トルク|600 Nm(約61.2 kgm)/ 3,000-7,000 rpm
0-100 km/h加速|3.3 秒(コルサタイヤ装着時3.1秒)
最高速度|329 km/h
トランスミッション|7段デュアルクラッチ
タイヤ 前/後|ピレリPゼロ 235/35 R19 / ピレリPゼロ 305/30 R20
燃費(EU複合サイクル)|11.7 ℓ / 100 km
CO2排出量|279 g/km
価格|3,000 万円