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Photo by Takashi Kato
乾久美子|建築家 01 いま、世界が注目するニッポンの女性建築家たち
2010.11.05

Vol.1 乾久美子インタビュー (1)

風景を肯定すること

 
OPENERSでは、2008年に5人の日本の建築家を紹介する「いま世界が注目するニッポンの若手建築家特集」を組んだ。それはインターネットやパーソナルコンピューターが、誰にとっても当たり前なものになり、情報化が高度に進んだゼロ年代の東京という街における現状を、街のかたちをつくる「建築家」という職能をもった彼らの言葉を借りて具現化する試みであった。それはまた、東京という街を、非現実的なバーチャルに根ざしたものではなく、人間の営みのなかからにじみ出るリアリティあるものによって記述する試みでもあった。

テン年代(2010年代)に入って、経済、政治はますます混迷の度合いを深め、人びとの嗜好やファッションの流行は多様化し、世の中は先のみえにくい時代に突入しているように思える。だからこそいまは、前向きに考えれば、つぎの時代に向けたあらたな好ましい転換期を迎えているともいえるのではないだろうか。

今回の建築家特集では、日本の5人の女性建築家を紹介する。いずれも、東京という都市の現状を見据えながら、地方や世界にその視野を広げ、建築家にしかできない方法で、グローバルな活動をされている方々ばかりだ。本特集の5人の建築家の言葉のなかから、これからの東京(=都市)の姿と、OPENERS読者の皆さまにとっての未来のあるべき姿を少しでも浮かびあがらせることができたのなら、幸いである。

インタビュアー、まとめ=加藤孝司

街と風景を優しくつなぐ建築

集合住宅『アパートメントI』や『Dior Ginza』『Louis Vuitton Taipei Building』などの、風景と建築が一体となったような印象的なデザイン。そこにある目にみえないものをひもときながら、空間というかたちで具体化していく乾久美子氏の建築は、街と風景を優しくつないでいく。今回のインタビューでは海外メゾンの店舗のファサードデザインから、建築家からみた日本の都市の現状、最新作まで、じっくりとお話をうかがうことができた。

『Dior Ginza』 (2004年) 写真=阿野太一
 
──建築との出会いを教えてください。

子どものころ、親が週刊新潮という雑誌を読んでいました。いまではもうないのですが、当時ずっとつづいていた連載で「マイプライバシー」というコーナーがありました。そこには住宅の平面図が小さく掲載されていたのですが、それが大好きで、毎週楽しみにしていました。その「マイプライバシー」を見ながら、「間取り」っておもしろいなと思うようになりました。そのページには平面図だけではなく、外観や内観の写真も掲載されていたので、このような間取りではこういうかたちの建物が建つのだなと、間取りの意味を自然と理解していくようになりました。ときどきそれを真似て、平面図を書いたりしていました。

私は末っ子で、そのせいか自分の部屋がなかったんです。姉と兄にはそれぞれ自分の部屋があるのだけど、私は姉の部屋の片隅に仮住まいさせてもらっているような状態で、そのことを子どもながら不本意に思っていました。その気持ちのあらわれなのか、妄想的に、家を建て替えて、自分の部屋をつくることを計画したりしていました。妄想とはいっても、その計画はわりとちゃんとしていて、敷地の寸法をはかってから書いているようなものでした。

そうした計画を何度も練りながら、家を建て替えてほしいようなことを親に言いましたが、さすがにそれは無理ですよと、当然ながら断られました。それで、現状の間取りを検証して、物の入れ替えをすることで物置があくのではないかということを証明することができて、当時物置に使用していたちいさな部屋を手にいれました。

──それはどのくらいの大きさだったのですか?

4畳の部屋でした。狭いです。ベッドと勉強机をいれたらそれでおしまいです。それでも快適な部屋をつくるべく、当時流行していた妹野河童さんの『河童が覗いたトイレまんだら』の影響を受けて、上から俯瞰した部屋の絵をかきつづけながら、部屋の使い勝手などを考えたりしていました。つまりは、家というものを考えることが子どものころから好きだったのです。ただ、建築家という職業があるということは、当然ながら子どものころは知りません。ですので、そのころは建築家になりたいと思っていたわけではありませんでした。

中学・高校のころは、絵を描くことが得意でしたので美術部に属していました。気が早いのですが、高校1年生のときに美術大学に行こうと思いまして、美術系の予備校に通いはじめたんです。どの科に進むのかはよくわからないけれど、とにかく美術大学に行こうと心のなかで決めたわけです。しかし、高校2年生くらいのときに、ハタと、絵の才能がないことに気づいたんです。そのくらいの年齢になると、技術的に絵のうまいひとと、ひとがいいなと思う絵を描くひとの差が見えてくるのです。すると私は前者ではないかと。技術的にはうまいのだけど、絵とはそれだけで成立しているわけではないとわかってしまったのです。美大にいってもこのままでは自分はモノにならん、と落ち込んだわけです。

ちょうどそのころ、美術大学に建築科があることを知りまして、しかもそこには絵の試験があるらしいと。それならいままで磨いた絵の技術を活かせるじゃないかと思いました。そして建築科を受験した次第です。


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