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Neil Denari (ニール・ディナリ)
マシュー・ワォルドマンによるインタビュー Vol.16 建築家 Neil Denari (1) 文=マシュー・ワォルドマン
建築は、空間と生活を変容する存在である、という事実Matthew 僕は、ほとんどのアーティストやデザイナーたちは、自ら受ける「インスピレーション」について語ることは得意でも、「モチベーション」について語るのはそうでもないことに、あるとき気がつきました。あなたがいまおこなっていること、そして引きつづきおこなっていくことについて、あなたのもつモチベーションとは一体なんなのでしょうか?Neil 私自身が建築家になるためのもっとも大きなモチベーションは、多くの意味で時代と場所とに強く関係しています。60年代から70年代にかけて、D-FW Metroplex(Dallas / Fort Worth Metroplex / テキサス州のダラス・フォートワース都市圏)は、軍需産業とスポーツエンターテイメント産業の発達に多くを依拠し、大規模な郊外の拡大とともにこの国でもっとも論争を起こした地域です。このような展開を見ていて、私は、デザインされた世界とは、アノニマスなものから、華々しく目立つものまで、かたちづくることを助けるなにかであると、ただただ感じたのです。 自己の満足や個人の表現を越えて、モチベーションとは、往々にしていくつかの方法でより大きな社会、もしくは政治的な野心と交わっていくものでしょう。ここに、建築の規模と避けがたい大衆の議論が、これらのモチベーションに対しての意義を形成する際には、極めて有効な手段となります。言い換えれば、良きことのために、文化を前進するためになどがその根拠となります。 だからこそ、私の過去と現在のモチベーションは複合的であり、けれども個人の感情(純粋なデザインに対する愛情や、それを表明するための意志)と建築自体が、実際にどのような機能をもち、どんなふうに見えるということは関係なく、建築は、空間と生活を変容する存在である、という事実と、生産性のある関係を保つことでもあるのです。 より踏み込んでいえば、私の現在のモチベーションは、ほかのメディアと対峙するのではなく、ともに機能するような建築をつくりあげることです。なぜなら、我々がシンプルに、建築を「実態」や「空間」の守護者として利用するべきだ、とは、私には到底思えません。一方で、現在デジタルメディアは、実際より我々の日常生活を定義する際に大きな影響を及ぼしています。建築はこの領域において、より有用で適切であるという点では、少し遅れをとっています。 Matthew デジタルの革命は、アイデアを表現するパレットを無限にしてきているように僕には思えます。では、どのような技術があなたのなかでは遅れをとっているように思えますか? Neil 建築の規模、そして本質的に手作業である過程は、とりわけ我々がほかの産業から取り入れたいと願う技術との関係と、ある種の問題を産むことになります。敷地を基本とした建築物の建造を超え、より統合された情報シェアシステムへと移行し、そして敷地が存在しなくとも、物質的な製作を基本とした機械を得ることこそが、我々のフィールドでのゴールとなるでしょう。 このレベルのプレハブ式を可能にするには、より大型の機械が、建築の規模を満たすためには必要となります。こういった機械のほとんどは、自動車や航空機の世界ではすでに存在しているものです。ただし、それらはクルマや飛行機の完成品の一部分や、部品のサイズのような規模の大きさに限定されています。 建築家の野心が、世界市場の潮流によって盛り上がっているのと同時に、ガラスをラミネートする、金属をプレスする、(リサイクルのポリマー樹脂など)のインジェクション整型をするような超大型の機械は、現在、中国やそのほかの国でも発達してきています。 我々が現在直面する経済的な状況においても、またこの2年間は同様の状況ではあるかと感じていますが、我々の野心においては、下り坂という局面はありません。ただ、より大きなレベルの技術的な統合を探求する機会が少なくなったということだけです。 ![]()
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