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スタイリスト祐真朋樹氏が語る 私のアルマーニ体験
広告や雑誌など八面六臂の活躍をしている、日本をそしてアジアを代表する人気スタイリスト、祐真朋樹氏。果たしてアルマーニと、どんなふうに出会いどんな印象をおもちなのか…。海外へ行かれる直前のご多忙のなか、コンセプトショップであるアルマーニ / 銀座タワーでお話を伺った。めったに聞けない、貴重なエピソード満載!
Photos by HATANAKA Kiyotaka
Text by NUKUI Jun はじめてのアルマーニとの出会いちょっと記憶が曖昧なんですけれども、このお話をいただいて、若い時に着ている写真ないかなって、アルバムを見ていたんですよ。そうしたら、たぶんアルマーニのシャツだと思う写真を発見しました! ユニックかアルマーニかが微妙なんですけど(笑)。18歳くらいで、東京に遊びに来ている時の写真なんです。シャンブレーのボタンダウンで、衿が小さめで。 それがたぶん私が所有した最初のアルマーニであるはずです。で、そのあと19歳の10月19日だったかな、バイクで交通事故に遭ったんですよね(笑)。入院するんですけど、頭蓋骨陥没っていう結構な重傷でした。ほとんど2カ月くらい意識不明でした。その事故の前に兄が結婚していまして、新婚旅行に行っていた時のイタリアのお土産に、買ってきてくれたのがジョルジオのシャツだったんです。2枚買ってきてくれていたんですね。それは意識が戻って退院してから、病院で喜んで着ていたような、そんな記憶がありますね。 ![]() 一つは当時としては珍しいんですけど、シルクジャージーみたいな素材でした。あまり台襟がなくて、ボタンがちょっと大きめで。茶色とベージュのマーブルのような柄ですね。もう一つはストライプで、タブカラーの、すごいビッグシルエットのシャツです。その当時、1984年ですから……袖の付け根幅が広いドルマンスリーブ的なものだったと思います。写真があるのは、最初にお話したユニックかエンポリオかわからないブルーのものと、ストライプのものはあるかな。 ──この頃はまだ京都にいらっしゃって、ポパイで仕事をはじめる前ですね。 そうです、前ですね。そのあとはいつだったかなあ。スーツを買いました。23歳の夏だったと思うんですけど、香港に行ったんですよ、たしか。またはその年のクリスマスにニューヨークに行った時か、どちらかは危ういんですけど(笑)。白地に黒文字が入った、ディフュージョンライン白タグのホワイトレーベルのスーツを買ったんですよね。ブラックじゃなくて。じつは帰国してからバカにされたんですけど。「白じゃん、ソレ」って(笑)。「えーなんか違いがあんの?」って。まぁ、いわゆるコマーシャルラインですよね。でもやっぱりカタチはキレイなんですよ。ちょっとびっくりしました。「あ、ほかとはこんなに違うんだ」って思いました。ネイビーの普通のスーツを買ったんですけど、あのよさはよく覚えていますね。 ──香港はポパイのお仕事ですか? 香港は取材で行ったんですよ。その年のクリスマスのニューヨークは、遊びで行ったんですけど。ニューヨークではバーニーズとかでアルマーニを買ったと思うんですけどね。1988年ですね。 ──買われたネイビースーツの形はどんなものですか? 2つボタンでしたね、普通の。白ラベルはたぶんビジネスマン向けだったんだと思うんですけど、そんなにシルエットは太くなかったと思います。いまみたいに細いものではないですけど、肩がしっかりあって、パンツもそんなに細くはないですね。いわゆるダボダボではなくて、パンツにはちゃんとセンタークリースのあるスーツです。 ──どういう時に着られていたのですか? うーん普通に(笑)。何なんですかねああいう時って。毎日飲みに行くようなところに着て行って、「どうしたの? その服?」とか言われて、「えーっ? なにかヘン? アルマーニだけど」みたいな(笑)。でも知っている人が見ると「あ、いい服着ているね」って。「でしょ?」みたいな話にはなっていましたね。「かっこいいじゃん」って言われもしたんですが、飲み屋に行くと「どうした?」みたいな。「職業変わったの?」みたいな(笑)。 ──その後はどんなアルマーニ体験をされましたか。 その後コートを買ったんですよ。このコートがかっこよくて。ジョルジオの特徴的な部分といえる、チンストラップがビューと出ていて。あとシルエットがドーンってデカイんですけど、比翼仕立てのステンカラーみたいな感じでしたね。わりとマキシコートぐらい着丈が長くて、すごい気に入って着ていましたね、ずっと。90年になってないか……89年くらいですかね。たぶんニューヨークで買ったんですね。で、芝浦のクラブのゴールドとかに着て行って、また「どうしたの?」っていわれて(笑)。「なんでそんなの着てんの?」みたいな。みんなTシャツとかじゃないですか。「ロッカー入れれば」とか言われて。「やだ」みたいな(笑)。クラブでコート着ていましたね。不自然でしたね。そういうのは覚えてます(笑)。 ──その頃はもうスタイリストをされていたんですよね? もちろん! いやもうさっきのスーツの時にはしていましたよ、スタイリスト。スタイリストっぽくなかったんでしょうね、たぶんそういう格好が。何がスタイリストっぽいかはわかりませんが……あの当時は何だろうなあ……みんなとりあえず黒っぽいじゃないすか全員(笑)。そんな感じだったんですね。黒Tとか。 ──コートは何色だったのですか? アイボリーというか……ベージュと白の間くらいの……きれいでしたよ。どこ行っちゃったんだろうな。そんな黒全盛の時代でしたから、色的にも浮いていたんでしょうね。特にクラブにおいて、「何なのソレ」みたいな(笑)。その当時ジョッパーズはいてたんですよ。エンポリオだったと思うんですけど。93年くらいですね。ジョッパーズはいて、エンポリオのロングブーツ履いて。ヴェストはドルチェ(&ガッバーナ)着ていましたけど。あとはアルマーニのレザーのアウターでした。また「どうしたの?」って言われて。 「どうしたの」攻撃受けまくってました。 ──周りにジョッパーズ穿いている人はいなかったんですか? そんなやつはいなかったですねえ。ヴィンテージブームで、みんなジーパンですよ。いわゆるビッグEブームでしたね、93年くらいまで。みんなハーブ・リッツTシャツとかブルース・ウェバーTシャツとか着てましたね。野口強さんがそれを見て、「どこで買うたんや!」「ニューヨーク!」みたいな。あれ、でもそれはもっと前か。88年くらいか。ちょっと記憶が交錯していますが(笑)。そう、ジョッパーズはちょっとおもしろかったですね。ジョッパーズはいて、早朝野球行ってました。
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