あなたのクルマ 見せてください 第3回 鈴木正文 × シトロエン 2CV
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2015年5月11日

あなたのクルマ 見せてください 第3回 鈴木正文 × シトロエン 2CV

第3回 鈴木正文 × シトロエン 2CV

スズキさんのシトロエン遍歴

2010年末、みずから創刊した雑誌『ENGINE』をはなれ、『GQ』編集長に就任した鈴木正文氏。自他ともにみとめるエンスージアスト「スズキさん」が、あらたなスタートにあたってパートナーに選んだのはシトロエン「2CV」だった。はたしてどういったいきさつでスズキさんは2CVとつきあいはじめたのか?

Text by SUZUKI Fumihiko(OPENERS)
Photographs by JAMANDFIX

もらいました。

このクルマは世田谷でセキネ洋服店を営むジャケットやスーツのモデリスト、関根久光さんからもらったんです。彼がこの2CVを持っててね。でも「乗ってないし、置くところがないから、誰かもらってくれる人いないでしょうか?」っていわれて、「じゃあ僕でもよければ」って、もらったんです。もとは灰色と黒のチャールストン。シートが灰色のファブリックのね。

でももうペイントもだめになっていたし、車検もないし、内装もボロボロでシートからは中の黄色いスポンジがみえていました。85年型で、まだ1万5千kmくらいしか走っていなかったし、幌の状態もよかったうえに、サスペンションもよわっていないんだけれど、どうせこれじゃあもう修理しなくちゃいけないからっていうんで、内装をちょっと濃いめの赤にしたらカッコイイんじゃないかな? っておもって。赤いビニールレザー、ステキでしょ? それに真っ黒な2CVって見たことないでしょ? フロントのグリルも黒いし、ホイールもピカピカの黒に塗ったんですよね。

あなたのクルマ 見せてください 第3回 鈴木正文×シトロエン 2CV 02

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ラルフローレンの「アトランティック クーペ」じゃないけれど、カッコイイだろうな、とおもって。バンパーも黒く塗って。相当オシャレだよね? じつはもともとのグレーのチャールストンってあんまり好きじゃないんです。黒赤のチャールストンもちょっとなぁって。赤とかベージュがあればいいな、とおもってたから、どうせペイントしないと乗れない2CVでよかった。ちなみにタイヤはミシュランのエックスっていう最初のラジアルタイヤで、これは新品をもらいました。いまや2CV以外にはつかないのに、まだ乗っている人のためにミシュランはつくっているんでしょうね。カタログにも載ってて。エライよね。

でも964型の911も欲しい。

2CVはいいなとはおもっていたから、いいタイミングでした。まぁ街中で、あんまり遠出もしなくて、ただウロウロしているだけだから。ポルシェ911の964型
のカブリオレで、黒、黒、黒っていうクルマがあったら、それもいいなっておもってたんですけれど、911とくらべると、2CVは燃費もいいし。一回の給油で20リッターは入らないから、満タンで22~23リッターだとおもうんだけれど、燃費は250kmくらい走って17リッターくらい。冬の都内でね。

最初のシトロエン体験は2CVだった。

この2CVは3台目になるかな。4台目かな。青、黒と灰色のチャールストン、白も乗っていました。ちょっともうよく覚えてない。だけど最初に乗ったシトロエンは2CVだったんです。自分で最初に買ったシトロエンは「GS」だけれど。

『カーグラフィック』に「ユーズドカーガイド」っていう読者がクルマを売り買いするページがあって、立川あたりの人が売りたいってオレンジ色のGSを出していて、夜見に行ったんです。それで「あぁ、もうすごいステキだ」っておもって買っちゃった。そのころは2CVよりGSのほうがもっとカッコよくて、もっといいとおもってた。

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ヤナセの中古車センターが近所にあって、そこに、ボルボの「アマゾン」、フォルクスワーゲン「ゴルフ」のディーゼル、アウディの「80」……「100」だったかな? それにフォード「タウナス」、いろいろなクルマがあったんだけれど、GSが一番だとおもってたんです。でも180万円くらいして当時は全然買えなくて、からし色の2ドアの2代目「カローラ」を買った。20万円くらいでした。結局気に入らなくて、三菱「ランサーEX」に変えちゃったんですが。ランサーEXは1.6リッターのGT、100馬力でした。すげえなっておもって。100馬力っていうのはすごい高性能だったんです。リッターあたり60馬力以上でているわけだから、それってすごい高性能なんです。だけど『カーグラフィック』の読者だったから、いろいろ夢がふくらんで。GSがいかにいいクルマかとかそういう話があるじゃない? それでそのオレンジ色のGSに買い換えちゃった。でもトラブルつづきだった(笑)。

第3回 鈴木正文 × シトロエン 2CV

スズキさんのシトロエン遍歴(2)

シトロエン遍歴がはじまった。

GSがあんまり故障だらけで、子供がいて奥さんもいるのに、修理代だけで100万円くらいかかちゃって。許してはもらっていたけれど申し訳ないっておもって。それでGSを売ってホンダ「シティ ターボ」に乗り換えました。ハイドロニューマチックがいいとおもっていたから、じつはその前に、ハイドロニューマチックを電子制御でマネした2世代目の「アコード」が出て、それを買ったんですが、それはあまりにも楽しみが少なくて、シティ ターボが出たからシティ ターボに換えたんです。

でも「シティ ターボII」がでて、それがおもしろくなくて、そうしたら、いい2CVが見つかった。トルコブルーの、ドイツの大使館員が乗っていた右ハンドル車。そのドイツ人は、わざわざ右ハンドルのイギリスむけ2CVを買って、日本にもってきていたんです。水中花みたいなのがシフトのノブのところについてたな。彼はそれがジャパンクールだとおもってたんでしょうね。日本人からみたら、クールじゃないんだけど。涼しげではあったけどね(笑)。

とはいえハイドロニューマチックはハイドロニューマチックで欲しかったから白いGSも買って、2台もってたんです。

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そのあとは「CX」も買った。CXはフランスでは一番高級な豪華なクルマだから、贅たくな感じで、シートも気持ちよかったし、なかもコクーンみたいな、すごいプロテクションがある感じでした。

シトロエンに乗りつづけたのはなぜだろう?

シトロエンに乗りつづけたのは、先進的だとか、アバンギャルドだとか、いろいろ乗ってみたくなるとか、そういうことなんじゃないかな。でもみんなすごいトラブルばっかりで、2CVが一番トラブルがなかった。結局やりくりがついたりつかなかったりで、じゅんぐりに3台なくなったけれど、そのあとの「BX」はステーションワゴンで、もうなんか、プジョーと一緒になってあんまりシトロエンっぽい感じがしなくて。ハイドロニューマチックはついてたけれど買わなかった。で、そうするとなんにもなくなっちゃって寂しいから、2CVをまた買いました。それが黒と灰色のチャールストン。それでシトロエン遍歴は終わった。そのあとは「ゴルフII」の新車を買いましたね。

第3回 鈴木正文 × シトロエン 2CV

スズキさんのシトロエン遍歴(3)

自動車? No Thanks!

2CVに最初にちょっと乗ったのは、多摩川の河原だったようにおもうけれど、ステアリングにまったくキックバックがなくて、ものすごい乗り心地がよかった。それですごい感激したんです。ヨーロッパで舗装がそれなりに津々浦々におよぶのは1960年代になってから。2CVは48年に発表されて、売りだされたのは翌年ぐらいだったとおもうけれど、舗装路がないのが前提のクルマなんでしょうね。そういうところで乗り心地がよくて、必要最小限のエンジンで、最大限のキャパシティがあるっていう。荷物と人を運べて、なんか左翼チックっていうのかな。重量は500kgないくらいで、燃費もいいし。いいなぁとおもってた。

2CVを買ったころはもう『NAVI』で仕事をするようになっていて、僕の企画「自動車? No Thanks」っていう、反自動車論のページを担当していました。石油危機も2回あって、いろんな人に自動車反対論っていうのを聞いていたんです。そうするとちょうど、反対の賛成というのか、赤塚不二夫の言い方みたいだけれど、それはつまり、反対しながら、でもちょっと、最低限賛成できるようなクルマとして2CVがあるって、そういうふうに考えていたような気がします。

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スズキさん2CVを語る。

2CVはモデルチェンジはほぼないんだけれど、サスペンションとエンジンがちょっとかわってます。最初は関連懸架っていう独特の、フロントがわっとノーズダイブしたときにリアがあがらないようにするサスペンションだったんですが、70年代のおわりくらいに、フロントはストラットで、リアはトレーリングアームの普通のサスペンションになって、エンジンは最初は375ccだったのが、425ccになって、僕のは602cc。高速化にともなって2気筒のままだけれど、大きくなった。それで馬力もすこし増えた。僕のは29馬力かな。0-100km/hって性能指標でいわれるじゃない? いまの911だと4.7秒とかで、5秒っていったら相当高性能だけれど、じゃあ2CVは? っていたら一日(笑)。

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アンドレ・シトロエンっていう人は、T型フォードに感激して、デトロイトに見に行った。それでみんながクルマに乗れるようにって、シトロエンっていう会社を起こしたらしいですよ。でも、なんでだかしらないけれど、操縦性がいいことを選んだのか、2CVではフロントのタイヤに重みがかかるほうをえらんで、フロントエンジン、フロントドライブなんです。だから難点は、上り坂だと、重みが足りなくて、坂をのぼりきらないことです。エンジンが400cc代だったときは九段の坂をバックであがったりしていました。あるいはむかしの写真を見ると、アルプスなんかでは、上り坂はフロントに人を乗っけてのぼっているんです。坂道発進は大変ですよ。僕はいま、坂道発進にハンドブレーキは使わないんだけれど、それはいっかい、九段のグランドパレスだったか、2CVに乗っていて、坂の、のぼりきるあたりに料金所があった。さすがにこれだけの傾斜で2CVじゃたいへんだからってハンドブレーキをひいたら、抜けちゃったんです。まぁだいたいが2CVのハンドブレーキは効かないんだけどね。それ以来ハンドブレーキを坂道発進で使わなくなりました。2CVはさすがにそれだとさがるんだけれど、でもさがる恐怖は2CVで克服した。

スズキさんの道はつづく。

まぁでも2CVでどこでも行きました。時速110kmくらいは出るんだよ。中央道みたいなところで、のぼりでだと大体時速80kmくらい。だから、自然の土地の形状にたいして敏感なんだよね(笑)。乗り心地もいいし、直進性もいいし、見晴らしもいいんだけれど、4時間くらいずっと高速道路を走っていると音で疲れますね。スロットルペダルを踏みっぱなしで許容回転の上限ぐらいで巡航しているから。風の音もすごいし。でも、基本的には楽しいクルマですよ。ローギアはうるさいけれど、セカンドとかに入っちゃえば、そんなにうるさくない。空冷の2気筒ならではの、トレモロみたいなとぅるるるるっていう音も楽しいし、レスポンスもよくて、フィアット「500」のツインエアだっけ。あれも2気筒で、いいんでしょ? まぁ2CVは相当頑張ってても、街中でちょっと気合の入ったタクシーとか軽自動車に抜かれるくらいの感じなんだけれど、クルマに必要な最低限っていうのはある。

雰囲気がいいし、平和な気分になります。それに僕のみたいにしたらオシャレじゃない? 高いクルマじゃないから、えばってる感じもないし。似合ってるかな、あれ。仕事もあたらしくなったし、あらためて、クルマが好きになったころの一番好きだったクルマの一台に乗る。初心にかえるっていうのか、やっぱり2CVはよかったです。

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鈴木正文|SUZUKI Masafumi
1949年東京生まれ。英字紙記者を経て、二玄社に入社。自動車雑誌『NAVI』の創刊に参画し、89年に編集長就任。数値だけでなく社会的、文化的な尺度で自動車を批評する自動車文化雑誌をスローガンに編集を行う。
99年に独立し翌年から男性ライフスタイル月刊誌『ENGINE』(新潮社)を創刊。2012年1月からは『GQ』編集長に就任して精力的に活動中。著書には『マルクス』、『走れ!ヨコグルマ』など。

           
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