連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第26回『THE GUILTY/ギルティ』
LOUNGE / MOVIE
2019年3月1日

連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第26回『THE GUILTY/ギルティ』

連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ

第26回 現代版『罪と罰』。
あなたの想像力に挑むデンマーク発のサスペンス
『THE GUILTY/ギルティ』

もう長いこと映画を観続けて来ているが、こんな作品と出会えることが、映画鑑賞の醍醐味のひとつなのだとつくづく思う。観客の好奇心、想像力を掻き立て、終演後には深い感慨に浸ることができる。「電話からの声と音だけで、誘拐事件を解決する」というシンプルな展開は、爽快感や華やかさとは無縁だ。だが、そこには予想だにしないドラマが待ち受けている。

Text by MAKIGUCHI June

物語を完成させるのは観客の想像力

『THE GUILTY/ギルティ』は、完全ワンシチュエーションで進む、88分のドラマだ。主要な登場人物で姿を見せるのは、アスガーという男ただ一人。緊急通報指令室のオペレーターだ。自分が起こしたある事件をきっかけに第一線から退いている警察官だが、どうやら無罪放免となり明日から現場復帰を許されるようなのだ。

そんな時、一本の通報を受ける。怯えた女性の声で、元夫に車に乗せられまさに誘拐されているのだと訴えてくる。家に置き去りになっている子供に電話しているふりをして警察に電話してきたのだ。「誰と話しているんだ」という強い男の声、車のエンジン音、彼女を救うべく出動したパトカーとのやり取りなど、すべてはアスガーと電話口の人々とのやり取りのみで進んでいく。

ギルティ
アスガーは決して好ましい人物ではない。不遜だし、緊急通報してきた相手をも場合によっては鼻で笑い、自業自得だと言い放つ。元同僚との話しぶりからは、謹慎処分の発端となった事件も、かなりきな臭い。唯一姿を見せる主人公がこれでは、極めて感情移入しにくい。そう思っていると、物語は急展開していく。女性からの通報により、アスガーの態度は一変。声にも緊張が走り、知らないうちにストーリーに引き込まれていくのだ。

ほどなく、観客はどんどんアスガーと同調していく。やがて私たちが観るのは、電話の向こう側で起きている事件に食らいつき、必死に事件を解決しようとするアスガーの善の姿。急激に、警官らしい正義感が顔を覗かせ始めるのだ。

彼が必死に解決しようとする見えない誘拐事件は確かに大きなフックだ。88分にわたりほぼアスガーの顔しか映し出さない映像に強い刺激を与え、観客を決して飽きさせない。大きな要因は、観客1人1人が、音声から創り出す自分だけの創造世界だろう。人間が聴覚から得られる情報は、わずか11%だという。つまり観客は、事件の全容を探るべく、知らないうちに自分の想像力をフル稼働させて、物語と深くかかわっていく。極度の緊張感の中、残り89%を補うために。そして、その果てに導かれるのは、驚くべき結末なのだ。

ギルティ

ギルティ

この手があったか!と思うと同時に、観客を巻き込むストーリーテリングの力にすっかり魅了される。劇中、観客はミスリードに襲われるかもしれないが、それは「どんでん返し」などという“チープ”な言葉で表現できる種類のものではない。深い人間ドラマの中で起きる悲しい真実だ。それは、現実世界でも起こり得る、あまりに切ない“人生”なのだ。

観客は、その一部始終をアスガーと同じ状況に置かれながら体験する。究極の臨場感を味わうことになるのだ。新感覚サスペンスという呼び名が相応しいことは、観た人なら納得だろう。

だが、それだけで終わらないのが、本作の凄さだ。最後に観客が知るのは、このドラマが電話の向こう側で起きている事件を描いたものではなく、それを通して変化していく一人の男の姿だということだ。確かに、声だけで展開する誘拐事件はとてもショッキングだ。そのエンディングも実に衝撃的である。だが、事件を通して明かされるアスガーの真実、そして告白、そして目覚めが痛いほど心に突き刺さる。アスガーのみが映し出されていていた演出の意味はここにあったのだ。

そこに描かれるドラマは、ドストエフスキーの『罪と罰』さえ思い起こさせるほど重い。 考えてみれば、『THE GUILTY/ギルティ』というタイトルへの思いはそこにあるのだと確信できる。

第34回サンダンス映画祭では、『search/サーチ』(NEXT部門)と並び、観客賞(ワールド・シネマ・ドラマ部門)を受賞。第47回ロッテルダム国際映画祭観客賞/ユース審査員賞、第44回シアトル国際映画祭 監督賞の受賞などに加え、世界中の映画祭で観客賞を総なめにしている話題作だ。極めて精査された情報から、あなたは何を得るのか。ジェイク・ギレンホールによるハリウッドリメイクも決定し、世界の映画人たちを唸らせている本作を、ぜひ体験してみて欲しい。

★★★★★ 観る者の想像力を刺激する極上のプロットに脱帽。

臨場感を倍増させるイベント上映も

ソニー独自の音導管設計を採用した、耳をふさがず周囲の音を自然に聞きながら音楽や音声も同時に楽しめるオープンイヤーステレオヘッドセット「STH40D」を装着して映画を鑑賞するイベントも開催された『THE GUILTY/ギルティ』。ヘッドセットからは電話先の声と音のみが出力され、まるで自分自身が映画の主人公と同じ緊急指令室のオペレーターになったような気分で映画を楽しめると好評だ。応援上映、爆音上映、4DX上映など、様々な「体感型の映画体験」が話題になる中、新たな視点で映画鑑賞の可能性を広げる企画上映。現在、一般興行でも検討されている。今後の予定は公式HPをチェック。https://guilty-movie.jp/

ギルティ

『THE GUILTY/ギルティ』
出演:ヤコブ・セーダーグレン、イェシカ・ディナウエ、ヨハン・オルセン、オマール・シャガウィーほか
脚本・監督:グスタフ・モーラー
配給:ファントム・フィルム
提供:ファントム・フィルム/カルチュア・パブリッシャーズ
©2018 NORDISK FILM PRODUCTION A/S
新宿武蔵野館/ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開中!

           
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