|
![]()
|
|
|
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
![]()
連載|田中凜太郎 Excuse My Trash ! 『King Of Vintage Vol.3』(後編)
前回に引きつづき、今回も『King of Vintage Vol.3』の発売にさいしておこなった田中凛太郎氏へのインタビューの模様をお届けする。
フィフティーズ以前の古い時代の古着を極めることで、現在古着界の頂点に君臨する“King of Vintage”ラリー・マックコイン氏。話は、古着業界の現状分析からアメリカの歴史、社会分析へと広がり、そこからラリー氏の“強さ”の秘密へと帰結する。
写真=田中凛太郎 インタビュー=竹内虎之介(シティライツ) 古い時代の服の人気は、アメリカ人がもつ“ハンブル”への憧れのあらわれ
──先ほど(前回)古い時代のアメリカがウケてるのは、じつはいまのアメリカへとつづくフィフティーズへのアンチ、みたいな話がありましたが、それはなかなか鋭い分析だと思いました。
アメリカ人は、この何年かすごくよく“ハンブル”という言葉を使うようになりました。日本語でいえば「質素」とか「質実」という意味ですが、彼らにとっていまそれが“失われてしまった良いもの”なんです。1940年代以前の古着の人気が高いのは、そこにもどりたいという意識がすごく強くなっているからだと思います。
──そういう背景もあるんですね。もし仮にいまのアメリカが“ハンブル”を本当にとりもどしたら、社会として復活できそうですけど。 でも残念ながら、そこにはもうもどれないでしょう。というのも、アメリカって、何をもってアメリカとするかが非常に難しい国ですから。そこは日本などとちがって、文化が一本の幹でできていないし、すでにマニュファクチュアもない。そもそもアメリカ人のおもしろさって発想力のおもしろさだと思うんです。ノリノリの発想のものを、いまなら中国で作れば安く作れるから売れる。それをアメリカで、オーバーコストで作ったらどうかというと、おそらく売れないでしょう。だから、ハンブルにもどれないというのは、社会の構造がそういうふうにできていないということです。 ──つまり、ハンブルというのは彼らの伝統ではなく、アメリカという国を作っていくうえでの1ページだったと。 ハンブルさが生きていた時代におこなわれた西部開拓でさえ、ハンブルだけではできませんからね。そこにはアグレッシブさが必要です。おもしろいもので、いまでもたとえば東海岸のひとと西海岸のひとがポーカーのゲームをやると、西海岸のひとのほうがアグレッシブです。攻めるときには一気に攻めます。サーフィンやスケートボードといったアメリカのアグレッシブさを象徴するカルチャーも全部西海岸、とくにカリフォルニア生まれなんですよ。コンピュータなどもそうですが、そういうカリフォルニア的アグレッシブさが、いまのアメリカ社会を進化させてきたのも事実です。だから、いまのアメリカ社会とハンブルとは相容れないところが多いんじゃないでしょうか。 ![]()
![]()
Excuse My Trash ! 『King Of Vintage Vol.3』(後編)
![]()
|
|